第263話  信仰の飛躍

 城塞都市トランの高い城壁を見上げる帝国四騎士のミラ。すると、ミイヒルがきちんと手入れをした金髪を揺らしながら近づいてくる。


「流石、城塞都市ですね」


「あぁ……」


「どうしたのですか?」


「いや……」


 ミラは少し考え込むと、王都のある方角を見た。


「ここはお前に任せた」


「はっ!」


「私は王都へ行く」


 ミラは馬に乗り、走り去る。


 ミイヒルは誰かお供をつけるべきだと言おうとしたが、万に一つミラが殺られる訳がないと想い至り、口をつぐんだ。


 ミラは馬に乗りながら胸を抑えた。


 ──胸騒ぎがする……


 ミラは物心ついてからというもの、この胸騒ぎに苛まれていた。何故なら、今まで何度もこの胸騒ぎが起こると誰かが不幸な目に合うからだ。


 自分の居場所ができたと思えば、壊れ、誰かが死ぬ。


 そして新たな居場所を求めてさまよい、ようやく見付けたこの場所もまた壊れてしまうのではないかと常々思っていたのだ。


 まるで神が、ミラを幸せにさせまいとしているみたいだった。


 馬に乗っていたミラだが、その胸騒ぎは単なる予感ではなく、王都に近づくにつれ確信へと変わっていく。


 ミラは馬から降りて、王都へ走った。


────────────────


 ハルはグラスをおろすと、掌を上に向けて唱えた。


「リザレクションヒール」


 ハルの掌は白く輝き、オデッサとシスターグレイシスの傷を癒した。


 そしてかざしたその手にゴブリンジェネラルの大剣を出現させる。アイテムボックスから取り出したのだ。


 ハルはその場で深く沈みこむとルカに向かって突進した。


 激しい突風がオデッサとシスターグレイシスの鼓膜を刺激する。2人は耳を抑え、目を開けるのもやっとのことだ。


 ハルは叫びながらルカに向けて思い切り、振りかぶった大剣を叩きつけた。


「うおぉぉぉぉぉぉ!!」


 ルカは最小限の動きでハルの攻撃を躱す。ルカはハルの背後へと瞬時に回って、ハルの首もとを突き刺すようにして鎌をふるう。


 ハルは背後から寒気を感じとると咄嗟に大剣を盾にしつつ、忍び寄る鎌にぶつけた。


「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 その叫び声は気合いからなのか恐怖を拭いさる為に叫んでいるのかわからない。


 ハルはギリギリ、ルカの動きに対応した。攻撃を弾き返したのだ。


 ルカは弾かれた衝撃により鎌を持っている右腕があおられる。


 ハルは後ろを振り向いて、ルカの右腕を切り落とそうと攻撃を仕掛けたが、ルカの持っている黒い鎌が煙のようにたゆたい、形を変え、ルカの左手に移った。


 移動した鎌を持って今度はルカがハルの腕を切り落とそうとしたが、ハルがその攻撃を大剣で受け止める。


「良い動きじゃ」


 ルカの賛辞をハルは聞く余裕がない。目の前の恐怖を抑え、勇気を振り絞る作業で精一杯だ。


「はぁ……はぁ……」


 オデッサはこの戦いを見守ることしかできなかった。2人の武器がぶつかり合う度に身体を震わせる程の轟音と旋風が巻き起こる。


 ──なんて戦いだ……


 大剣に絡まった鎌をほどき、ルカはくるくると鎌を回転させながらハルの首や腹をかっ斬ろうとする。ハルはルカの操る回転する鎌を服や首筋を掠めながらすれすれで躱した。


 ルカは回転を止め、今度はしっかりと鎌を握りしめて、ハルのこめかみを突き刺そうと攻撃する。ハルは前へ一歩踏み出してその攻撃を躱し、ルカの懐に入る。


 今までのハルならば考えられない行動だった。


 大剣を突き立て、ルカの胸を貫かんとしたが、ルカは膝を曲げ上体を反らして避けた。ルカの鼻先を禍々しい大剣の側面が掠める。


 ルカはその状態から身体をひねり、後ろを回し蹴りを、大剣を握るハルの両腕にいれると、ハルの手から大剣が離れた。大剣はルカの蹴りの勢いそのままに商国トルネオのいる観覧席付近まで飛ばされ、壁に突き刺さる。


 武器をなくしたハルに、攻撃を仕掛けるルカ。オデッサは叫ぶ、


「あぶない!」


 しかし、ハルは瞬時にアイテムボックスからもう1本の大剣を取り出してその攻撃を防いだ。


「うおおおおおお!!」


 ハルは再び雄叫びをあげた。


 ──恐い。それでも!!


 ハルとルカは互いに攻撃を仕掛けては武器をぶつけ合っている。


 2人の周囲から火花と衝撃波が散る。まるで2人で嵐を引き起こしているようだった。


 瞬き一つで身体の一部を失う。ギリギリの打ち合い。


 それでもハルは懸命に戦う。


 ──前へ……ただひたすら前へ!


 ハルは恐怖により顔を歪めていた。涙を流していた。周囲の者がハルの戦っている姿を見たらきっと格好良いものとしては見てくれないだろう。


 ──それでも……誰がなんと言おうと、前へ進み続けろ!!


 バギィ"ィ"ィ"ィ"ィ"


 激しい打ち合いによりゴブリンジェネラルの大剣が折れた。


 ルカは笑みを浮かべながら、武器を失くしたハルに鎌を振るう。


 それを見たオデッサは一歩踏み出しハルを助けようとするが、ハルは何も握っていない筈の両腕を振り上げ、振り下ろす瞬間アイテムボックスから同じ大剣を出現させ攻撃する。


 ──例え、折れたとしてもまた何度でも戦い続けるんだ!!


