第204話

~ハルが異世界召喚されてから9日目~


<聖王国>


 トラーは怠惰な教会を非難して処刑された。


 賢者チエーニは我々は何処から来たのか何処へ行くのかという問いに対して、我々は神へと進化していくと言った。この発言は、神を冒涜したとして処刑されてしまった。


 レガリアは1ヶ月という暦に対して、月とは何なのか、神が造った概念なのかそれとも古くから伝わる言い伝えなのか、その伝承の根元を研究した。そして1つの仮説を打ち立てた。それが何なのかはわからない。しかし、神を冒涜する仮説なのだろう。彼女は裁判後に謎の死をとげている。


 新聞記者のソフィアは化粧っ気がなく、髪を整えることもしない為、いつもボサボサだ。そんなソフィアは歴史が好きだった。しかし歴史を調べると嘘のような物語が描かれている。そのせいで疑い深くなってしまったのも事実だ。


 ソフィアは国が残した文書よりは寧ろ当時の人の日記や国内のやりとりを記した文書、残すことを目的としない挨拶を交えた手紙の方が好きだった。少なくとも真実が記されている確率は高い。


 先に挙げた3人は国内の裁判の内容を記した文書からソフィアは知った。裁かれる理由はわかる。いずれも神ディータを冒涜していた。


 トラーに関しては元司祭であったが貧困や病気に喘ぐ人達より教会内にいる聖職者を何より優先していたことに心苦しくなり、自分を含め教会内の者達を告発したのだ。しかしこれはトラーの虚言だという判決がくだされ、教会内に不用意な混乱を招いた為に処刑された。


 賢者チエーニは私達が思い悩まないようなことを真剣に悩み、考えた挙げ句、とんでもないことを言ってしまった。彼は、神は死に、我々が神になると主張している。これを彼の言葉では超人説と言っていた。勿論死罪が言い渡される。


 そして何よりレガリア、彼女は様々な研究をしていた。それは神学に限らず美術史や古代人の研究、そしてこの世界に関すること。昔から彼女は目をつけられていた。先程挙げた月に関する定義において、裁判では自分の発言が不利に働くと知りつつ、神ディータのシンボル、クレセントについても言及していた。以下はその裁判記録の抜粋である。


『クレセントとは、古代語で三日月という意味です。古代人には様々な三日月の読み方があります。同じ文字なのにそれが組み合わせによっては別の読み方になったりするのです。三日月をクレセントと読んだり、クロワッサンと読んだり、モーントズィッヒェルと読んだり非常に複雑です。』


 もうこの辺りで敬虔な信者なら激怒しているだろう。案の定レガリアは死罪を言い渡された。しかし、死刑当日、彼女は謎の死をとげ、彼女の研究資料は悉く燃やされた。今も古代語を研究している者がいるが、レガリアと比べるとだいぶ聖王国に柔順な者がその任を受けている。


 この3人が行ったことは世論を騒がせた。大勢を激怒させたのだ。しかし一部の知識人は彼、彼女等のことを評価していたが、そんな彼等の声は小さくなり、そして消えていった。

 

 ソフィアはこの3人の隠れた支持者だった。彼らの行為、いや疑問は人間が持つ1つの特権だ。教会側が激怒する理由もわかるが、神に対する疑問を教会がきちんと答えることでより確かなものになるはずなのに、処罰し処刑している。何故そんなに焦っているのだろうか?


 聖王国は何かを隠しているのか?


 3人の供述は確かに矛盾し、おかしなところも多かった。しかしこれも国がつくった文章だ。様々な所で供述をねじ曲げているに違いないとソフィアは不謹慎にもワクワクしている。


「あ!もうこんな時間!行かなきゃ」


 ソフィアは上着に袖を通して、勢いよく事務所を出た。同時にチャールズが出社してきた。


「あっ!編集長!おはようございます!」


「早いなソフィア?」


「取材行ってきまーす」


 チャールズはソフィアの後ろ姿を見送った。彼女に何か大事なことを言わなければいけなかったと思ったのだが、もう彼女の姿はなかった。


 今日のソフィアの予定は、若くてイケメンのチェルザーレ枢機卿の住んでいる家、通称赤の屋敷に取材しに行く。


 かれこれ一年以上もその姿を見せていないチェルザーレ枢機卿の妹君ルクレツィアの姿をソフィアは追っていた。


 というのも彼女は天真爛漫でよくこの赤の屋敷から抜け出し、外へ出ていたのだ。ソフィアは偶然彼女と、とある少年が密会している現場を目撃している。


 ソフィアはこの状況に悶絶していた。正直彼らのゴシップ記事そっちのけでソフィアは楽しんでいた。


 ──可愛らしい女の子と男の子のおそらく叶うことのない恋。あぁ……なんと世の中は無情なのだろうか……


 それからというものソフィアは彼女達をつけ回していたのだが、ルクレツィアはある日を境に全く外へ出てこなくなった。それはおそらくソフィアの記事のせいだろう。


 彼等の密会を疑わしげに書いたのだ。それ以来ルクレツィアは外へはおろか、姿すら見せなくなったのだ。


 ──あれからもう半年……そろそろ姿くらいは見せても……


 ソフィアは赤の屋敷に到着したが、そこには大勢の先客達がいた。顔見知りの記者ハーストがいたので話し掛ける。


「どうしたの?みんなもルクレツィア様を狙ってるとか?」


 ソフィアの頓珍漢な質問にハーストは自慢の顎髭が揺らめく。


「はぁ!?知らないのかよ!昨夜ロドリーゴ枢機卿猊下が暗殺されたんだぞ!」


「えぇ!!!そ、それで!?どうしてチェルザーレ枢機卿猊下のところへ?暗殺を目論んだのが猊下だって言いたいの?」


「それもあるが、色々ややこしくてな……」


 記者仲間ハーストは考えながら述べた。


「ロドリーゴ枢機卿は確かに暗殺されたそうなんだ……しかし甦ったんだよ」


「はぁ!?」

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