第174話
冷たい地下施設、こんなところに監禁されていては精神的におかしくなってしまうだろう。ハルは改めてユリの強さに驚いた。何故彼女が外へ出ようと思ったのかハルはその理由を聞きたかった。
──その前に……
ユリの母ミーアが捕らわれているカプセルの前でスタンとAクラス一堂は止まった。
「違う...これは妖精族だ!」
スタンが狼狽えながら答える。
「そう、その通りです」
ハル達の後ろから声が聞こえる。振り返るとグレアムが立っていた。
「ここは一体何なのですか?ロック様?」
スタンがハル達を庇うように一歩前へ出る。
「ここは神の為の聖域です。」
「神の為?」
「そうです。神は妖精族や魔族、竜族を滅ぼし我々人族に光を与えた。ここは神を理解する為の聖域なのですよ」
──興味深い……
ハルは考えた。この施設のことをまだ調べていないからだ。
「神は...ディータ様はこんなこと望んでいない筈です!」
マリアが珍しく大きな声をあげる。
「何故それがわかるのですか?」
グレアムは本当にマリアの反論に疑問を持っているような尋ね方をする。
「聖書には全ての者を愛せと記されております!」
聖属性魔法を唱えられるマリアは神学に詳しい。
「では何故神はこの妖精族や魔族を追い詰めたのです?何故彼等は滅んだのです?」
「それは...過ちを犯したから...」
「答えが曖昧になりましたな。もし貴方の仰る『過ち』を犯したのでれば、我々人族が国同士で戦争をしているのも立派な過ちではないでしょうか?我々はディータ様から涙を奪われたり、滅んだりしておりません。それに私がこのような所業をしていても私はなんともない。寧ろ健康そのものですよ?」
「..….」
マリアは反論できないでいた。グレアムは教会の者だ聖論になれば勝てる確率は低いだろう。
「貴方は神を信じていないの?」
今度はゼルダが口を開く
「信じていますとも、私程信じているものはそういません」
「でも!神を疑うような発言をさっきからしているじゃないですか!」
「それが知りたいのです。信仰の揺らぎはその者を信じているからこそ起こるのです。その揺らぎを抑え、更なる信心を得られるなら、私はどんなことでもします。...さぁ貴方がたにここを見られたのは少々マズイですね」
パチっ!!
グレアムは指を鳴らし合図を送った。3人の男がハル達を囲むように現れた。そして、グレアムの後ろには機械のようなモノを取り付けられた魔物がいる。
その魔物は人型で首から上は真っ黒で怪しく光る両眼は瞳などなく、白眼だけでハル達を見据えていた。首から下は真っ赤で、まるでマグマで造られたようなゴツゴツとした身体をしている。手には長く鋭い爪が床すれすれまで伸びていた。胸の辺りに丸い機械のようなモノが取り付けられている。
ハルはその機械を回収してみようと考えた。
前回、実力を隠そうとしすぎると…つまりこのレッサーデーモンと一対一でやりあったとき、ハルは圧されているふりをしていた。しかし、この劣勢を演じたことにより、スタンとレイに焦りが生じ、囲んでいる3人の男達を倒すのに時間が掛かってしまった。そのせいでスコートが拷問官に殺されてしまったのだ。
ハルは事前に考えていた対策を実行する。
───────────
スタンは機械の取り付けられている魔物を見て驚き、たじろいだ。
「レッサーデーモン!!」
グレアムは感心したように口を開く。
「この魔物の個体名をご存じなのですか、流石魔法学校の先生ですね」
「スタン先生…あの魔物って?」
アレックスが怯えながら訊いた
「あれはレベル30の魔物だ...」
「30!!?」
アレックスとスコートが驚嘆の声を上げる。他の生徒達は反応することができない。
「あの魔物は物理攻撃が…」
スタンは思っていることを言おうとしたが、引っ掛かっていた部分の謎がとけてそれを口にする。
「いや…それだけじゃない...そんな魔物を使役してるのがおかしい...昔帝国で魔物の使役に関する研究があったが...これは...」
「ほお…よくご存じですね?そうです。私が完成させました」
「てことはコイツは帝国の者か!?」
デイビッドが啖呵をきる。
「何か勘違いをしているようですが、まぁ良いです。死になさい」
グレアムは3人の男達とレッサーデーモンに命令した。
3人の男達がスタンに攻撃を仕掛ける。
レッサーデーモンは生徒達に……
スタンに向かってくる3人の内1人が笑いながら言った。
「ハハハハ!生徒達が喰われていくのを感じながら戦うとい─ッンガ!」
レイが横から蹴りを入れ、スタンの負担を1人減らした。
「助かった!レイ!1人は頼む!」
「……」
レイは無言で頷く。
「お前ら4人1組になってここから離脱して女の子の捜索に当たれ!」
2人の男達の攻撃を躱しながら指示を出すスタン。
4人1組……
「「「「はい!」」」」
「わかった!」
「了解!」
「了解した」
「俺も残って戦う!」
スコートだけがスタンの命令に異を唱えた。
「命令だ!お前はゼルダと組んで守ってやれ!」
「し、しかし!」
「行け!」
片方の男の顎に蹴りを入れながら命令をするスタン。
生徒達が其々のパーティーに別れ、乱戦から左右へ抜け出そうとすると──
「ここから離れられると?行け!レッサーデーモン!子供達を食い殺せ!」
グレアムが命令する。
レッサーデーモンが一瞬でゼルダの前に立ちはだかる。ゼルダはあまりの恐怖によりその場で立ち尽くしていた。
スコートは咄嗟のことで反応できない
──俺が!俺が……
レッサーデーモンがゼルダに鋭い爪を立てながら襲い掛かる。
ボォォォォ
レッサーデーモンとゼルダの間に炎の壁が築かれる。その炎の壁はレッサーデーモンの周りを囲んだ。
「ハルくん!」
ゼルダがこの魔法を唱えたであろう者のの名前を叫ぶことで、感謝の意を示し、全力でスタンの命令に従う8人の生徒達。
「フン、第二階級魔法ごときでこの魔物の動きを封じることなどできませんよ?」
グレアムは歪んだ笑みでファイアーエンブレムを見ている。
「生徒達が食い殺されるところを聡明な先生に見せてあげようと思ったのですがそれは叶いませんたでしたね……まぁ良いでしょう。さぁ!早くそのちんけな炎から出て生徒達のあとを追いなさい!!」
──…………
一向に現れないレッサーデーモン。そして一向に消えない炎を見てグレアムは訝しんだ。
訝しんだのはグレアムだけではなかった。スタンはその魔法を唱えたハルを見やる。
(ファイアーエンブレムでレベル30の魔物を抑え込むなんてできるわけがない……)
ハルはレイが戦っている姿を確認した後、スタンに向き直り、述べた。
「先生?先生は帝国のスパイなんでしょ?」
戦闘中にはあまりに唐突なことだったので、思わず前蹴りをくらい、後ろへ飛ばされるスタン。蹴られた部分を触れながらスタンはハルに告げる。
「何言ってやがる!こんな状況で!!そんな訳ないだろ!!」
再びスタンと二人の男は戦い始めた。しかしハルは構わず続ける。
「王国には黙っておくから、僕のことも黙っててほしいのですが?」
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