第206話
~ハルが異世界召喚されてから9日目~
ソフィアはこの一大事件、枢機卿暗殺事件に乗り遅れてしまった。遅れて走り出したソフィアが他の記者より先にこの事件のネタを手にいれるには、皆と同じことをしても、もう遅いだろうと考えていた。
チェルザーレの赤い屋敷を離れたソフィアは彼の妹ルクレツィアのことなど今はもう頭にはなかった。それもこれもあの怠け者の編集長のせいだと、道に落ちていた小石を蹴り飛ばし鬱憤をはらした。
──じゃあ何を書けば良い?
ロドリーゴ枢機卿が甦ったことに関することを書くか、それともチェルザーレ枢機卿のことを書くか、と悩んでいるソフィア。しかし両方とも他の記者達の手で書かれているだろう。
──それなら、まだ噂程度のあれに賭けるか……
『海の老人』、その起源には様々な説がある。最も有力な説は、大魔導時代、妖精族や竜族、魔族が滅んだ後、神ディータから寵愛を賜った人族が人族同士でそれぞれ覇権を争う裏で彼等、海の老人が活躍していたという言い伝えがある。この人族が繁栄し始める時代はミストフェリーズが英雄として活躍していた時代でもある。
『ミストフェリーズの冒険譚 ドラゴン討伐編』には謎の暗殺者集団がミストフェリーズの行く手を阻んでいた。近年この暗殺者集団が海の老人なのではないかと考察されている。
有名なのはやはり、ランスロットと伴に魔王を討伐した暗殺者ヴァンペルトだ。彼は海の老人出身だ。そのせいで海の老人は好意的な目で見られがちだが、その実、金をもらって人の命を頂戴するただの殺人者であることを皆忘れている。暗殺者という題材は多くの娯楽小説に取り上げられ、そのせいで海の老人を英雄視している者もいる。
(だが、今回の枢機卿暗殺事件のせいで人々は思い出すだろう。彼等の凶悪さを……)
ソフィアは自分の知っている知識を使って海の老人に関しての記事を頭の中で書いてみた。しかし、こんな情報は調べれば出てくる。
──もし可能ならその暗殺者に直接取材が出来れば良いのだが……
ソフィアはまず聖王国王立図書館に行った。海の老人に関する情報を調べている。迷路のような図書館に、海の老人のことが書かれていると思われる書籍を片っ端から本棚から取り出した。
ソフィアの目線ギリギリまで本を積み重ね、閲覧室で読み漁る。本を机に置いたときに大きな音が出て、周囲で勉強している人達を驚かせてしまったのは申し訳ないと思っている。
本に書かれていることは殆どがソフィアの知る情報ばかりだ。初めは知らないと思っていた情報でも、よく読んでみたら創作で造られた設定を記載していたりするため、その情報の信憑性を査読するのに時を要した。
「あ~くそ!いくら調べても私が知ってる以上の情報が出てこない!直接取材なんてできないし!!」
ソフィアは今回図書館で手に入れた唯一の新情報は海の老人に所属する者は身体の何処かに杖を模した刺青を入れているという情報だった。
「過去の犯罪者履歴に例の刺青をしてる人もいなかったし…あれ?ここにこんな小説が……って読んでる場合じゃない!締め切りがぁぁ!」
天を仰ぎ図書館の天窓を見つめた。朝早くにチェルザーレ枢機卿の屋敷に行ったのが不幸中の幸いであった、恒星テラがその日最も高い位置から少し傾いた辺りだ。何か別の行動を起こすなら今しかない。
しかし、どこに、或いはどう行動して良いのかソフィアはわからない。
閲覧室にはソフィアが入った時よりも人数が減っていた。皆昼食をとる時間だ。隣では神学校の受験生らしき男の子が2人いる。
「答えは~…3!!よっしゃぁ!!」
「うるさ!どの問題?」
「これ!」
(あ~私も友達とよく一緒に勉強してたなぁ…)
下の比率はソフィアの脳内比率を表したものだ。
海の老人の調査 : 男の子達の会話
6 : 4
「あ!もうこんな時間か!飯食いに行く?」
「俺はもう少しだけやってるよ」
そうか、と言って2人の内、1人の男の子が閲覧室から出ていった。少しすると違う席にいた女の子が残された男の子と同じ席に座り始めた。二人は知り合いのようだ。
(私も友達とは勉強してたけど…これはやってなかった…青春ですなぁ…)
ソフィアの脳内比率
海の老人の調査 : 男の子と女の子
3 : 7
ソフィアは自分の恋愛遍歴を思い返すと敗北感に襲われた。しかしやはり気になる。
「ぁの…」
女の子が小さい声で男の子に声をかけた
「どぅでした?」
──ん?どういうこと?
ソフィアの脳内比率
海の老人の調査 : 男の子と女の子
0 : 10
「ウェッジ君…私のことどう思ってましたか?」
女の子は残された男の子に質問した。少しぎこちなく。先に帰った男の子はどうやらウェッジという名前らしい。
「…静かで可愛いって言ってたよ!」
それを聞いた女の子は途端に顔が明るくなりお礼を言って去っていった。男の子は1人残され去っていく女の子の後ろ姿に力なく手を振っていた。そして男の子は肩を落とした。涙ぐんでいるようにも見えた。
(おー!!神ディータよ!!どうしてこんな惨いことを…)
ソフィアはこの出来事を目の当たりにしてあるアイディアを思いついた。
それは海の老人とおぼしき少年と同部屋になっている囚人に面会をして海の老人の情報を引き出すアイディアだ。
ソフィアは残された男の子の肩に涙ぐみながら手を置いて、感謝の意を示した。
(君の犠牲は無駄にしないぜ…きっと良い記事にしてみせる!)
ソフィアに手を置かれた男の子の顔は戸惑いしかなかった。
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