第191話
~ハルが異世界召喚されてから11日目~
早朝から慌ただしく、苛立たしかった。王と貴族の前で王国に不利な報告をし終えたギラバは珍しく頭を抱える。今は軍師オーガストと戦士長イズナと一緒に今後の王国の方針を考えていた。ギラバは2人の前で心情を吐露する。
「暗殺者を送り込んでくることは想定しておりましたが、まさか司祭自ら手を下そうとするなんて誰が予想できますか!?」
それを聞いたオーガストも抱いていた疑問を口にする。
「それもあの冷静で武のたつブラッドベル殿がその司祭を殺害してしまうなんて……普段の彼なら捕らえて情報を引き出すはずなのですが……」
これを受けて戦士長イズナはレオナルドを最も知る者として答えた。その口調はどこか躊躇いがちだった。
「おそらく……自らの命が狙われたことと、エクステリア殿がその司祭に……強姦まがいのこもをされていたと思います」
オーガストは自分の疑問が解決したが、煮え切らない表情を見せた。代わりにギラバが口を開く。
「或いはエリンさんが司祭を殺害したのをレオナルドさんが庇っているか」
「その可能性もありますが、エリンの攻撃を止めることもレオナルドならできたでしょう」
「いずれにしろ芳しくない事態です。今後の聖王国の動きとして最も最悪な状況は、捕らえた者達全員を殺害した後、帝国と一緒に我が国を侵略しに来ることでしょう。他国には自分達の正当性を訴えられる」
「…望みとしてはルナ殿の保護という要求がそもそもおかしなこと……ですか……?」
オーガストの言う望みをギラバとイズナは考えた。そしてイズナがそれについて考えを述べる。
「たしかにそうですが、我々が他国に聖王国の主張を抗議し、他国が我々の言い分を受け入れたとしても、伴に戦うような同盟にまでは発展しにくいかと……」
「そこです。恐らく我が国と聖王国の成り行きを静観するのが為政者として正しい振る舞い……それよりもまずこの痛手をどこまで押し止めることができるかが重要なことです」
イズナは目を瞑りながら言う。
「レオナルドやエリンを慕ってる者達が帝国との戦争にむけてプライド平原に駐屯しております。比較的聖王国に近いです。もし聖王国が声明を出し、その2人を処刑しようものなら、聖王国へ攻め込もうとする者達が現れることでしょう。そうなれば帝国と戦争している場合ではなくなります」
「それを見越して、プライド平原にも聖王国は声明を送るでしょうな」
「彼等を説得できますか?」
「はい。やってはみますが、彼等が納得する対策を提示しなくては難しいです」
「……少数精鋭を聖王国へ送り込み、ブラッドベル殿達を救出する作戦をプライド平原にいる兵達に知らせてください。その作戦に彼等も数人参加してもらう。これでどうです?」
イズナはプライド平原にいる兵達に自分が言い聞かせている場面を想像する。
「納得させます」
「それでは急いでください。聖王国から声明がでれば国境を封鎖されてしまいます」
ギラバはそう言いながら心の中でもう封鎖されているか、監視がいることを予想している。
────────────
チェルザーレは背もたれが角ばった豪奢な椅子に腰掛けている。これから相対しようとしているのは自ら保護を申し出た聖女ルナだ。
扉がノックされた。その音は重く響き、扉の重厚さを理解できる。いつも冴えない表情をしている従者のポドリックは訪問者の確認をして椅子に座っている主人に伝えた。
「国境警備兵からです」
チェルザーレはワインを口に入れてからポドリックと目を合わせて、国境警備兵からの伝令を申すように促した。
「本日、早朝から昼頃にかけてフルートベール王国から行商人5名と冒険者4名、そして少年3名が国境を通過したとのことです」
「3人の少年が入国…か……」
「しかし、よ、宜しかったのですか?」
「なにがだ?」
「あ、あの……早朝…ひ、ひとりのフルートベール王国の兵を聖王国から逃がしてもよろしかったのですか……?」
ポドリックは新しく主人となったチェルザーレに怯えながら質問した。
「私も鬼ではない。それにレオナルド・ブラッドベルには感謝をしている。せめて彼の母国や家族には何が起きたか知る権利はあると思ってな。まぁ、結局の所どちらでも良かった」
ポドリックは自分の新しい主人の慈悲深さに心うたれた。
またも扉を叩く音がする。今度は目当ての聖女だろう。ポドリックは扉を開け、聖女ルナ・エクステリアとその侍女を迎えた。
「どうぞこちらへ、猊下がお待ちです」
────────────
「ハル・ミナミノ。お前に頼みたいことがある」
「……」
ハルはレイと真顔で目を合わせた。2人は見つめあったまま数秒が経過した。
ガチャとハルは無言で扉を閉めた。
「おい」
扉の向こうで声が聞こえる。ハルはもう一度扉を開けた。
「頼みたいことって?」
「俺の父上とルナ・エクステリア先生が聖王国に捕らわれた」
「……は!!?」
ハルは困惑した。あまりにも唐突だったために理解が追い付かない。
「とにかく今は時間がない、説明は走りながらする」
あのレイが冗談を言うなんて到底考えられなかった。ハルは支度をすまして、宿屋を出た。
王都を抜け、聖王国のある北へ向かう道中でレイの兄レナードが待っていた。レナードは手を挙げてレイを迎えたが、横にいるハルと目があって怪訝な表情をする。
「まさか…助っ人ってこの子のことか?」
「ああ、そうだ」
「いや……俺はてっきり昨日戦ったスコート君かと思ったぞ」
どうやらハルは招かれざる客のようだ。レナードは気を取り直してハルに挨拶をする。
「やぁ、俺はレナード・ブラッドベル」
レナードは手を差し出す。握手しようと向かってきたハルに対していきなり第一階級魔法のシューティングアローを唱えた。ハルはその魔法を難なく躱す。そして何事もなかったかのようにレナードの手を握った。
「それで?僕は合格ですか?」
レナードはハルと握手をしながら冷や汗をかいた。何故ならハルがどのようにして躱したかわからなかったからだ。
「あ、あぁ合格だよ。それよりも君は何故昨日の選考会に出なかったんだい?」
「あんまり目立ちたくないもので」
3人は聖王国を目指して、走った。
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