第255話

◆ ◆ ◆ ◆


 まとわりつく殺気に足をとられているオデッサ。


 闘技場はその殺気のせいで一瞬静寂が訪れたが、直ぐに悲鳴が響き渡る。


「ぁ……始まった」


 オデッサはリングに上がるあの少女を見たときに、自身が思い描ける最悪の状況を想像した。そして今、その想像したシナリオを元にストーリーが始まっている。


 先程は足を引っ張られる感覚に陥っていたオデッサだが、今度は足が地面に根差したような感覚だ。


 ──動けない。


 すると、


「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」」


 聞き慣れた声が聞こえる。


「アイツら……ロイド……」


 ──無駄だ!!命を捨てるだけだ!!


 オデッサは無意識に自分がここから動けない理由を吐露する。これは仲間達に向けられた想いなのかそれとも、自分に言い聞かせているのかわからなかった。


 ──ここから離れ、どこか遠くに逃げたい……では何故私はこの国にとどまっている?


 ──それは仲間達を、この国を愛しているから


 心の中に2つの人格がいるかのように自問自答する。


 ──あんなに見下され、民の為に主張したことを虚言だと嘲笑されたのに?


 ──……もしかしたら私は全てを棄てて、逃げる勇気もなかったのかもしれない


 ──ではどうする?立ち向かう勇気と全てから逃げる勇気、どちらをとる?


 ──私は……


 その時、仲間達の叫びに呼応するかのように腰に差している長剣セイブザクイーンが振動する。


 オデッサは鞘ごと腰から抜いて、まじまじと眺めた。


 ──約2年間放置していた割に綺麗だ。


 鞘からその刀身を少しだけ覗かせると、あることに気が付いた。


 ──手入れがされている……


 刀身に反射する自分を見つめる。オデッサは思い出した。この剣と、ロイドと、仲間達と数多の戦場を翔たことを。


 ──私は一人ではなかった……


 オデッサは一歩前へ足を踏み出す。頬を伝う涙はどこか暖かかった。


◆ ◆ ◆ ◆


 シルヴィアとイズナ、アマデウスはルカの発する殺気を感じながらも、今自分がなすべきことに専念した。


 再び打ち合いを始める剣士達。


 シルヴィアはアベルの胸目掛けて剣を突く、アベルは向かってくるシルヴィアに自ら歩み寄りながら躱す。刺突を繰り出し、伸びきったシルヴィアの腕を斬り落とそうとアベルは魔法の剣を出現させ、斬り上げる。が、剣を握っていないシルヴィアのもう片方の手はアベルに向けられていた。


「ウィンドスラッシュ!」


 アベルは一先ず攻撃を中止し、シルヴィアの唱えた無数の鋭利を帯びた風に触れぬよう躱しながら後退する。


 シルヴィアは直ぐに間合いをつめようとしたが、観客席から悲鳴が幾つも上がった為に立ち止まった。


「なんということだ……」


 先程殺気を放った少女が冒険者や兵士達を紙切れのように斬り裂いている。


 その光景をイズナとアマデウスも見ていた。


「そんな……」


 イズナは呟く、すると真っ赤な炎を纏っているオーウェンが迫り来る。


「よそ見してる余裕あんのか!?」


 オーウェンは魔剣フレイムブリンガーをイズナに向かって振り下ろした。イズナはアマデウスからもらった水属性魔法が付与されている魔剣フラタニティをオーウェンの魔剣にぶつけるようにして振り上げる。


 しかし、オーウェンは振り下ろす最中に握っている片方の手を放し、振り上げられたフラタニティの行方を阻もうと素手で掴みにかかる。


「片腕を棄てる気か!?」


 イズナはフレイムブリンガーから斬る対象をオーウェンの腕に変えたが、


「なに!?」


 オーウェンの手に纏わりつく炎がイズナの魔剣を覆うようにして止めている。


「おわりだ!」


 オーウェンのフレイムブリンガーがイズナの脳天を焼き斬ろうとしたその時、アマデウスが横から魔法を唱えた。


「スプラッシュ!」


 水流がオーウェンを飲み込む。


「そんなんじゃ俺の炎は消えないぜ!!」


 しかし、オーウェンはアマデウスの狙いに気が付いた。今まさに斬ろうとしていたイズナがその水流に流され、その場を離れていたからだ。


「ちっ!」


 その時、ロイド率いる精鋭部隊が雄叫びを上げた。


「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」


 イズナとシルヴィアは同時に口を開く。


「「よせ!!」」


 シルヴィアは口にしてから思った。


 ──今、あの決死隊が足止めをしている最中にこの闘技場から離れれば、或いは……いや!自国に戻ったところであのような怪物を相手取って戦争など出来ない!


 シルヴィアはエミリアを見やるが、彼女はまだ立てないでいた。


 ──無理もない……あの決死隊が異常なのだ……


 1人、2人と命が斬り裂かれる。


 ──腕の立つ良い戦士達だ……


 しかし、相手が悪すぎた。


 両足を失っても尚、敵を封じ込めようとするその闘志にシルヴィアは心を奮わせた。


 そして一際、闘志を燃やす者が地面すれすれの前傾姿勢で少女に突撃していく。


「…フルートベールの英雄ロイド……」


 その闘志を、或いは直ぐそこに迫る未来の自分と重ね合わせるようにして凝視するシルヴィア。


 少女の鎌がゆっくりと鮮明に見えた。


 ──あぁ、早すぎるとそう見えるのか……


 鎌がロイドの頭を突き刺すように振り下ろされるが、横から割って入るように現れた剣聖が、鎌の軌道をそらした。


────────────


 ルカは乱入してきた者を見た。


「久しいのぉ、またやられにきたのか?」


「あぁ……そうだ……」


 剣聖オデッサは自分の掌を眺めている。そして掌を握り、仲間達を見やった。


「オデッサ様……」


「「「剣聖様!!」」」


 ロイド含め、フルートベールの精鋭達はオデッサに謝罪をしようとしたその時、


「すまなかった」


 オデッサは謝罪する。


「な!!謝罪するのはこちらの……」


 ロイドが反論しようとしたのをオデッサは制して、続けた。


「私はお前達を弱者と決めつけ、戦力と考えていなかった。こんなにも支えてくれていたのにな……じぃ……」


「オ、オデッサ様……」


 オデッサは長剣を高くかかげた。


「批判は後でまとめて受ける!だが、お前達、フルートベールの子らよ!!今一度私と伴に戦ってくれ!!」


「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」」」


 剣聖の出現と、この戦士達の雄叫びによりルカの殺気と殺戮に戦意を喪失していた者達が立ち上がった。


 それは他国であるヴァレリーの者達にまで広がる。

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