第261話
アベルは距離を取った。ユリと剣を交えた瞬間、まともに打ち合っていては勝機は掴めないと思った。撹乱して時間を稼ぐことに専念しようと考えている。これにより戦闘を終えたルカの支援を待つ。
しかし、相対するユリは即座に間合いを詰め、エア・ブレイドを腰から抜刀するように斬り裂いた。
あまりの早さにアベルは後退することしかできない。なんとかユリの攻撃を躱したアベルだが、ユリはもう一歩前へ踏み出し、両手持ちに切り替え、上段からエア・ブレイドを振り下ろした。
「くっ!」
アベルは魔法の剣を顕現させ、その攻撃を受け止めるが、後退しながら受け止めたせいで踏ん張りが効かない。体勢を崩すアベル。ユリはそんなアベルの足元を、すくうようにして斬り上げた。
足元をすくわれ、転倒するアベルの鼻先にエア・ブレイドを突き付けるユリは言った。
「大人しくしていてください」
その様子を上の観覧席から見ていたシャーロットは第三階級魔法を唱える。
──アベルが剣で敵わないなんて……
「トルネイド!!」
先程は後衛をヒヨリに任せていた為にここから魔法を唱えて援護をすることはしなかった。援護をした結果標的が自分になることも厄介だったが、それよりも、ダーマ王国のコゼットという女の為にアベルが剣を置くはずがないとシャーロットは考えていた。しかし、アベルが戦闘を辞めてしまったのを目撃したシャーロットは複雑な気持ちになっていた。そんな気持ちを抱えながら魔法を新たな敵のエルフに唱える。
竜巻は銀髪の、耳が尖った少女をとらえたかに思えたが、少女は魔力を練り上げる。この魔力にアベルは勿論、近くにいたシルヴィアとエミリアが反応する。
「なっ!」
「なんて魔力」
「凄い……」
ユリは竜巻に向かって魔法を唱えた。
「エアブラスト!」
緑色の光線が竜巻の中心部を貫くと、渦巻いていた風は方々に散っていく。
「第四階級!!?」
シャーロットは思い付く限りの防御魔法を重ねて唱える。シャーロットの側にいるヒヨリも一緒にいくつか火属性魔法が付与された矢を放った。少しだけ第四階級魔法の威力を弱めることに成功したが、2人は撤退を余儀なくされる。
観覧席へと光線が行き着き、破壊する。
ドゥォォォォォン
第四階級魔法の威力により吹き飛ばされた帝国とダーマ王国の者達はなんとか一命を取り留める。
シャーロットは爆煙の舞う中、下の様子を窺った。アベルは降伏し、ヴァレリー法国の将軍に捕縛されている。
──くそ!!なんでこの国に第四階級魔法を唱えられるヤツがいるのよ!!あ!そういえばオーウェンは……
シャーロットはアベルのことばかり目で追っていた為、オーウェンの戦況を見ていなかった。
小さな男の子と戦闘を繰り広げているオーウェンの姿が見えた。
──────────────
オーウェンは攻めあぐねていた。
──ちっ!相性がわりぃ……
オーウェンはメルと相対してから既に全力で戦っていた。
フレイムランスを唱え、遠目から狙いを定める。しかし、アクアレーザーにより打ち消されてしまう。
向かってくる水流の群れを躱しながら、オーウェンは考えた。
──くそ!いちいち消される!!近距離からのフレイムプロテクトで一気に決めるか!?
オーウェンはメルを見た時、近距離での戦闘は不利であると思っていた。
──支援魔法がほしいところだが……
シャーロットとヒヨリがいると思われる上階にある観覧席を見ると、そこからシャーロットによる第三階級魔法が唱えられているのを見た。
「なんでアベルばっか支援しやがんだ!!」
文句を垂れたオーウェンだがアベルが銀髪の少女に剣を突き付けられているのを見て考え直す。
──アイツ殺られそうじゃねぇか!?早くこのちっこいのを殺そう。そんでもって俺がアイツよりも上だと言うことを認めさせる!!
オーウェンはメルとの間合いを一気に詰め、魔剣フレイムブリンガーを上段に構え振り下ろす。メルは近づくオーウェンから熱を感じとり剣での攻撃の他に何か来ることを予想した。
──まずはこの剣を避けよう……
メルはそう思ったがオーウェンの身体から紅い炎が出現し、剣での攻撃よりも前にその炎での攻撃が到達しそうだった為に、別の手段を用いた。
オーウェンは紅い炎を纏った瞬間思う。
──入る!
しかし、攻撃対象であった男の子の姿が消えた。
「なっ!?」
直後、紅い炎は消失し、オーウェンは口から血を吐いた。
「ど、どうして……」
オーウェンは背後から気配がした為、ゆっくりと振り向いた。
メルが呟くように口を開く。
「炎は水に弱い。君の炎にショックウェーブかけた」
「ショック……ウェーブ……第四階級魔法じゃねぇか……」
オーウェンは地面に倒れ込む。メルはハルの様子をうかがった。というのもこの闘技場へ着いた時、異常な緊張感をハルから感じ取ったからだ。ハルと白髪少女のもとへむかおうと歩みを進めたが、オーウェンの影の中からヒヨリが現れ、メルに向かって第三階級以下の水属性魔法耐性がついている矢を全て放った。先程、エミリアのアクアレーザーを打ち消したのはこの矢のお陰だ。
矢の行く末を見届けながらヒヨリは言った。
「相性悪い。オーウェン頭悪い」
ヒヨリは自分の為の回復の矢をオーウェンに刺す。オーウェンが痛みに耐えつつ何かを口にしている。
「…げろ……逃げろ……」
ヒヨリは首を傾げるが、直ぐにオーウェンの警告の意味を理解した。
メルは向かってくる矢から嫌な雰囲気を感じ取った。第三階級魔法が通じないと直感で覚ったメルは、ハルから渡された蒼い宝玉を手にする。メルが長老と呼んでいたマクムートが手にしていたものだ。この宝玉は自分の唱えられる水属性魔法の階級を1つ押し上げる効果があった。
第四階級魔法ショックウェーブは単体に対する魔法だ。向かってくる矢の本数からして、得策ではない。かといってアクアレーザーでは、打ち消し合うだけであり、その隙に逃げられてしまうだろう。以上を加味してメルは唱えた。
「スプラッシュスウォーム」
竜を模した水の塊は大地を穿ちながら矢を飲み込んだ。そのままオーウェンとヒヨリを飲み込んだかに思えたが、メルが魔法を唱えた時にはもう撤退していた。水流は闘技場の選手入場口を突き抜け王都を破壊する。
「あ……やり過ぎた……」
メルは反省した。
撤退したオーウェンとヒヨリは互いに身体を寄せ合い、震えていた。
「だ、第五階級……」
「だから早く逃げろって言ったんだ!」
「オーウェン悪い。口も悪い」
「うるせえ!……でも、まぁ助かった。これでお前に3回も救われた。あんがとな」
「オーウェン悪い。気持ち悪い」
「うっせー!!」
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