第155話

~ユミコが電話をかける1時間前~


 キミコは昨日の出来事が頭から離れないでいる。実験が成功したのもそうだが、あの魔法少女の亡骸の映像が何度も甦る。自分の研究が今後の世界を変えるほどの成果をもたらすのは確信できた。その第一歩は、恋人であるヤスタカを生き返らせることだ。


 キミコは学生時代、マックス・ウェーバーの研究を理系ながらしていた。彼の著『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』には共感したのを覚えている。キリスト教におけるプロテスタントの教えとと資本主義の精神は相反するモノだと考えられてきたが、マックス・ウェーバーは論理的にその適合性を説いていた。


 信仰する力は行動力を与えている。また、その信仰がより確かなモノとなれば、更なる力を与えることが歴史的に見ても明らかだ。ユヴァル・ノア・ハラリ の『サピエンス全史』には人類は想像を共有することで、獲物を、或いは戦いに勝利してきたことにも触れている。


 想像すること物語や聖書、美しい絵画は神の確かさを与え更なる力を増強させた。見えないものを視覚化、認知することでより強力な力を得られるのではないか?


 量子論をもとに、多次元に展開される世界とそこを往き来できる力があるはずだ。例えば、2次元の世界の者に我々の次元を当て嵌めようとすると我々の事を認知ができないように、我々の住む3次元ないしは4次元にも目に見えない力、認知できない多次元のモノがある。その1つに古くから聖書や神話に伝わる奇跡の力があると仮定したのがこの研究の始まりだ。


 炎や嵐、海を割り、川を曲げる力として神話に登場する。


 そして、死者をも生き返らす。


 しかし、キミコは昨日の実験室での出来事でナツキと同じくらいの年の少女が犠牲となり、そしてまた同い年くらいの少女がそれを妨害し、戦っていた。誰かを犠牲にしてまで自分の願いを叶えるのなんて間違っていやしないかと考えていた。しかしながらその考えは自分の今までの研究や努力が全く無に帰することを意味する。そして、それでもその夢を叶えようとする人物があとをたたないだろうとキミコは思った。


 今日は殆どの時間を壊れた実験室の修復に当てられ、それがある程度直ったらすぐに魔力をあのボロボロのステッキに溜め込む。そしてキミコの望みが叶うだろう。


 壊れた実験室の天井に空いた大きな穴へと向かう2人の少女。魔力を使い果たして、気を失っていたあの少女とナツキが重なり始めた。


 キミコはぐちゃぐちゃの思考を払いのけ、替わりに思い出したナツキに依頼されていたこと。南野ハルについて調べようとパソコンを動かした。


 ──確か……名前は南野ケイだった


 フォルダの検索にその名前を入れた。とある計画についての資料が出てくる。


 ──そうそう……ウェルズ計画


 資料を引っ張りだし、中身を読むが、そこに息子の南野ハルについて記載されているはずもなくクローズする。


 キミコは検索エンジンで南野ケイについて調べた。ある程度の経歴や写真しか出てこない。その写真を見るとやはりナツキに見せられた南野ハルと似ている。


 キミコはもう一度ウェルズ計画の資料を出し、関係者の名前をコピーして、検索エンジンに、その名前を入れた。


 何人か試すと、1人の研究者のSNSに南野ケイとまだまだ小さい南野ハル、そしてケイの妻、有栖川アイが研究者仲間達とバーベキューをしている写真が見つかった。


「ビンゴ♪」


 キミコの見立て通り、ナツキの意中の男の子はキミコの知り合いの息子だった。


 しかし──


 キミコはその写真を見て騒然とした。血の気が引き、今自分が考えている恐ろしいことが往来する。


「うそ……」


 キミコは計算した。この写真が撮られた年と今の年を、この写真に写っている南野ハルが順当に育てば現在14才だ。しかし、ナツキと同い年の学年にいるあの南野ハルは何者なんだ。同姓同名?飛び級?兄弟?いや……


「ウェルズ計画が実行されている……じゃあこの世界は……私も!?」


 キミコが動揺していると、玄関が開いたのを感じた。


「ナツキ……?」


 いや、おかしい、ナツキが鍵を使えばそれを知らせてくれるセンサーが働くはずだ。


 キミコは引き出しからゆっくりと護身用の銃、グロックを取り出し、パソコンから離れたその時、電気が消えた。


 パソコンの電源は非常用電源に自動的に切り替わり、スクリーンがリンビングを照らしている。その光を頼りにキミコは侵入者が来るであろう玄関に照準を合わせる。


 玄関からの来客を報せるインターホンから、マンションの管理会社の人の声が聞こえる。


『只今、当マンションにおいて停電が発生しております。復旧させ──』


 どうやらマンション全体が停電になっているようだ。キミコは少し安心して玄関方面に向けていたグロックをおろした。


 寝室の扉がゆっくり開く、高層マンションの最上階、この部屋の主に気付かれぬよう、平田の護衛シュワルツは狙いを定める。この瞬間が彼の好きな時間だった。平田に雇われてから今まで暗殺という仕事ではなく、対面した状態での殺しが主だった。森の中、獲物から目を逸らさないよう銃やボウガンを構える。この時、獲物の一挙手一投足を仔細に眺めないようにぼんやりと眺めるのがコツだ。シュワルツは量子力学を学んでから観察することにより光子の動きが変わる実験結果に納得したものだった。つまり、誰かに見られている、というだけでそれを感じとることができるのだ。


 シュワルツは音を立てずゆっくりと扉の隙間からFNX45を向けた。最近ではインコネル等の素材を使ったサイレンサーがある為、音もなく対象を始末できる。急な停電で戸惑うキミコの背後から脇腹を狙い、そして撃った。


 キミコは脇腹に熱を感じた、そして痛みが込み上げてくる。


「ぅ……ぐっ……」


 キミコは自分が銃で撃たれたのを理解した。そして、その撃った者が近くにいる。その方向を見ると平田の護衛シュワルツが銃を持って立っていた。


「初めから……いたの」


「未婚の女性宅に忍び込むのはどうかと思ったがな」


「平田の……命令?どうして早く襲ってこなかっ……た?」


「武器の所在がわからなかったのでね」


ガチャ


ピコン

『ナツキさんが入室しました』


 今度は正真正銘ナツキがキミコの部屋に入ってきた。

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