第210話
衝撃的な出会いからソフィアはロドリーゴ枢機卿の屋敷へと赴いた。
空も暗くなり、屋敷内の光が辺りを照していた。屋敷の周囲を囲うようにロドリーゴ枢機卿の無事を祈る者や死から復活した彼を神と崇める者までいた。そしてその者達と混ざり会うように記者たちがいる。
入り口の門にロドリーゴ枢機卿の護衛達がいた。主人を暗殺から守れなかった不甲斐ない、やり場のない想いを記者たちにぶつけているようだ。
「お前たちに話すことはない!だから立ち去れ!!」
「そこをなんとか!?ロドリーゴ枢機卿猊下は無事なのですか?」
「無事だ!」
「それでしたらご尊顔だけでも……」
「立ち去れ!!」
さっきから同じような問答が何度も行われている。記者の1人バーバラは腕を組みながら、今夜はもうここにいても新たな情報は入ってこないだろう予想していた。真っ赤な口紅に、胸元のあいた服装、上品に髪を巻いた様子は彼女が外見に力を入れていることを示していた。バーバラは一度自宅へ戻り、あとはここにいる男達に色目を使えばどんな動きがあったか教えてくれるだろうといつもの悪知恵を働かせている。そんな時、眼鏡をかけた色気のない元同僚のソフィアを目にした。
「あんの、落ちこぼれが」
ソフィアを見て露骨にイライラし始めるバーバラ。
「今さら来たってあんたに情報を教えるようなヤツなんていないわよ」
バーバラは悪態をつく。そんなことを囁かれているなんて知らずにソフィアは門にいる護衛達に近づいた。
「何を言ってるのか聞こえないわね……」
どうせあのいかつい護衛達に怒鳴られて終わりだと予想するバーバラ。案の定ソフィアは怒鳴られていた。
「アハハハハハ!いい気味」
甲高い声で笑うバーバラ。しかし、屋敷の扉が開いた。あれは護衛長のコバーンだ。おそらくロドリーゴ枢機卿が大勢の人がやって来ているのを見かねて門へと使いを寄越したのだろうとバーバラは予想している。
「全く、あの落ちこぼれは運だけ良いんだから!」
バーバラはソフィアが来た時に限って新しい情報を掴めることにまたしても苛立ったが、彼女の予想は珍しく外れた。あろうことか、屋敷から出てきた護衛長コバーンがソフィアを指差して、門をくぐらせ、屋敷の中へ案内し始めたのだ。
「なんで!!!?」
バーバラだけでなく他の記者達も不平と動揺の声をあげた。
─────────────
初めて入るロドリーゴの屋敷内をキョロキョロしながら見ているソフィアは護衛長コバーンのあとをついて歩いていた。
よく考えれば犯行現場でもあるため、ソフィアは少しだけ緊張した。床の軋む音が悲鳴のように聞こえる。
ソフィアは人には強いが、暗い夜道や殺人事件が起きた家、廃墟など幽霊が出そうなところにはめっぽう弱い。
今だけはコバーンの強そうな背中がとても心強い。無言で立っている護衛と何人もすれ違った。
──まぁ暗殺されたんだからこれくらい過剰に護衛するのも頷ける……
ある一室へ案内されると、ベッドの上で上半身を起こしたロドリーゴがいた。
「お待ちしておりました。ソフィア様」
ロドリーゴの優しい声が部屋を暖める。
「ソソソソソソフィア様なんて!!ソフィアとお呼びください猊下!!」
ソフィアは懇願しながら両膝をついて頭を床にめり込ませるくらいに頭を下げた。ロドリーゴは少し考えてから口をひらいた。
「わかりました。ソフィアさんと呼ばせていただきます。まだ身体が思うように動かないのでこのままの姿勢でお話しを続けてもよいですかな?」
ソフィアはロドリーゴの優しい声に撫でられながら顔をあげる。
「もももももちろんです!!」
「ところで、ソフィアさん?私に会いに来たということは御使い様にお会いましたね?」
「御使い様?」
「ハル・ミナミノ様のことです」
「あ……会いました。彼は神ディータ様の使いなのですか?」
ロドリーゴは昨日の出来事を懐かしむように答える。
「私はそう信じております」
「その根拠は?」
ソフィアはいつもの癖で取材のような質問をしてしまい、慌てて言い直した。
「なぜそのように思うのですか?」
「私は死から生還し、そして死せる者が復活したのをこの目で見ております」
「それは第五階級聖属性魔法のことですか?」
「いかにも!それで、御使い様は私にどうしろと仰られていたのですか?」
