第212話

◆ ◆ ◆ ◆


「ウィンドスラッシュ!!」


 ユリは唱えた。無数の風の刃が空間を切り裂く。


 ハルはユリを救出した次の日に訓練を始めた。ロドリーゴ枢機卿が暗殺される夜にはもうハルは聖王国にいなければならない為に、ユリを訓練する時間が少ないからだ。スタンに頼んでハルとユリだけクロス遺跡から馬車で王都へ戻るのをやめさせて貰ったのだ。


 ユリは妖精族ということもあって魔法の才能に溢れていた。


 ユリが魔法を第一階級、第二階級と覚える度にハルは戻った。その都度ユリが魔法をどう習得したのか、どういう助言をすればユリが習得しやすいのかきちんとヒアリングし、事細かに観察していた。


 そのお陰で前回は半日かかって習得した第二階級魔法を今回は2時間程で習得できたのだ。


 その時間はハルが戻れば戻る程、短縮され、また新たな魔法を習得する。そうしてユリはどんどんと強くなっていった。


「凄いよユリ!!もう習得しちゃった!」


 ハルにそう言われ照れるユリ。誰かに誉められるのは久しぶりだ。


「ハルくんの教え方が良いんだよ、きっと……」


「じゃあそういうことにしておこう!」


 ハルは腰に手を当てて、威張るような姿勢になった。ユリはそれを見て笑顔になる。そして思った。


 ──この人の為ならなんでもできる。


 ハルはそんなユリの気持ちなど知らずに、次はどんな魔法を習得させようかと考えていたのであった。


◆ ◆ ◆ ◆


 衛星ヘレネに照らされたユリの銀髪は闇夜から浮かび上がって見えた。うっすら笑うユリの表情は敬愛してやまないハルの命令を実行できる喜びに溢れていた。


「くっ!これしきのことで勝ち誇りやがって小娘が!!」


 コバーンは手に負った傷を抑えるのをやめて、先程まで握っていた長剣に手をかけ、振りかぶり空を斬った。


「岩嶄空撃!!」


 ウィンドカッターのように空に浮かぶ刃がユリに向かって放たれた。


 ギィィィン


 ユリはコバーンの放った斬撃を弾いた。


「エア・ブレイド」


 ユリの手には風属性魔法が付与されたレッサーデーモンの爪でできている長剣が握られていた。


「なっ……」


 コバーンはユリの太刀筋が見えず焦るが、それは暗闇のせいでよく見えなかったということにして、もう一度岩嶄空撃を放った。今度はきちんと助走をとり、正しい姿勢で。


 ──さっきのは集中して撃たなかったからな、ただ今回のは弾けまい!!


 コバーンは自身の放つ斬撃を目で追っていた。


 ──入った!


 と思ったが、斬撃はユリの目前で消えてなくなってしまった。


 ──あれー?


 一度目は弾いてみたが、思ったよりも威力がなかったので、ユリは二度目の斬撃を切り裂いてみたのだった。


 このことからわかるようにコバーンはユリの太刀筋を全く見えていなかった。しかし、彼は理解ができない。


 ──な、何かの間違いだ!!も、もう一度……


 もう一度攻撃をしようとしたが、手が動かない。


「な!?」


「ウィンドジェイル」


 ユリは既に魔法を放っていた。


 ソフィアは動かないコバーンをぼーっと眺めていた。何が起きているのかわからない。しかし、ソフィアも一端の新聞記者だ。今起きている現実をしっかりと見定めようとした。護衛長コバーンをよく見ると、風で出来た帯のようなものが巻き付いているのが見えた。ソフィアはユリの底知れぬ強さを目の当たりにして少し寒気を感じる。


「ぐっ!は・な・せ!!」


 ユリは転んでから一向に起き上がらないソフィアを通りすぎ、身動きの取れないコバーンの正面に立った。


「その、よく喋る口を被ってしまえば息の根を止めることもできますが、それは流石に惨めですよね。貴方の知る情報を教えてください」


「な、何も知らない!!」


「何故、ロドリーゴ枢機卿の暗殺を?」


「だから何も知らない!!」


 そうですかぁ、と残念そうに呟くユリはその場で両腕を振り下ろした。すると、大量の刃物や鍵をこじ開けるような尖端が複雑な形になっている道具を指と指の間に挟んでいる。おそらく着ている袖の中に仕込んでいたのだろう。


 ソフィアはまたしても寒気を感じた。


 コバーンは身動きが取れない他、これから自分が何をされるのか悟った。ユリの強さを目の当たりにして、この娘は躊躇しないこともコバーンにはなんとなく理解できた。急いで自分の知る限りの情報を話そうと口を開こうとしたが口が開かない。よく見ると風の帯が口元を被っていた。


「どこをどう刺せば、どう剥がせば、どう抉ればどのような痛みが走るのか私は心得ております。まさかあの時の記憶がこんなところでも役に立つなんて……」


 近づくユリにコバーンは恐怖した。話したい情報があるのに話せない。


 ──話すからやめでぐれぇ!!


「まずは貴方の右目を少し抉り出してみます。目玉と呼ばれるのだから本当に丸いんですよ?取り出す際、視神経の幾つかは千切れてしまいますが、生き残った視神経は私を写し出すでしょう。瞬きも出来ずに最後の景色を眺めてください。失ったその右目の奥には、きっとその景色が残り続けるでしょう。そして貴方の目がおさまっていた場所に息を吹き掛けて差し上げます。痛いようなくすぐったいような感覚に陥ると思いますよ?」


 ユリが先の尖った千枚通しのようなモノをコバーンの右目の前で構える。


「やめでぐれぇ!!!」


 切実な叫びが暗い夜道をうるわした。コバーンは自分の声が出たことに驚く。そして直ぐに自分の知っている情報を話した。


 ユリは仕事が終わり、ソフィアに向き直ると再び笑顔で挨拶を交わす。


「宜しくお願いします」


「よ、宜しく……」


 ひょっとしたらコバーンの方がまだマシだったんじゃないかと思うソフィアだった。

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