第207話
~ハルが異世界召喚されてから9日目~
真っ赤な部屋に真っ赤なワイン。マキャベリーとチェルザーレは対面して座っていた。外は朝にくらべれば静かだ。屋敷に群がる記者達を追い返したからだ。
「輪廻転生ではないと?」
険しい表情でチェルザーレは質問する。
「はい。輪廻転生にはある規則があります」
「規則……」
チェルザーレは思考と持っているグラスに入っているワインを回した。
「はい、まずは幼少期に神の声を聞いていること。そしてあるきっかけにより覚醒することです」
「死から甦るのがそのきっかけという可能性は?」
「確かにそれも一理ありますが、その可能性は低いでしょう」
マキャベリーには確信めいたものがありそうだった。
「まぁよい……それよりもこれからどうする?」
ぐびっと一口ワインを飲むチェルザーレ。
「相手の出方によりますが、まずは貴方様の任務の遂行、そして相手の目的を探らねばなりません」
「目的なら我々の妨害であろう?」
珍しくチェルザーレは苛立っていた。
「そうですが、どうして敵は我々の行動がわかったのでしょうか?」
「……」
「私を疑っておりますね?」
マキャベリーの問いかけにチェルザーレは笑みを溢す。
「フッ……確かに初めはそう思った。しかし、お前にまるで利がない行為だ。私を失っては戦力が大きくかけてしまうからな」
「その通りです。疑いも晴れたことですしもう一度考察してみましょうか?」
2人は和解の印として、グラスをぶつけずに乾杯する。
「ロドリーゴ枢機卿が嘘をついている可能性はありますか?貴方の最高傑作のメルさんがロドリーゴ枢機卿暗殺前に敵に阻まれ、捕らわれた……」
「ロドリーゴは死から生還したという迷い事を言うような奴だとは思えん。それにロドリーゴの護衛長の証言では床が大量の血で染まっていたという」
「でしたら、敵はロドリーゴ枢機卿が殺された後にメルさんを捕らえた。しかしなぜ一度殺させてから、甦らせたのでしょう?そんな手間のかかることしますか?本来ならロドリーゴ枢機卿が暗殺される前にメルさんを捕縛、殺害して救出するのが普通です」
チェルザーレは黙ってマキャベリーの話を聞いている。彼がここまで人の話を黙って聞いているのは珍しい。
「つまり、敵は知っているのです。同時刻にフェランツァ枢機卿とヴェネディクト枢機卿が暗殺されるのを。いくら保守派の筆頭が生き残ったとしてもそれを支える2人が同時に亡くなるのは大きな痛手です。保守派の衰退は免れないでしょう。しかし、その筆頭であるロドリーゴ枢機卿が死から生還したとなれば話は別です。保守派はこれまで以上に勢力を広げる。敵はそうなることを知っている……フッ、敵はなんとも利己的で非人道的な者なのでしょう。命を弄ぶとは……」
「貴様が言うか?」
「違いますよ、卑下している訳ではありません。寧ろ称賛しているのです。敵は目的の為ならどんなことでもする。そんな覚悟を持った者だとね。そしてもう一つ疑問があります。ロドリーゴ枢機卿の護衛長コバーンの証言によれば、床に拡がっていた大量の血は人、1人が流す血の量を超えていたと聞いておりますが?」
チェルザーレの表情が陰ったのをマキャベリーは見逃さなかった。そして、話を続けた。
「つまり、あの場で死んでいたのはロドリーゴ枢機卿とメルさんだと考えられます。では、敵は何故メルさんを甦らせたのでしょうか?情報を話して貰うためでしょうか?」
チェルザーレは考えているというよりは迷っている表情をしている。そしてその迷いを振り払うかのようにマキャベリーを見つめて言った。
「……メルなら情報を渡し得る」
「何故そのように思うのですか?」
「…先程お前への疑念を払ったのならばもう隠しても仕方がない。おそらくロドリーゴを暗殺した後にメルは自殺したのだ」
マキャベリーは表情は変えなかったが、驚いた様子だった。
「……疑いをきちんと晴らしておいて良かったです。貴方様が何か隠しているのはわかりましたが……そうですか、自殺ですか……なるほど……敵はメルさんが自殺するのを見ていたようですね。付け入る隙を得たから甦らせた」
「メルは暗殺の天才だ。しかし、心の底にはメル自身も気付かない優しさがあった。我々はその根底にある優しさを捨て去ることができれば、シーモアやヴァンペルトを越える者となると読んでいたのだがな」
マキャベリーの周りの空気がピリつき始めた。敵はメルがロドリーゴ枢機卿を暗殺することを知っていただけでなく、メルが自殺することも知っていた可能性が浮上する。しかし──。
「厄介ですね……私はてっきりメルさん達エッグは皆、無感情で情報を話すような人達ではないと考えていましたよ」
「……奴は特別だ…」
「えぇ…そのようですね。敵はメルさんから海の老人、そしてあなた様ともしくは私にまで被害を与えようとしています」
チェルザーレは屈辱を楽しむかのような目をして言った。
「面白い、一度自殺した者が甦るとなると逃げ道の為の死はもう選ぶことができない!敵はメルに手を加え、生みの親である私を苦しめようとしている!!」
「そのような話……そんな昔話をどこかで聞いたことがあります」
「フランケンシュタインだ。聖王国の者が古代語を訳して著したものだぞ?」
「メルさんは今バスティーユ監獄にいます。敵はきっとメルさんと接触するはずです」
「あぁ、それかむこうは我々がメルに近付くのを待っているかもしれない」
「ここはやはり慎重に事を運びましょう」
───────────
狭い牢屋には窓すらついていない。今はちょうど昼休みなので、牢屋は開かれていた。興味本意でチラチラとメルを見る囚人達。
ハルはこれからどのように進めようか考えいた。もう既に何回かやり直している。前回はメルが一言、言葉を発した瞬間に戻ってしまった。メルともっと早く言葉を交わすことができないものかとハルは考えた。
考えていると、いつものようにメルと同い年くらいの男の子がハル達の牢屋にやって来た。
「やぁ!おいらはレッド!見ての通りここじゃあおいら達みてぇな若い連中は凶悪な大人達に立ち向かえないんだ!だからここはひとつ仲良くしてくんねぇか?」
茶髪で色白のレッドはいつものように挨拶をする。ハルも挨拶を返した。メルは相変わらず無言だった。
ハルの挨拶に嬉しがるレッドは問い掛けた。
「ところで、お二人さん?字が読めたりするか?」
「読めるけど」
ハルの返事にレッドは喜んだ。
「いよっしゃーー!!頼む!おいらに字を教えてくれないか?」
ハルはこの世界の字に関して一通り学んでいた。自動的に日本語に変換されるが、長い間この世界にいるため、今は変換機能に頼らずとも読むことができた。
ハルは前回もレッドに字を教えていた。その最中にメルが言葉を発したのだ。だから今回も了承する。
レッドは少年らしいあどけない笑顔を振り撒きながら自分の牢屋から読んでみたい本を引っ張り出して、ハルに見せた。
『クール・ハンド・ルーク』
『刑務所のリタ・ヘイワース』
前回も見せつけられた本だが、ハルはそれらの本を少しだけ読んでみた。前回は字をまともに読めないレッドに一冊の小説を読むなんて無理だと思った。しかし、今回はレッドの癖やモチベーション等を鑑みるとまずはこの小説に目を通す必要もあると思い、二冊の小説のページをめくった。二冊とも脱獄ものだった。
──え?この子、脱獄するつもり?
ブーーーーー!!
ブザーのような音が監獄に鳴り響き、昼休みの終わりを告げる。
「とりあえずどう教えるか考えてみるよ」
「おう!ありがとう!!」
レッドは去っていった。
ハルが受け取った本を暗殺者メルは黙って眺めている。
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