第205話

~ハルが異世界召喚されてから9日目~


 ソフィアは仲間の新聞記者ハーストから、これから世に出る記事を読ませてもらった。大きな文字でこう書かれている。


『ロドリーゴ枢機卿甦る。神の御業か?』


 見出しに引き込まれる。ソフィアは関心したが、今は情報をいち早く仕入れなくてはならない。見出しに続く記事を読み進めた。


『昨夜未明、首席枢機卿ロドリーゴ枢機卿猊下が暗殺されたが、猊下は今も存命だ。現在は自宅で療養している。猊下曰く、神の御使いにより死から生還したとのことだ。まだ復活したばかりの為、体調が万全ではない。詳しいことは明日の早朝に声明を出すと説明している。また同時刻にロドリーゴ枢機卿猊下率いる保守派に属するフェランツァ枢機卿猊下とヴェネディクト枢機卿猊下が暗殺され死亡。ロドリーゴ枢機卿猊下を含める3人は、ほぼ同時刻に暗殺されていると思われる。現在聖王国内の治安維持部隊は捜査を進めている。尚、ロドリーゴ枢機卿暗殺未遂?現場には犯人と思われる少年が伏しており、現在身柄を拘束し詳しい事情を訊いている』


 ソフィアは読み終わってからも少しの間沈黙していた。一夜であまりにも大きな出来事が起きたのだ。枢機卿暗殺事件は過去にもあるが、同時に3人を暗殺されたのは初めてだ。しかも、もう1人は死から甦ったのだから、この嘘のような出来事を飲み込める人はなかなかいないだろう。ソフィアは記者仲間に向かってようやく口をひらく。


「……それで、この暗殺に関与してそうなチェルザーレ枢機卿の取材をしに来てるのね」


「表向きは、チェルザーレ枢機卿の今の心境を訊くことだが、俺もアイツらもそんなことより、あのお方の腹の中を知りたいのさ」


 チェルザーレ枢機卿は保守派と対立している急進派の筆頭だ。更に同時刻に暗殺されたフェランツァ枢機卿とヴェネディクト枢機卿、暗殺が成功していたらロドリーゴ枢機卿も死亡している。そうなればチェルザーレ枢機卿は首席枢機卿へと一気にのぼりつめる。


「ちなみにロドリーゴ枢機卿が生きてるのは確かなの?国が隠蔽してる可能性は?」


「なくはない……他の枢機卿には箝口令を敷いているだろうし。だから一番反応が面白そうなチェルザーレ枢機卿のとこに来たってわけさ。それよりなんで噂好きのお前がこんな大事件を知らないんだ?」


「さぁね!たぶんあのぐうたらな編集長のせい。自分が説明するよりも貴方のような記者仲間に教えてもらった方が楽できるからじゃない!?」


 半ば怒りを記者仲間ハーストにぶつけながらソフィアは言った。


「俺にあたらなくてもいいだろう?」


「フン!……それより、ロドリーゴ枢機卿を暗殺した?少年はどこにいるの?」


「あぁ……バスティーユ監獄に移送されるらしい……」


 ハーストが何か言い淀んでいるのをソフィアは勘づく。


「何か隠してる?」


「いや?別に?」


「貴方、何か隠してるときいつも鼻をさわる癖があるの知ってる?」


「……」


 ハーストは自分の知らない癖を指摘され、怯んだ。


「奥さんもきっとその癖に気付いてるよ?」


「ぐっ……」


 ハーストは自分の妻に嘘をよく見抜かれていたのを思い出した。


「わかったよ!教えるよ」


「ありがとう、それで何を隠してるの?」


「その暗殺者とおぼしき少年にはある刺青が彫ってあったみたいなんだ。まだ確定ではないけど、俺達の間で噂されてる。その少年は伝説の暗殺集団『海の老人』なんじゃないかって」



────────────


 聳え立つ高い壁は内側にある世界を隠しているようだ。鉄格子で出来た大きな扉が横に開かれゆっくりとその世界に足を踏み入れる。


 目の前には大きな建物が静かに座しているように見えた。建物まで伸びる一直線の道のりを多くの者に囲まれながら歩く。


「……」


 囚人から奇異な目で見られていた。中には怪しく笑う者もいる。


「……」


 メルは監獄に着くまでずっと考えていた。何故自分が生きているのか。それにいつもの暗殺と同じように標的を殺そうとしたのだが、一瞬何故か躊躇った。そのせいで物音を立ててしまい、標的に気付かれてしまった。その後はいつもと同じように頸動脈を斬って殺した筈なのに、標的は生きているらしい。それに、何故自分で自分の頸動脈を斬ったのか、何故自分も生きているのかわからなかった。


 ──何故?何故?


 建物に入ると受付がある。そこを通過し鉄格子の扉をくぐるとそこには大きな空間が広がっていた。


 1階から5階まで吹き抜けになっており、その両脇には鉄格子の扉がいくつも連なっている。


 メルは3階にある1つの牢屋に案内された。それまでの道中鉄格子の中にいる囚人達から歓声と野次が飛んでいた。


 部屋に入ると二段ベッドとトイレと洗面台があった。


ガシャン!


 中を確認している間に鉄格子は大きな音をたてて閉まった。二段ベッドの上に先客がいる。


「ここでは、目立たないでいた方が良いみたいだよ?」


 同い年くらいの少年が声をかけてくる。


「…」


「そうそう。無口のほうがいい。でも面白いよね。僕が前?いたところなんて無口でいればいるほどちょっかいを出されてたんだけど。ここではその逆みたい」


「…」


「とは言うものの僕もここに入ったのは今日からなんだ。君のほんの数時間先輩なだけ」


「…」


「あ!自己紹介がまだだったよね!?僕はハル!宜しくね」


「…」


 ハルは握手を求めたが無視された。


 ──何度も思うが、あの時と逆だな。


 同じようにして握手をしてきたフェルディナンの顔がハルの頭に過った。

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