ロドリーゴはその奇跡と呼ぶに相応しい魔法を思い出したのか興奮気味に話す。
「伺ってないのですか?」
「ええ、ただソフィアさんに協力し、護衛長のコバーンを貴方の護衛にしろとしか……私は他に何をすれば宜しいのでしょうか?」
あの筋肉護衛長が自分の周囲を警護するのかと一瞬頭を抱えたソフィアだが、気を取り直してロドリーゴの質問に答えた。
「猊下並びにフェランツァ枢機卿、ヴェネディクト枢機卿暗殺を計画したチェルザーレ枢機卿とそれに助力している海の老人、そして帝国が関わっていることを裏付ける証拠を見付けてほしいとのことです。また何としてもさきのコンクラーベで教皇になってくださいと言っておりました!!」
───────────
「これが、『あ』って発音で、これとこれが合わさると『さ』になる。だからこの文字は朝って意味だね」
「うわぁぁぁぁ!!わかんねぇぇ!!」
夕食をとり終えた後、就寝までの時間は自由時間だった。ハルは今、自分の牢屋の中でレッドという人懐っこい少年に字を教えていた。メルは黙ってハルの寝床、二段ベッドの上にいる。
この世界の文字は点と線と曲線を繋ぎ会わせた文字だ。ハルはこの世界に召喚された時から何故か自動翻訳機能が働き読めるのだが、長いことこの世界にいればその翻訳機能がなくても読めるようになっていた。
しかしこの少年、レッドは躓いていた。
「この組み合わせがなぁ」
「そうそう、ここは誰もが最初に躓くとこだね」
「なんだよそれぇ!!ギターのfのコードかよ!!」
「ギター?知ってるの?」
「おう!こう見えてもオイラには学があるからな!そんでもってそのギターは弾けるようになったぜ!?」
「じゃあ字も直ぐに読めるようになるよ」
ハルはメルが今何をしているのかチラッと様子を見る。メルはハルのベッドに横になっている。目を瞑っているのかそれとも物思いに耽っているのかはわからなかった。
「レッドく~ん?ちょっと良いかな~?」
顔に火が揺らめくような刺青をしている囚人が開け放たれた鉄格子にもたれかかるようにして立っていた。その囚人はタンクトップを着て、太い腕を見せびらかしている。その後ろにはその囚人の仲間のような者達がいた。
「パ、パグウェル……」
その囚人の名前なのだろう。レッドはそう呟くと立ち上がり、勉強道具を持ってその囚人パグウェルに近寄る。ハルはレッドの足が震えているのを見逃さなかった。そしてその足の震えのせいなのか振り向いたレッドはハルに声を震わせながら言った。
「ま、また明日頼むよ……」
ハルは思った。きっとレッドはアイツらに迷惑しているのだろうと。しかしハルは何も言わず、レッドを行かせた。
レッドの肩に腕をまわす囚人パグウェルは言った。
「俺達は悲しいよ。あんな新参者に俺達のレッドくんを捕られて」
「……」
レッドは黙ったまま歩いた。
囚人パグウェルはレッドの肩を組んで歩く。刑務官の来ない、備蓄庫についた。
積み重ねられた荷物の上に座るパグウェル。レッドの周りを囲む他の囚人達。準備が整ったのかパグウェルは口をひらく。
「レッドくんには俺達を裏切った罰を与えよう」
取り囲んでいた1人の囚人がレッドの両脇を後ろから羽交い締めにする。レッドはもがいて抵抗するが、パグウェルの放った拳がレッドの胸に当たる。それを合図に次々と他の囚人達もレッドに暴力をふるった。
レッドは呻き声をあげるが、やめろ等の言葉を発しない。発すれば発するだけ奴等は喜んでレッドを殴るからだ。
「レッドくんが俺達を裏切るならお前に字を教えてるあの小僧にも罰を与えようかなぁ?」
パグウェルはそう提案した。この時初めてレッドは口をひらい。
「それだけは……やめてくれ……」
おおっ?と反応する囚人達。
「じゃあこれからも俺達の発散対象になってくれるんだねぇ?」
「ああ……だからアイツには手を出さないでくれ」
一通り殴られ終わったレッドは横になっている。もうそろそろで就寝時間だ。身体を動かしたら痛みが走るのを知っているレッドは、同時にどう動かせば痛まないかも知っていた。
ゆっくりと起き上がるレッドが最初に見た光景は、字を教えてくれるハルと同じ牢にいる住人の少年だった。
その少年はレッドを一瞥した後、何も言わずに立ち去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます