第211話

 ロドリーゴ枢機卿の屋敷を出たソフィアは、自分を待ち受けている記者達にとり囲まれた。


「おい!どうしてお前だけが!?」

「中でどんな話をしたんだ!?」

「何でもいい!!教えてくれ!!」


 事件を起こした者達の気持ちがわかった。顔面に唾が飛んでくる。ソフィアの身体に記者達の唾が付着する前に護衛のコバーンがソフィアの前に立ち塞がり、壁となった。

 

 急に現れたコバーンに怯む記者達。ソフィアは釈明の為、説明した。


「ごめんなさい。極秘の任務なの。だから話せないわ」


 こんな台詞一度は言ってみたいと思っていたソフィアは1つ夢が叶ったことに胸がドキドキしていた。


 すると、カツカツと高い音を立ててソフィアの元へやって来るバーバラ。ソフィアは身構える。というのもバーバラはやり手で尊敬もしているが、あまりそりが会わないのだ。


 バーバラは少し前屈みになり持ち前の胸を強調するよう姿勢でソフィアに訊いた。


「どんな話をしたか教えてくれなぁ~い?」


 周囲にいる記者達が沈黙する。


「いや、私に色目使っても無駄だよ?」


 バーバラはいつもの癖で同性であるソフィアにも色気を最大限振り撒いて質問していたことにようやく気がついた。


「ぬあっ!!!いつもの癖で……」


 赤面するバーバラ。周りの記者達とソフィアは持っている紙に今起きた一部始終を書き記す。


「ちょっ!!やめてぇぇ!!!」


 バーバラはこの場から走り去った。


 ──あんなに高いヒール履いてるのによくあんなに走れるな……


 夜ももう遅い。記者達は張り込むのをやめ、明日に備えた。


 ソフィアからなんとか話を訊こうと何人かの記者が後をつけてくるが、ソフィアと共に歩いているコバーンに威圧され話しかけてこない。そしてこの暗い夜道にコバーンは頼りがいのある男だった。


 ソフィアはコバーンに話しかけた。


「あの……ありがとうございます」


「……」


 ──無視!!


 しかし、ソフィアはめげなかった。


「本当だったら、私を護衛するよりも猊下の護衛をすべきところを……」


 人気がなくなり暗い夜道は不気味さを醸し出している。だか、ソフィアには頼もしい肉体と強さと気品溢れる護衛がついているのだから心配ない。例え、ソフィアの苦手な幽霊や足がたくさん生えた虫がいたとしても大丈夫。


 ソフィアは自慢げにコバーンの背中を見た。コバーンの背中が小刻みに震えている。


「え?」


 ソフィアは口から言葉が漏れてしまった。コバーンの顔を覗き込むと、彼は泣いていた。


「ど、どうしたんですか!?」


「っう……すまない……猊下が甦って良かったと思う反面、自分の不甲斐なさを痛感してしまってな……」


 こんな大きくて逞しい成人男性が泣く姿を見るのは初めてだった。


 ──そうか……この人はまだ自分を責めているのか。無理もない……


 なんと声をかけて良いかわからないソフィアは黙ってコバーンの泣き言を聞きながら帰り道を歩いた。しかし、こんな場面を他の記者に見られていたらなんて書かれてしまうのだろうかとソフィアは考えた。辺りを見回してあとをつけてくる者がいないか確認した。


「そんなダメな俺を猊下は、もう一度護衛長に任命したのだ……」


「本当に素晴らしいお人ですね」


「ああ……本当に……お人好しでバカな人だ!!」


「ええ、本当に……っておい!!なんてことを!!?」


 コバーンの暴言に驚くソフィア。コバーンは狂ったように笑いだした。


「クックックッ!!アハハハハ!!もう一度俺達に殺されるとは思ってもないだろうなぁ!あのバカな老人は!?」


 コバーンの豹変ぶりに後ずさるソフィア。


「何が御使い様だ!?俺の正体にも気付かずお前の護衛に任命したのだからな!?確かにあの老害が復活したことには驚いたが、まぁ良い。次は暗殺ではなく甦ったことを後悔しながら死ぬように仕向けて貰おう!まずはお前からだ!」


 ソフィアは後ろを振り返った。もしかしたらまだ何人かの記者が自分の後をつけているかもしれないという淡い期待に賭けた。しかし、誰もいなかった。


 背後から嫌な空気を感じる。コバーンが口をひらいた。


「誰も来やしない。お前をバラバラにして新聞社に送りつけるのも良い……いや?バラバラにして猊下の屋敷にお前を添えよう」


「どっちの提案もバラバラになるんか!!」


 ソフィアは走って逃げた。


 どんなに急いで走っても直ぐ後ろにコバーンの呼吸音がついてくる。後ろを振り返りたい願望もあるが、それよりも必死に走る方を優先した。コバーンの声がした。


「まずは足からだな」


 物凄く近い距離でその声が聞こえた。そして腰にさしている長剣を抜く音が聞こえる。ソフィアは自分の足がいつ切り落とされるのか、きがきでなかった。切り落とされたら勿論、走れない。


 ──ということは転ぶよね!?


 無駄な思考が頭を駆け巡る。痛みがいつ足にやって来るのか我慢できずとうとう後ろを振り向いた。


 コバーンが今まさに長剣を振りかぶり、ソフィアの足目掛けて振り下ろす所だった。


 ──右足!?左足!?いや!!どっちもいやぁぁぁぁ!!


 ソフィアは転んだ。それは足を切り落とされたから転んだのではない。単純に後ろを向きながら走っていたからだ。


 それが功を奏したのか、コバーンの一撃を躱すこととなった。しかしよく見るとコバーンは長剣を地面に落とし、握っていた手を抑えている。その手には血が滴り落ち、乾いた地面を湿らせていた。


「誰だ!?」


 コバーンは辺りをみまわした。ソフィアも尻餅をついた状態で自分を助けてくれたであろう誰かを探す。


 真っ暗な路地から銀髪の少女が現れた。綺麗な銀髪と日の光を浴びたことのないような白い肌は闇の中では光り輝いて見えた。伏し目がちで歩いてくる少女には気品が溢れ、どこかの国の貴族と言われても納得してしまうほどだ。


「エルフ?」


 ソフィアはその美しい少女のとがった耳を見てそう呟いた。


 現れた少女はその美貌に違わぬ声でソフィアに告げる。


「私の名前はユリ。貴方を守りにここへ来ました」

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