第149話

 遠雷の鳴り響く魔族領ではいつも何処かで雷が落ちた。妖精族のあるものは誰かの夢が潰えたとき、竜族のあるものは誰かの光が失われたときその雷が魔族領に落ちると噂したものだった。


 長きの戦争、互いが互いを…果てには同族同士でさえ血を流してきたこの争いにようやく終止符がつきそうだった。


「ひけ!メフィストフェレスよ!!もう我らは争わなくてよいのだ!!」


 魔族領の王城では漆黒のフルプレートを装備し、金髪の長髪を兜と鎧の隙間から垂れ流している竜族のペシュメルガが言い渡す。


「黙れ小僧が!」


 右目に赤い蛇の目、左目に銀色の猫の目をしたメフィストフェレスが鋭い爪で虚空を裂きながら叫ぶ。妖精族のヴィヴィアンが聖属性魔法でその攻撃を防いだ。


「親父!頼むからもう止めてくれ!!」


 メフィストフェレスの息子ファウストが訴える。


「今まで死んでいった者達の無念を晴らさないで何が王だ!お前も魔族の王家ならよく見ておけ!これが魔族を統べる者の姿だ!!黒炎!」


 黒い炎が辺りを包む、ペシュメルガは持っているロングソード『キングクリムゾン』で黒い炎を斬り裂く。


「終わりだメフィストよ……疾風…迅雷」


 轟音と煌めく光を帯びた激しい突風は触れたものを粉々にしていく。


───────────


「へぇ~そんな話がぁ…ペシュ?」


ピコン

ペシュメルガはクルド語で死に立ち向かう者の意です。


「へぇ~その後は?」


「その後?……ペシュメルガの?」


 ナツキは頷く。


「……神と戦って追放されたっていう話もあるわ」


 ──六本木です。お出口は右側です。


 目的地に着いた二人はホームにおりた。ミライの後をついていく。ミライがホームの一番端で周囲をキョロキョロと見回しているのを見てナツキは嫌な予感がした。

 ミライは線路落下防止の可動式ホーム柵を飛び越え線路へと降り立った。


「え!?マジで!?」


「シッ!早く来なさい」


「そ、そんな……」


「早く!!」


 ナツキにとってまだ信じられないような話だ。電車と人が来る前にナツキもミライと同じように柵を飛び越えた。自分で魔法を唱え、ミライに目の前で魔法を唱えられなければ決して柵を飛び越えていなかっただろう。ナツキはこの可動式ホーム柵が現実と虚構の境界線のように思えた。


 二人は薄暗い地下鉄の線路の脇を歩いた。電車が前からやって来るとミライがナツキを庇うように身を隠す。ナツキは不意に後ろを振り返った。自分が先程飛び越えた現実はトンネルの形に沿って小さな円形として見えた。


ドン


 ミライとぶつかる。


「ここよ」


 ミライの背中にぶつけた鼻を抑えながら、ナツキはミライの指差す方向を見る。そこは更に地下へと続く階段があった。


 二人は階段を数段降りてそこで変装をする。ミライの家でとってきた服と顔を隠す仮面だ。


「え?これ本当に着るの?」


「制服のままじゃ直ぐに素性がわれるわ?」


「そりゃそうだけど……」


 ナツキは渡された服の両肩の部分を両手で広げてまじまじとその服を見た。


 フリルのついたスカートに、学校の制服をドレス仕様にデザインされた所謂アニメ等で見る魔法少女のコスプレ衣装だ。


「これ着るの……?」


「嫌なの?とっても可愛いと思うのだけど」


 ナツキはミライの私服姿を案じた。一応着替えるもやはり恥ずかしい。そして仮面をつけた。どこかの赤い彗星のような仮面だった。ナツキは持っているスマートフォンの内部カメラで自分の姿を下から上へ確認した。


「なかなか似合ってるじゃない」


 ミライは腕を組ながら自分のファッションセンスに自画自賛していた。


「草薙さんは着替えないの?」


「そうさせてもらうわ?」


 そういうとミライはステッキを取り出し魔力を込めた。下から上へとドレスアップしていく。


「さぁ…行ってくるわね?」


「え?」


「貴方はここで見張ってて、それとこれっ」


 使い古されたステッキをナツキに渡す。


「さっき車内で教えたように魔力を込める訓練をしていなさい。じゃあ行ってくる」


 そう言ってミライは階段を降りていった。


「え~~……変装する意味なかったじゃん……」


ピコン

『ナツキさんとても似合っておりますね』


「あんがと……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る