第209話

「嘘じゃない。僕は第五階級聖属性魔法を使ってロドリーゴ枢機卿と海の老人メルを甦らせた張本人です」


 静まる面会室。ソフィアは思わず吹き出した。


「ブッ!!よくもそんな息をするように嘘がつけるものね?」


 ハルは少し苛立った。以前もこんな具合だったが慣れない。

 

「ちゃんと聞きなよおばさん!」


「おば、おばさんだと!!?あんたに比べたら年上だけど!まだおばさんって呼ばれる筋合いないわよ!!」


「27才、レベル6、ソフィア・スシューレン、HP58、MP12、SP……」


 おばさんと言われて興奮したソフィアは自分のステータスを言い当てられて、熱がさめ始める。


「貴方……鑑定スキルを持っているの?」


「そう!で、さっきなんて言ったか覚えてる?」


 何が?という表情をするソフィア。そして思い出した。海の老人だと疑われている少年の名のようなものをハルが言っていたことを


「メル……」


「そう、それが彼の名前」


 ソフィアは羽根ペンを動かしてメモする。


「よく聞いて?これから貴方はロドリーゴ枢機卿に会いに行って、彼と一緒にこの暗殺事件の首謀者であるチェルザーレ枢機卿と帝国軍事総司令のマキャベリーの繋がりを突き止めるんだ。余裕があれば海の老人のアジトとかも調べて」


「ま、待って!?いきなりすぎる!!チェルザーレ枢機卿と帝国が繋がってて?彼等が首謀者?……どうしてそれを知っているの?」


「話せば長くなる。まだ信じられないならロドリーゴ枢機卿に会ってみて……そんでだめ押しにこれ」


 ボォォォっと手のひらから青い炎を見せるハル。


「これは第四階級火属性魔法だ。これで少しは信じてくれた?」


 ソフィアは現実ばなれした話をいっぺんに聞かされ思考が追い付かない。


「本当に……貴方がロドリーゴ枢機卿猊下を甦らせたの?」


「そうだよ。僕はここでメルと接触して海の老人からチェルザーレ枢機卿と帝国の繋がりを裏付ける証拠を見付けたい。あわよくば彼等の作戦を頓挫、崩壊させたいんだ」


─────────────


 まだ思考の整理が出来ていないソフィアは、監獄をあとにした。


 青い炎が瞼の裏側で揺らめいている。ハルが言っていたことを思い出した。


『ソフィアさんなら信じられる。他の記者達は権力に逆らえないから。だけど貴方は違う。強い信念を持っている』


 ソフィアは初めて会った、年下の男の子の言葉に胸をときめかせた。これは恋とは違う。純粋に嬉しかったのだ。記者仲間達は政に関わる教皇や枢機卿、司祭達の言うことに従う。さらには新聞社の意向に沿って取材し寄稿していた。


 ソフィアは一度だって理不尽な上の者のいうことをきいたことがない。そのせいで、折角入った大手の新聞社には首を言い渡され、流れ着いた所が今の新聞社だ。そこは他の新聞社達からつま弾きにされがちだし、発行部数も微々たるものだが、おかげで自分の書きたい記事を書くことができている。


 そのことを肯定してくれたハルには好感が持てる。


「もう少し年下だったら恋愛対象なんだけどな……」


 ソフィアは所謂ショタコンだ。


─────────────


『フルートベール王国の剣聖の美貌に迫る。その秘訣は働かないこと?』


『ダーマ王国宰相の情事…夫婦関係が泥沼化。原因は小児性愛?』


『チェルザーレ枢機卿が溺愛?妹ルクレツィア様の異性間交友を禁止に!?』


 ロドリーゴ枢機卿は自室のベッドの上にいる。上半身を起こして、片手で過去に印刷された新聞を読み。もう片方の手で仔牛の膀胱を膨らませた小さな玉を握りながら、握力の感覚を確かめていた。


