第156話
ナツキはうつむきながら歩いていた。自分がどんなに奇異な格好をしていても関係なかった。もう誰の期待も裏切りたくない。自分の力が試される時のあの恐怖、落胆する皆の顔。何にも挑戦などしたくない。
走ることもあんなに楽しかったのに。自分のタイムが縮まること、1位でゴールすること、皆と…家族と喜びを分かち合うことがナツキの生き甲斐だった。
でも自分にはもう限界だ。自分よりも早い選手がたくさんいる。負けても、失敗しても挫けずに努力する人がいる。
──そんなこと私にはできない……
努力して実らないのが怖い。自分の期待も裏切りたくない。ダメな奴という烙印を自分で押したくはない。
ナツキは叔母さんの住む高層マンションのエントランスで叔母さんから貰った鍵をかざして入った。
エレベーターに乗っていると急に中が暗くなり、止まった。
「え?停電?」
エレベーターは直ぐに動き出した。予備の電源に切り替えたのだろう。流石高層マンションなだけある。
いつものように勝手に玄関の扉を開けたナツキは異変に気付いた。
部屋が真っ暗なのは先程の停電のせいだろう。しかし、この臭い。火薬と血の臭い。ナツキはその臭いに覚えがある。何故なら昨日嗅いだばかりだ。
ナツキは急いで叔母さんを探した。玄関から廊下を走り、リビングの扉を開けた。キミコ叔母さんがいつもの白衣を血に染めて倒れていた。
「叔母さん!!」
ナツキは駆け寄ろうとしたが、キミコ叔母さんは苦しそうなそれでいて大きな声でナツキに怒鳴る。
「来ちゃダメ!!逃げて!!」
「…え?」
先程ナツキが開けた廊下とリビングを隔てる扉のそぐ横でサングラスをかけた体格の良い男が銃を構えてナツキに撃ってきた。
「やめて!!!!」
キミコの叫び声が室内に響く。
ナツキは眼を見開いた。この人が叔母さんを傷付けた!?この人が!?その時ナツキの鞄の中に入っているステッキが光出した。
ナツキを中心に風が渦巻く、放たれた弾丸は軌道が反れて壁と窓に命中した。
「ヒュウ♪」
サングラスのせいで男の表情はわからないがナツキを称賛しているようだった。
「ナツキ……やっぱりあなただったの……?」
キミコはナツキの周囲で渦巻く小さな竜巻をみて、ナツキの命が助かった安堵と、ナツキが魔法を唱えたことによる混乱がキミコの中でも渦巻く。
窓に命中した弾丸のお陰で警報装置が作動し大きな音をたて始めた。
ナツキはサングラスの男を見て思い出した。この人は自分達が実験室で閉じ込められた時に強化ガラスの向こう側にいた男の人だ。この人がミライを、キミコを、ナツキを傷つけている。
「どうしてこんなことするの?」
「命令なんでね」
護衛シュワルツは銃をもう一度構えて、ナツキの全身、上から下まで狙って撃った。
ナツキはもう一度、できるかどうかとわからない風魔法を唱えた。
またしても銃弾は反れて高層マンションの部屋に穴を開ける。
シュワルツはそうなることを見越してポケットに忍ばせていたナイフを取り出し、ナツキに襲いかかった。
「ナツキ!!」
キミコが腹部を痛めながら再び叫ぶ。
咄嗟にナツキはステッキを取り出した。ナイフを持っている手に向かってナツキは魔法を唱える。
ステッキの先が光りだし、風の刃がシュワルツの手に襲い掛かる。シュワルツはナイフの刃で風の刃に対抗した。
刃とナイフがぶつかり合い何故か金属音が鳴り響く。弾かれたシュワルツは後退し、ナツキとの間合いを計りながら次の攻撃の準備をしている。
ナツキはいつその攻撃が来るのかビクビクしていた。キミコの血の量が気になる。直ぐに病院に行かなければ死んでしまう。
ナツキとの呼吸があったのかシュワルツは少し曲げていた膝を素早く動かし、持っていたナイフをナツキに向かって投げた。
虚を突かれたナツキはナイフを何とか躱したが、迫り来るシュワルツの右ストレートがナツキのこめかみにヒットした──かに思えたが、ナツキは銃弾の軌道を反らしたように突風を無意識に巻き起こし、シュワルツの拳を受け流した。
シュワルツはそれに驚いたが、魔法使いと戦い慣れているのだろうか。ナツキの起こした突風に拳のみならず身を任せてナツキの背後に移動し、チョークスリーパーをナツキの首にきめた。
「うっ」
シュワルツの剛腕になすすべもなくナツキの身体は床から離れ、持ち上げられる。
──く、苦しい……
「すまない……魔法使いは全て始末するように言われている。それに君の身体は人体実験に必要だ。死んでも尚、人の役に立つんだ」
男が何か言っているが、ナツキには何も聞こえない。ステッキが手からこぼれ落ちる。
パァン パァン
銃声が聞こえた。するとびくともしなかった男の腕の力が抜け、ナツキは一時の別れを告げた床に着地したが、失敗し膝から崩れ落ちた。
ゴホゴホと空気を取り込み、首の痛みを感じながらキミコを見やると。うつ伏せで銃を握っていた。グロックから白い煙が立っている。ナツキはそのままの姿勢でキミコに近付き抱き締めた。
「叔母さん……」
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