第154話
ナツキは地下室にいる。四角い部屋。壁と天井は防護魔法を施してあるそうで強力な魔法が唱えられても、簡単には壊れない造りになっているそうだ。
ナツキはミライに手渡されたステッキを持ち、初めて魔法を唱えた記憶を呼び起こした。あの時は、遊び半分で肩の力も抜け魔力が伝わりやすかったのではないかとナツキは考えていた。
しかし、線路内に一人取り残された時に魔力の訓練をしてもまるで魔力を感じることなどできなかった。あの時魔法を唱えることは叶わなかった。ステッキがうっすらと光る程度なものだった。
ナツキの足が震える。ここで失敗すれば、ミライは一人で行ってしまう。ミライの過去に何があったのかわからないが、今の彼女の周りには誰もいない。何もできる訳ではないけど、ミライの側にいたかった。
ナツキはステッキに魔力を込める。ステッキが光だした。今までにない強い光を放つ。その光に照らされたミライは歯痒い表情に浮かべる。
ミライが世界の理を救いたいようにナツキもミライのことを救いたい。その想いを込めて魔法を唱えた。
はぁ……
ミライは肩の力を抜いた。ナツキのステッキからは何も起きなかった。ステッキから光が失われた。薄暗い地下室の冷気が漂う。
「やはり貴方にはまだ無理だった」
「はぁはぁはぁ……」
ナツキの呼吸が荒くなる。それは魔力を使ったからではない。自分に失望したからだ。
「さぁ…貴方は帰りなさい?そのステッキはあげる。いつかのために……」
ナツキは一言も発さずにミライの家を出た。少し早歩きで、あの時もそうだった。バトンを落として負けた3年生、先輩達の最後の大会。後ろ指をさされているんじゃないか、影で悪口を言われているんじゃないか。ナツキはその場にいる勇気がなかった。そんな後ろ姿をミライは見つめていた。涙を流しながら。
──知っていた。自分が何も出来ないことを
ナツキは無表情でスマートフォンをいじる。たくさんのメッセージが届いていた。字面を読むことすら今はしたくなかったナツキはワイヤレスイヤホンを装着して、友達のグループで未読部分を音声変換で聴きながら歩いた。目的地は叔母のキミコの家だ。
ピコン
シオリさんからのメッセージです。
『ナツキ~!大丈夫?風邪でもひいた?』
マユリさんからのメッセージです。
『生きてるか~?ナツキがいないと寂しいよ……この前のスマホの件は本当にごめんね』
友達の声が次々と流れる。シオリに関してはあと8件ほどメッセージが送られてきていた。
──みんな、心配してるからちゃんと返事しなきゃ……
ユミコさんからのメッセージです。
『貴方今どこにいるの?学校にも行ってないし。とにかく──』
ナツキは母からのメッセージをとばした。母親のことだから警察には届けていないだろう。周りの体裁を気にする人だから。その代わりに物凄い量の着信がきている。ナツキはスマートフォンをいじっていると母親から着信があった。ナツキは着信の振動を感じながら叔母キミコの家へと向かう。
母ユミコはスマートフォンを耳に押し当て、ナツキが出るのを待っていた。しばらく待ったが、ユミコは呼び出しをキャンセルする。
「はぁ~……何してるのかしら、あの子……」
「お姉ちゃん出ないの?」
肩をおとすユミコにナツキの妹アオイが声をかけた。
「どうせまた叔母さんのところにいるんじゃない?叔母さんに連絡してみたの?」
ユミコは自分のスマートフォンの連絡帳をスクロールした。キミコの名前と登録画像を見て一瞬、目を反らす。
ユミコは妹キミコと、もう何年も連絡をとっていない。キミコの恋人が死んでしまってからの妹は心ここに在らずと言った状態が続いた。初めこそユミコは親身になってキミコの心と身体をケアしていたが、その状態があまりに長く続くモノだから少しだけ、ユミコも疲れてしまったのだ。
ユミコが離れた途端キミコは何かにとり憑かれたように研究をし始めた。元々頭のよかったキミコはそこから数々の功績を収めた。しかし、疎遠になってしまった。ユミコはあの時、離れてしまったことを後悔している。
キミコの番号にタップしたユミコは、スマートフォンを耳に当て、呼び出し音を聞いていた。
───────────
真っ暗な部屋、高層マンションの最上階、窓の外は騒がしいネオンサインやこれから夕食を食べる人達の明かりが灯っているのが見える。
「ぅ……ぐっ……」
キミコは床に這いつくばり、腹部を抑えているが血が止まらない。
キミコのスマートフォンが虚しく振動している。
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