 ルカの攻撃の威力と速度が増す。


 ハルはすれすれで攻撃を受けきるが、


 バギィィィィィ


 今度は直ぐに大剣が壊れた。大剣を貫通して、鎌が襲ってくる。


 ハルは無理矢理尻餅をつくようにして倒れながら鎌から逃れたが、直後、ルカは空を斬った鎌をくるりと回転させ、再びハルに攻撃を仕掛ける。


 ──倒れて、膝をついたとしても、立ち上がるんだ!!


 ハルの目から恐怖は消えていた。その目はルカをしっかりと見据えている。


「レイ!!」


 膝をついた状態からハルは第五階級光属性魔法を唱えた。攻撃を仕掛けるルカの足元に光り輝く魔法陣が出現し、光の剣が飛び出す。


 ルカは攻撃を中止して、上に飛び上がり、下からやってくる光の剣を鎌で斬り裂く。しかし、空中にいるルカの上空に更なる魔法陣が複数出現し、そこから同じようにして光の剣が射出された。


「ほお?」


 ルカは周囲の全てを斬り刻んだ。細切れになった光の剣は飛散する。


 シャーロットは観覧席からその魔法を見て驚嘆した。


「光属性の第五階級魔法!?」


 アナスタシアは2人の戦闘を見て恐れ慄いている。


「なんなの……これ……夢?」


 ルカが着地するやいなや、ハルはデュラハンの長剣をアイテムボックスから取り出して斬りかかる。


 キィィィィン


 ルカはなんなく受け止めたが、ハルの右手が光っているのが見えた。ハルは唱える。


「サンダーボルト!!」


 ハルの手から竜を模した雷が放たれる。


「なっ!」

 

 ルカは咄嗟に鎌で雷を斬ろうとしたが、間に合わない。


「くぎゃぁぁぁぁ!!」


 ルカの悲鳴が闘技場に鳴り響いた。


 辺りは電撃を帯びた煙が覆い尽くす。


 オデッサは口を開いた。


「やったのか……」


 シルヴィアは呟く、


「今のは雷属性……」


 側にいるエミリアは呆気にとられていた。


「勇者ランスロットの……」


 煙が晴れると、全身黒焦げで着ている服をボロボロにして立っているルカの姿が見えた。


 ハルは呟く、


「ここからだ……」


 ルカは俯き、上空を仰ぎながら叫んだ。


「こんの糞ガキがぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ハルはビリビリと肌に伝わる衝撃を感じながら2年前の出来事を思い出す。


 ──僕は変わっていた。強くなってしまったから。人は成長して、強くなると恐怖に弱くなる。今まで築き上げてきたモノがなくなってしまう恐怖。築き上げてきたモノ、それは今思えばちっぽけなモノだけど、あの時は僕の全てだった。それが更なる強者により打ち砕かれた。


 ルカが鬼気迫る表情でハルに攻撃を仕掛ける。今までの何倍もの速さで。しかし、ハルはその攻撃を無意識的に防御し弾いた。


 ──僕は知った。勘違いしていたんだ。強さとは何なのか、それは弱さと苦しみを知ることだった。僕は弱い、だから強くなれる。僕は何にでもなれる。正義の味方や世界を滅ぼす悪者にだってなれる。


 ルカは全力の攻撃を弾き返されて驚いた。


「なっ!?」


 偶然だと考えたルカはもう一度全力で鎌を振るった。ハルはもう一度ルカの攻撃を直視せずに弾き返す。


 ──僕の原点を思い出せ。子供の時、正義の味方に憧れていた。誰かの為に行動をしたいと思っていた。正しいことを正しいと言える。間違っていることを間違っていると言える人になりたいと思っていた。僕はあの時フェルディナンに、誰かを助けたいと言った。そこには自分自身が含まれていなかったんだ。


 ハルは手をかざしてこれまた無意識に魔法を唱える。


 原点を思い出した。この世界に来て初めて覚えた魔法。初めて誰かを傷付けた魔法、初めて誰かを守りたいと思って唱えた魔法。


 ──僕は僕を救う!あの時逃げ出した僕に、見せてやるんだ!僕は立ち向かったんだって!!恐怖に怯えて前へ進むことを諦めちゃダメだ!自分を信じて跳べ!!自分の魂を、生き様を燃やし尽くすんだ!!


「ファイアーボール!!」


 掌から放出されたのは見慣れた赤い炎ではなく小さな黒い炎だった。


 ルカはその黒い炎を鎌で斬り刻もうとしたが、鎌が黒い炎に触れると一瞬でルカに燃え広がった。


「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 黒く光ながら燃えていくルカをハルは見ていた。


ピコン

第七階級火属性魔法

『鬼火』を習得──


 ドスッ


 ハルは世界の声を聞いていると、背後から心臓を一突きされた。


 痛みを感じず、鋭い先の尖った武器がハルの左胸から飛び出ている。


 ハルは後ろを振り向いた。


 そこには燃えるように赤い髪をした少女が、ハルに憎しみの眼差しを向けている。もしかしたらその眼はハルだけではなく、この世界そのものに向けている憎しみかもしれない。


 ミラ・アルヴァレス。


 ハルがこの世界で初めて会った少女。まさか彼女の為にこの世界を一度終わらせることになるとは、この時のハルには知る由もなかった。


ゴーン ゴーン

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