第175話
「王国には黙っておくから、僕のことも黙っててほしいのですが?」
ハルはそう言うと自身で唱えたファイアーエンブレムの中に入っていった。
レイは丁度、相対していた男を倒し、周囲の状況を確認していた。ハルがファイアーエンブレムの中に入ったとき、炎の奥から青く光る何かを見た。
レイはスタンに加勢しようとしたが──
「……俺のとこはいい!それよりもアイツらんとこ行け!」
男を蹴り飛ばしてスタンは言う。レイはマリアのところへ行こうとしたその時、地下施設に響き渡る大きな声が聞こえた。
「誰か!!!?助けてくれ!!!」
レイはその声のする方向へと走った。
おそらく今の声はスコート。スタンは生徒の無事を祈った。一瞬視線をハルの唱えたファイアーエンブレムにいったが、直ぐに目の前にいる2人の敵に集中した。
───────────
「有り得ない……」
さっきから何度もそう口にするグレアムは炎の円陣から最強の魔物が出てこないかと期待している。
魔法学校の生徒がその円陣に入ってからしばらく経つ。一体、中で何が行われているのかグレアムには想像できなかった。
(レッサーデーモンを連れてきたのはあの方だ。あの方が連れてきた魔物が殺られる訳などない!!それに魔物を操る魔道具はきっとあの方も気に入ってくれるはずだ。神について、この世界について教えてくれるはず……)
グレアムの味方である男達の内1人が生徒に殺られ、2人が今まさに魔法学校の先生に殺られた。二手に別れた生徒達も続々と集まってくる。そこにはユリの姿もあった。
(使えん!!実に使えん奴等だ!!)
グレアムは自分が揃えた兵達に悪態をつく。すると、炎の円陣が弱まりだし、消えた。
グレアムはそこからレッサーデーモンが飛び出し、殺戮の限りを尽くすのを想像したが、そこには少年が立っているだけだった。
「私の……魔物は?」
か細い声をあげるグレアム。
「倒しちまったのかよ……」
スタンは安堵とハルの脅威を感じ取った。
「お母さん!」
カプセルの中の妖精族を見てユリは叫んだ。
「え?」
「あの妖精族が…お母さん?」
「それってつまり?」
レッサーデーモンが跡形も無くなってしまった為、茫然としてたグレアム。しかし母親のカプセルに近寄ったユリを目撃した途端、気を取り直すように口を開く。
「…コラコラ、ユリよ、また勝手に……外へ出ては行けないとあれほど言っていたのに」
グレアムは穏やかな声で言った。
「この実験体もそろそろ限界のようで…だからユリだけが頼りなのですよ?」
グレアムが普通の日常会話のようにユリを諭す。それを聞いたスタンは吐き気をもよおし感情を露にした。
「クズが!子供から親を奪うこと…親から子供を奪うことがどういうことなのかわかっているのが!!…貴様は許さん!」
ユリはスタンの言葉を聞いていなかった。あの時から母と会えず、ようやく会えたと思ったらこんな姿だ。
自分がされてきたこと、母親がされてきたであろうことを思うとが怒りが込み上げてきた。
独房から初めての脱走をしたときの感情。それはまた新たな形となって顕在した。
ユリの目から赤黒い涙が零れ落ちた。
それと同時にグレアムは倒れた。
───────────
カツ…カツ…カツ……
血の臭い、これは先程までの死闘により立ち込めた臭いではない。何年も前から積み重ねて出来た臭いだ。
スタンはハルと一緒に塔の地下に広がっている施設を探索していた。他の生徒とユリという妖精族の娘は宿に戻ってもらった。
「で?俺に言いたいことがあんだろ?」
「先生はスパイでありながらどうして、こんな大胆な行動をとったのか、それは帝国に有益な情報があると考えたから」
「……」
スタンは黙って聞いている。
「しかし、困ったことはここをどう王国に報告するかです。グレアム司祭は死亡し、この施設はこのまま王国に帰依することでしょう。そうなれば、王国に力を与えてしまうだけではなく、なぜグレアム司祭が死んでしまったのか追及される」
悉く自分が考えていることを当てられて驚くスタン。しかし、表情は平常を保っていた。
「だけどスタン先生はひょっとしたら良い人なんじゃないかと思うんです。きっと僕の提案にも乗るでしょう」
ハルは何回目かの世界線でスタンが帝国にユリのことを報告していないのではないかと考えていた。直ぐに脅威となることはないので報告を省いたと予測もできるが、ハルはスタンに賭けた。
「この施設を僕の魔法で破壊します。宿屋からでも見えるほどの爆発を引き起こしますので、スタン先生は宿屋の店主と外で酒を飲みながら談笑していてください」
ハルが提案している最中にスタンは会話を奪った。
「事故に見せかける……」
「その通りです」
スタンは少しだけ考えてから口を開く。
「俺のリターンが少なすぎる。帝国にはなんと報告するんだ?俺達が偶然ここへ来て偶然事故が起きたなんて信じるような奴は帝国にいないぞ?」
「これをあげます」
ハルはアイテムボックスからレッサーデーモンが着けていた魔道具を取り出した。
「魔物を操る魔道具を研究していた者がいたため、帝国の情報の出所とその者達の暗殺を実行したと報告してください」
スタンは考え込んだ。
──悪くはない……しかし、なぜコイツはここまで知っているんだ?
「……わかった。お前の提案に乗る前に、何故俺が帝国の密偵だと思ったんだ?」
ハルはまたも賭けに出る。
「……魔法学校の襲撃、ルナさんの暗殺を企てていたのも知っている」
この時スタンの顔が初めて強張った。
「それを阻止するために入試試験でわざと第二階級魔法を唱えた」
「そこまで知っていて俺を泳がせるのか?」
「だから言ったでしょ?貴方はいい人だと思うって」
ハルの言葉でスタンは少しだけ笑みをこぼし肩の力を抜いた。そして地上に続く階段をのぼった。
──本当ならこの施設についてもう少し調べて起きたかったが、やめておこう……今はハルの言う通り動いた方がいい。
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