第224話

「メル!連れ戻しに来たぜ?」


 威勢のいい声は監獄内に響く。陰鬱で暴力に満ちたこの場所に不釣り合いな快活さが運ばれた。


 牢屋にいる囚人達が起きてきた。ゾーイーは大きな棘のような槍を片手に持ちながら囚人達に語る。


「お前らちょっとうるさくするぜ?」


 囚人達は訳も分からずゾーイーに尋ねた。


「誰だお前」

「刑務官達はどうした?」


「向こうで全員寝てるよ」


 その寝てるという意味は本当に寝ているだけなのか、それとも全員死んでいるのかわからない。


 ゾーイーはその眠っている刑務官達から盗んできたのか牢屋の鍵の束を人差し指の第一関節あたりでくるくると回している。


 ガチャと音をたててメルの入っている牢屋の鍵を開け、出るように促した。


「行こうぜ?」


 ゾーイーは大きな槍を肩に担ぎながら、監獄の出口へと歩いた。その様子を見ていた他の囚人達は俺の牢も開けろと騒ぎ出す。中には鉄格子を両手で握り締め、ガチャガチャと音をたてる囚人もいた。


「ずるいぞ!!」

「俺も出せ!!」

「開けろ!!」


 ゾーイーは少しうんざりしながら言った。


「あぁ面倒くせぇな」


 ゾーイーは鉄格子をガチャガチャ鳴らしている囚人の前に移動する。囚人はにやにやしながら言った。


「早くしろ!早くあけ……」


 囚人が声を出し、口を大きく開けた瞬間にゾーイーは自慢の槍を囚人の口の中に入れた。槍の尖端は後頭部を突き抜け、囚人の顔に大きな穴が開いた。同じ牢屋にいる囚人は同居人が殺されたことに悲鳴をあげる。


「うわぁぁぁぁ」


 それに呼応するかのように他の囚人達も騒ぎ出した。


 その様子にゾーイーは再び威勢のいい声で注意する。


「次に声を出した奴から殺す」


 監獄内は急に静まり返った。


「おおっ!やるじゃんお前ら……っておい!メル!いつまでそこにいやがんだ?」


 メルは牢屋から少し出たところで立ち止まっている。


「早く来いって!」


 メルは呟く。


「ぃやだ……」


 メルの声が小さかったのもあるが、ゾーイーは自分の予想していたメルの対応が違うことに驚いた。


「お前?喋れんのか?……って今なんつった?」


「いやだ……お前らとはもう関わりたくない」


 メルの口調がしっかりしてきた。


「もう僕は誰も殺したくない!!」


「いや……マジだったのかよ……ハハハハハハハ!!お前が…良心を持つなんてな!!いやぁ流石、若様だな!!様様だな!俺はよぉ、お前を監獄内で孤立させる作戦って聞いて違和感しかなかったのよ!」


 ゾーイーの言葉に引っ掛かるメル。


「…孤立……作戦?」


「そうそう!お前に近付く者を殺すって作戦だ!ん?遠ざけるだったっけか?まぁこれには理があったからな、お前に近付く者を排除できるってきいたから俺は了承したんだ(それに敵の戦力も測れる)」


 メルはゾーイーが何を言っているのか半分しか理解できなかった。理解できた半分が重くのし掛かる。


「じゃあ僕のせいで…レッドが……」


 ゾーイーは槍を構える。


「まぁいい、お前を無傷で連れて帰れなんて言われてねぇからな」


 槍の尖端をメルに向けてゾーイーは突進した。空気を突き破る程の速さだ。メルは咄嗟に横に飛び、攻撃を躱す。


 しかし。


 ゾーイーは突進した勢いそのままに壁に張り付き、今度はそこを足場にして、再びメルに突進する。


 メルは腹部にその攻撃を受け、血が流れた。


 ゾーイーは突進の勢いを殺して、静止する。


「お前がいくら才能があっても、まだ俺には勝てねぇよ。おら行くぞ?(さぁ敵さん?俺の動きを見ただろ?来れるもんなら来てみな?)」


 ゾーイーはそういってメルに近付こうとしたがメルはそれをまたも拒絶した。


「ぃやだ……」


「ったくしょうがねぇな」


 ゾーイーは再び攻撃姿勢に入る。


 今度は上空へ飛び、ふきぬけになっている高い天井にゾーイーは張り付き、そこからメルに向かって突進する。端から見ればあまりの速さで雷のように見えただろう。メルはまたそれをギリギリで躱したが、その雷は地面に到達すると今度は横に向かって走る。次はまた天井、かと思えば地面に。メルはその攻撃を目で追うのが限界だった。


「俺がお前を殺しちまう前に降参しろ。悪いようにはしねぇから」


「いやだ!!」


「あっそ!じゃあ死ね!!」


 ゾーイーは高速で縦横無尽に移動しながらメルの背中目掛けて攻撃した。


 メルは致命傷をなんとか避けたが、左肩を貫かれる。


「うっ……」


 メルは膝をつく。負傷した肩を抑えながら。


「だから言わんこっちゃねぇ!俺がお前を殺す気だってわかったろ?」


 確かにゾーイーはメルの心臓目掛けて攻撃してきた。


「僕はもう……戻りたくないんだ……」


「あのなぁ!お前はエッグだからまだ外の世界とか社会ってもんを知らねぇんだろうけどよ、お前の居場所なんて何処にねぇぞ?」


 ──そうだ……知ってる。僕はとても酷いことをしていた。これは罰だ。希望が絶望へ変わるこの痛みは第五階級魔法のそれと同じくらいの威力がある。レッド……ごめん。僕は……


 メルは立ち上がったが、全身に力が抜けたようにダラリとしている。


「いい加減目ぇ覚ませ!!」


 ゾーイーはそう言うと助走をとってメルの負傷した肩に前蹴りを食らわす。


 衝撃で吹っ飛ぶメルは自分が寝ていた牢屋に激突した。鉄格子を貫き、二段ベッドを破壊した。


 ──僕は…レッド……君の希望を奪ったんだ。

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