第246話
~ハルが異世界召喚されてから13日目(三國魔法大会当日)~
歩く度に揺れ動く黒い法衣には金色の糸で刺繍が施されていた。それを着こなしオレンジ色の髪を風に委ねて歩く、チェルザーレは隊列の整った兵士達を見やる。
列をなし、立つ姿一つ見ても、非常に訓練された兵士達であることがわかった。目につくものにケチをつけようとやって来たチェルザーレとしては、あまり面白くない光景だった。
これからフルートベール王国領、城塞都市トランに向かって攻め込むのはミラ・アルヴァレス率いる軍隊だ。
やり場のない思いを抱いているチェルザーレに近付く人物がいた。
チェルザーレの着ている法衣の刺繍と同じ髪色をした優男。恒星テラの光に反射する額当てと笑みを溢すときに見える前歯が光るミイヒルが声をかけた。
「ゴルジア様。もし宜しければ我が軍にご助言をいただけないでしょうか?」
見た目に相違ない軽やかで中高音の響く声がチェルザーレの耳を刺激する。
「助言などない。今日はお前達の戦いを観戦しに来たのだ」
「いずれゴルジア様の率いる軍に入隊するやもしれません。その時は宜しくお願い致します」
ミイヒルは貴族のように優雅な一礼をして、去っていった。
「フン。全く、この隊から離れる気などないくせに」
後ろ姿のミイヒルに毒づくチェルザーレ。
すると整列していた兵士達が同じ速度、同じ歩幅で前進し始めた。
一歩、一歩同じタイミングで足を持ち上げ、大地に下ろす。その度に大きな足音が轟く。しかし、土煙はそこまで立っていない。
「なるほど、軍の数を把握させない為……戦はもう始まっているか……」
チェルザーレは感心した。そして、軍の先頭を担う者に視線を送る。
白馬に乗るその者は、燃えるような赤い髪をしている。その色は可憐さを演出すると伴に、激しい怒りを感じさせた。輝く魅力的な瞳にも優しさと力強さを備え、引き結ぶその硬い口元は己のことを決して語らない意思を思わせる。
「人はその姿に畏怖するか……小娘が、一体どんなことを経験すればそうなる」
竜人族であるチェルザーレは、人族にここまで興味をそそられることなど滅多になかった。
─────────────
放たれる矢と剣がぶつかり合う音、矢と盾がぶつかり合う音、肉の裂ける音、体内から血が勢いよく吹き出す音、痛みと恐怖をかき消す為に上げる声がチェルザーレの鼓膜を刺激する。
聳え立つ、それでも城塞都市トランに比べたら何てことのない壁、ここはフルートベール王国と帝国の国境にある関所だ。
地の理を活かす王国兵達は関所の頂上から弓矢を射出している。帝国軍の兵士達は大きな盾を持ち行軍をする。側面と頭上を盾で覆い隠すように一歩ずつ確実に前進していた。
この時、先程チェルザーレが見ていた兵達の一糸乱れぬ行動が大いに役に立つ。呼吸を合わせながらの行軍は盾と盾の間に殆んど矢の入る隙ができない。
反対に帝国兵は意図的に開けた盾の隙間から弓を射る。関所の頂上にいる王国兵達に命中する。
一人、また一人と矢の的となった王国兵は帝国領へ落下し、息絶える。まるで帝国領に一歩でも入れば死んでしまうかのようだった。
このままでは悪戯に弓兵を減らすだけであり、関所の門を破られるのも時間の問題だと察したフルートベールの王国兵は、弓兵と魔法部隊を入れ替え、門の後ろに長剣を携えた戦士達の手配をした。
矢が来なくなったのを機に帝国軍は隊列を2つに分けた。これは2つの軍が攻撃を左右に仕掛ける意図ではなく、ある人物を後方から先頭に通す為のものだった。
関所の統括を任されている1人の王国兵は、その光景を見て訝しむ。白馬に乗った赤髪の女が帝国軍を掻き分けて、というよりはむしろ帝国軍がその女を避けているように見える。
嫌な予感がした王国兵は、まだ持ち場を離れきれていない弓兵を呼び立て、こちらに向かってくる女を射るように命じる。
弓兵はなんの躊躇いもなく矢を引き絞り、放った。
矢は風の抵抗を少しだけ受けながら一直線に女の額目掛けて飛んでいく──。
が、女の眼前で矢は消失した。
そう、防がれたのではなく消失したのだ。
王国兵は持ち場を離れた弓兵達を呼び戻し、今度は複数人でもう一度あの女を射るように命じた。
「放て!!」
約180°の角度から十数本の矢がそれぞれの軌道を描きながら女に向かっていくが、結果は同じだった。いくら矢の本数を増やしても、女に触れるか触れないかの距離で消失してしまう。
そうこうしている内に女は軍の先頭に立ち、下馬した。
「なにか来る……そ、その前にあの女を止めろ!!」
弓兵はもちろん、十分距離が縮まったことにより魔法部隊も女に向けて魔法を放つ。しかし、何をしてももう遅かった。
向かってくる矢と魔法に怯むことなく赤髪の女ミラは手をかざして唱えた。
「フレアバースト」
─────────────
「なぁ?向こうで何が起きてんだ?」
「さぁ?準備しろって言ってたけど来る気配ないよな?」
剣士であり、王国兵のリグレットは関所の門の内側で、この頑丈に出来ている門を帝国軍が破ってくるのを今か今かと待ち構えていた。
弓兵を下げ、中距離戦闘が得意な魔法部隊にその場を陣取らせ、白兵戦の準備をしろとリグレット達に命令したにも拘わらず、一向に門が破られる気配がない。
ましてや、下げた筈の弓兵を呼び戻している始末。
「テンパってんな?ここの責任者は」
「全くそのようだ」
門の内側で待っている戦士達は緊張の糸を緩めた。
その時、上から声が聞こえる。
「その前にあの女を止めろ!!」
これを受けて戦士達はそれぞれの反応を示した。
「女がここにいんのか?」
「帝国の女は美人が多いみたいだぜ?」
「じゃあその女は俺のもんだ」
「「ガッハッハッハッハ……」」
笑い声をあげていた戦士達一堂は同じ光景を見た。そう、視界が一瞬で真っ青に染まったのだ。そして瞬間的な高熱を感じたのち、ここら一帯で生命を宿らせている全ての存在は焼失した。
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