第254話

◆ ◆ ◆ ◆


 悪口が聞こえる。すれ違う兵士達はヒソヒソと私のことを話していた。


 私に対する噂話が絶えない。その噂話は王都から国に広がり、果てには他国にまでその不名誉な噂話が広まった。


 初めは哀れみから、そして徐々に嘲笑の対象になった。いや、初めからその哀れみには嘲笑が含まれていた気がした。


 王都にいる殆どの者が私を知っている。だから私の顔を知らないような者がいる酒場などに通った。


 家に帰るのが苦痛だった。歩いているのが苦痛だった。生きているのが苦痛だった。


 どうしてあの時、無様に敗れた私を殺さなかったのか。そのせいで、私が生きているせいで、本当にあった、嘘のような出来事を誰も信じてはくれなかった。


「こんなことをしていても無駄だ!戦いなどせずに、降伏すべきだ!!」


 私を蔑むような目。


「民を守るのが我々の責務だ!戦いでは決して帝国には勝てない!!」


 私を忌み嫌う目。


「私より弱いお前達がいくら訓練しても無駄だ!!」


 私を憎む目。


『もうあれはダメだ』

『使い物にならん』

『剣聖も落ちたな』


 やめろ!!やめてくれ!!

 

『オデッサ様、貴方様なら必ず倒せます』


 ロイドだけが、いつまでも私を信じてくれていた。だがその期待に応えることは出来ない。あの少女に何をしても勝てる光景が見えてこないのだ。


◆ ◆ ◆ ◆


 オデッサは闘技場をあとにして、少しだけ名残惜しそうに闘技場の全体像を見ていた。


 すると、城塞都市トランの方角から大きな爆発音が聞こえる。それに伴って地響きが身体を震わせた。


「一体何事だ!?」


 王都の住民達も混乱し、その爆発による振動に恐怖していた。


 そして、今度は闘技場から激しい戦闘の音が聞こえた。先程までも選手達の戦いにより大いに沸いた歓声と接戦が予想される音が聞こえたものだが、殺し合いの音とそれを聞き間違えるようなことはない。


「人命救助なら……」


 オデッサは闘技場に向かって走った。


 闘技場の至るところで爆発が起きている。


 とりわけ大きな爆発は上階、自国の王と隣国の要人達に用意された観覧席で起きたものと予想された。


「くそ!だから言ったであろうに!!」


 闘技場の入り口に着いたオデッサは一歩、足を踏み入れようとしたその時、2年前の恐怖が甦る。


「アイツだ……アイツの殺気だ……」


 オデッサは闘技場に入れずいた。


──────────────


「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉ」」」」


 ロイド率いるフルートベール王国精鋭部隊が白髪の少女に突撃していく。


 ルカはその様子を見て呟いた。


「カカカ、決死隊か?先程のビクビクと震えていた者達よりは楽しめそうじゃ」


 精鋭の1人がルカの脳天目掛けて長剣を叩き付ける。


「うおぉぉぉぉぉぉ!!」


 その兵士は見事ルカの頭に長剣を叩き付けたかに思えたが、手応えがない。


「残像じゃ♪」


 後ろから声が聞こえる。


「へ?」


 背後から鎌が出現し、兵士の喉元を刈れるように刃が向けられた。一瞬で首がかられる。頭部を失った身体が無残にも崩れ落ちた。


 しかし、精鋭部隊の勢いは止まらない。


「カカカ!尚もむかって来るか!?よいぞ、よいぞ?」


 走りよる1人の兵士と、上空に飛び上がり大上段に長剣を構えながら来る兵士。そして遠くから矢を構えている弓兵。


 初めにルカに攻撃が届いたのは上空へ飛び上がった兵士だった。その兵士は空中で膝を曲げ、身体を反らし、大上段の一撃に全てをかけているようだった。


「むん!」


 落下速度と身体を反らし、鞭のようにしならせながら、その兵士は長剣を叩き付けた。ルカは身体を半身に開いてその攻撃を躱す。しかし、その躱した先に矢が迫る。放たれた矢は兵士と兵士の狭い隙間を一直線に通り抜け、ルカ目掛けてやってくる。


「良い腕じゃ……」


 ルカは矢筋を見切り、その場にしゃがみこんで矢をやり過ごす。先程大上段からの一撃を躱された兵士は次の攻撃に切り替え、着地と同時に、しゃがんでいるルカ目掛けて長剣を振り払う。そして走り込んできた兵士も反対側から長剣を振り下ろして攻撃に加わった。


 ルカは攻撃を仕掛けてくる兵士達の足元目掛けて鎌を振り払った。


 フォン


 兵士達の両足、計4本が切断された。しかし、切断されても尚、兵士達はルカに向かった。


「ほぉ」


 軸になる足を失い、ルカに抱きつく形で身動きを封じようとしたのだ。


 それに合わせて先程矢をつがえた弓兵がもう一度矢を放つ。

 

「惜しいのぉ」


 ルカは兵士達の熱い抱擁をされる前に持っている鎌で辺りを、と言うよりも空間それ事態を斬り刻む。


 向かってくる矢は勿論、両足を失った兵士達の身体は小さな塊となって無機質に床に落ちた。


 ルカはぼとぼとと落ちる肉塊の先へと焦点を移動させると、


「コォォォォォォ」


 ロイドが白い息を吐き、両眼を怪しく光らせていた。双剣を両手に携えて、前傾姿勢でルカに向かう。双剣は光り輝き、地面すれすれの低い姿勢で間合いをつめる。ロイドの後ろからあと5人の兵士達が突撃してくる。


「ハァァァァァ!!烈刃双竜撃!!」


 自身が誇る最高の剣技を披露する、しかしロイドの目には慣れ親しんだ光景が広がっていた。


 自分の目に写るモノ全てがとてもゆっくりと動いて見えた。これは自分の死を頭が勝手に予期しているのだ


 ──あぁ……今までに何度も経験してきた。その度に生き残って来たが、これまでか……惜しむらくはあの日以来、ついぞオデッサ様の笑顔を見ることはなかったこと……


「鬼気迫るとは正にこのことじゃな老兵よ」


 ルカは半歩前へ踏み出し、鎌の切っ先を、向かってくるロイドに突き刺すようにして一気に振り下ろした。


 が、横から物凄い勢いで抜刀しながら2人の間を別つようにやってくる人物がいた。


 片手に鞘を持ち、もう片方の手に長剣、セイブザクイーンを、振り下ろされた鎌に押し当てる。


 キィィィィィィィン


 あまりの衝撃で閃光が走った。


 恐怖に耐えるような、歯を食い縛った表情をしているオデッサの顔を照らす。


 鎌は目標の老兵からそらされ、地面に突き刺さる。


 ルカは乱入してきた者を見た。


「久しいのぉ、またやられにきたのか?」


「あぁ……そうだ……」


 オデッサは自分の手をまじまじと見ている。震えるこの手は恐怖から来るものなのか、それとも先程の衝撃により手が痺れているだけなのかわからなかった。

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