 死から生還したロドリーゴ枢機卿は歩くのがまだ覚束ない。甦ったばかりの記憶はまるで夢のようなだった。いや、仮にあれが夢であってもおかしくはない。


◆ ◆ ◆ ◆


 開け放たれた窓から風がそよぐ。ぼやけた視界はその者の輪郭しかわからなかった。


「僕の言うことをよく聞いて?」


 ロドリーゴ枢機卿は自分に話し掛けてくる少年の声を聞く。その声は酷くこもっており、水槽の中にいる自分を愛でる何者かが外から話し掛けているようだった。


「僕はハル・ミナミノ」


 少年は名乗り、ロドリーゴ枢機卿の頭に手を置くと、喉元の痛みがやわらぎ、くぐもった聴覚とぼやけた視界が鮮明になっていく。


「今から貴方を暗殺したこの子を貴方同様、甦らせます」


 ハルは横になっていたロドリーゴ枢機卿の身体を上半身だけ起こし、壁にもたれ掛けさせた。貴方と呼ばれたのは久しぶりだとロドリーゴは思った。先程の自分と同じように横たわっている少年を目にして、我に変える。床には大量の血が拡がっていた。


「ひっ!!」


「落ち着いて」


 ハルはもたれ掛かっているロドリーゴ枢機卿の胸に手をおいてまたも魔法をかけた。


 胸の鼓動が落ち着き始める。


「あなたは……」


「ハル・ミナミノです。貴方にお願いがあります。この子と同じ監獄、同じ牢屋に入れてほしいのです」


 ロドリーゴ枢機卿は何を言っているのか理解ができない。


「牢屋って……もうその子は……」


「見ていてください。これから貴方にしたことをこの少年にもやります」


 ハルは少年の遺体の側により魔力を練り始めた。暖かい光がハルと少年を囲うようにして放たれる。


「…うつくしい……」


 ロドリーゴ枢機卿はミケランジェルの描く絵画が過った。倒れていた少年が目を覚ます。


「ひぃっ」


 ロドリーゴ枢機卿はいましがた自分を殺した者が甦ったことに恐怖を募らせた。


「大丈夫です。拘束してますから。それよりもさっき僕が言ったことを実行してください。あと、ここへソフィアという新聞記者が訪ねに来ると思います。そしたら貴方が体験したことを話してください。頼りないですけど彼女なら害はありません。他の記者や貴方に近付く者はまた貴方を殺そうとするかもしれませんので……」


「ま、待ってください……どうしてその少年をお救いに……?」


「……この少年から貴方を暗殺した依頼主とこの少年の主がわかるはずです」


 必死に廊下を走る音が聞こえる。ロドリーゴ枢機卿の護衛をしている聖騎士コバーンが血相をかいて部屋に入ってきた。


「ご無事ですか、猊下!!?……これは……?」


 ハルはフェイスフルを唱えてコバーンを大人しくさせた。


「あぁ、あとこの人をそのソフィアっていう新聞記者の護衛につけてあげて?」


 そう言うとハルは倒れていた暗殺者の少年を担いで、部屋を出ていった。


◆ ◆ ◆ ◆


 ロドリーゴ枢機卿はあの体験を信仰の核心に迫るものだと信じた。自分の祈りや信じてきたモノが形をなしたのだ。


 ──おそらく、あの御方は神の御使い様にちがいない。


 ロドリーゴ枢機卿はハルの言う通りに動いた。ハルを暗殺者の少年と同じ牢屋へと心苦しいが入れた。そしてハルの言っていたソフィアという新聞記者を彼女の書いた記事を読みながら待っていた。記事を読む限り、彼女は噂話を大きく見せる記事ばかり書いている。


 ──しかし、あの御使い様が仰っているのならば信用できるでしょう。


 扉を叩く音が聞こえる。ロドリーゴは入るように伝えると、護衛のコバーンが顔を出した。


「猊下、ソフィアと名乗る記者がやって参りました」


「来たか……ここまでお連れしてくれ」

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