第208話

 伝説の暗殺集団、海の老人だと目されている者が収監された。刑務官のベリックは、そのことにさして興味を持たなかった。このバスティーユ監獄に入れば強姦殺人犯や強盗犯、親殺し、子殺し、どんな者も平等だ。平等に神官から裁きを受ける。


 ベリックはいつものように髭を剃り、シワひとつない制服に身を包んだ。家を出る前にクレセントをかかげ、祈りを捧げる。そのクレセントを内ポケットにしまって家から出掛けた。


 今日は夕方からの勤務だ。傾きかけた日の光を背に浴びながらバスティーユ監獄を目指す。道中、近隣住民からはいつも挨拶をされる。ベリックも礼儀正しく挨拶をし返した。


 いつものように少し早めに仕事場に着くと、悪魔の様な人物が職員用入り口にいた。


「あ!ベリックーー!!」


 ベリックはその人物と目が合わないよう前屈みになって素通りしようとしたが、腕を掴まれた。


「コラコラー!幼馴染みのソフィア様を無視するとはいい度胸ね!!」


「……何の用だ?」


 ベリックは一刻も早くソフィアから離れたい。この現場を同僚に見られたら最悪だ。


「つれないねぇ~、まぁいいわ。海の老人について訊きたいことがあるんだけど」


 ベリックは自分の考えが的中して溜め息をついた。そして用意していた答えを言った。


「知らんな。それに囚人については何も話せん」


「じゃあ、海の老人と同じ牢屋にいる人と面会したいんだけど」


 相変わらず悪知恵が働くソフィアに感心するベリックは、こう答えた。


「そんな、邪な考えで面会できると思うなよ?第一その囚人の名前すら知らんだろ?」


 自分でそう言いつつ、ベリックは嫌な予感がした。


「そ、れ、をー、貴方が調べるんじゃない♪そんでもって私とその囚人を取り次いで?」


「どうして俺がそんなことまでしなきゃいけないんだ?」


 ソフィアは眼鏡をクイとかけ直すような仕草をした。ちなみに彼女は生まれてから一度も眼鏡をかけたことがない。昔も今も変わらず2.0の視力だ。


「別にぃ~?しなくてもいいけど、その代わり、子供の時のあんなことやこんなことをバラしてもいいのかな?」


「や、やめろ!!」


 ベリックは顔面に冷や汗をかいた。


「じゃあ宜しくね?ここで待ってるから」


「きょ、今日中に調べろというのか!?」


「そうよ?明日の記事までに間に合わせなきゃダメだから。今日中にぃ同じ牢の囚人と面会までしなきゃダメなの♡」


「そんな……お前ろくな死に方しないぞ!!」


─────────────


 ベリックの献身的な協力のおかげで、ソフィアは今、ロドリーゴ枢機卿暗殺事件の実行犯と同じ牢にいる囚人を面会室で待っていた。既に取材のため何回も訪れているが、囚人を待つこの時間とこの場所はなんとも、えもいわれぬ趣があった。


「このことは略してエモいと形容しようか」


 椅子に座り、鉄格子を隔てて面会人と囚人とわけられる部屋。その頼りない境界線のむこうは監獄なのだとソフィアはここへ来る度に実感する。


 この面会室に案内されながらベリックに言われたことを思い出していた。


◆ ◆ ◆ ◆


「ハル・ミナミノ、17才、罪状は殺人。本人は正当防衛を主張しているが、被害者は後ろから刺されている……それに、今日収監されたばかりの囚人だ……」


「へぇ~17才で殺人ね……誰を殺したの?」


「それが、街のごろつきらしいがまだ身元がわれてない……まぁよくあることだ。現在調査中、それまでこの監獄で大人しくしてもらってる。ちなみに彼は魔法を使えない」


 魔法を使える囚人には魔法を封じ込める魔道具の鎖を嵌める決まりになっているのだ。


「ふ~ん……それで海の老人と同じ牢に入るんだ」


「あぁ、確かにおかしい……第一、伝説の暗殺集団か何か知らないが、この国のトップを殺した者を普通の監獄に入れるのがどうも怪しい。どんな手を使っても依頼主を暴くのが当然の筈だが……彼を一般の囚人と同様に扱うよう署長から言われている」


 ソフィアは羽根ペンの羽根の感触を顎で確かめながら聞いている。


「なるほどね……その怪しさうずうずするぅ~」


「あんまり無理すんなよ?この間だって危なかったんだろ?」


「あんなの平気よ?いつでも来いって感じ」


 ベリックは呆れていた。


◆ ◆ ◆ ◆


 扉が開いた。


 17才の少年が入ってくる。年の割には落ち着きを放っている。ソフィアは今までに数々の凶悪犯の取材をしてきた。凶悪犯は幾つかのパターンに分類できる。1つ目は恨み、怨恨による復讐者。2つ目はこれは正しいことだと自分を信じている確信犯。3つ目は殺人を楽しむ愉快犯。4つ目は仕事、つまり暗殺者。この4つ全てを内包している者もいた。


 殺人犯の殆どが復讐者だ。彼等は復讐に駆られ、復讐を生き甲斐にしてきた反面、目標を遂げると束の間の達成感を味わい、直ぐに虚無感と絶望が襲ってくる。私は次に誰を恨めば良いのかという者すらいるくらいだ。


 ──そういう人はだいたい見ればわかるんだけど……この子は……どうしてこんな、当たり前のように座っているの?


 本来は直ぐに挨拶して取材するソフィアだが、正面にいる少年の人となりを掴めずただ息をのんでいた。そうこうしていると少年の方から声をかけてきた。


「お待ちしてました。ソフィアさん。僕はハル・ミナミノ、宜しくお願いします」


「え?(どうして私の名前を?……あぁここへ来る途中に聞いたのか)」


「はい。そうです。ここへ来る途中に聞きました」


「は!?(どういうこと?心を読んでいるの?)」


 ソフィアは驚きの声をあげる。


「心は読んでいません」


「ぐっ(読んでんじゃねぇか!!)」


「ところでソフィアさん?海の老人について訊きに来たんでしょ?」


「どうしてそれを……」


「僕もそれを知りたいんです」


 ハルは後ろを気にしながら会話する。ソフィアは監守に話を聞かれたくないのかと悟ったが、違和感を覚える。普通、面会する時は監守も部屋に入ってくるのだが、監守は外で待機している。


「僕のいうことを信じてください。それとこれから言うことを驚かないで聞いてくださいね?あんまり大きな声を出すと魔法が解けちゃうので」


「魔法?貴方魔法が使えないんじゃないの?」

 

「使えますよ。今外にいる監守には第二階級闇属性魔法のヒプノシスをかけてます」

 

「第二階級?嘘ばっかり(あぁこの子は虚言癖を持つ確信犯的要素があるな)」


 ソフィアは肩の力を抜いた。自分の分類にようやく当てはめることができたからだ。


 ──しかしこの子は詐欺師の才能がある。この私ですら信じかけた……


「嘘じゃない。僕は第五階級聖属性魔法を使ってロドリーゴ枢機卿と海の老人メルを甦らせた張本人です」

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