第148話

 山手線の地下、100メートル。線路と同じように円環構造を成しているこの通路を物質の最小単位、素粒子が通る。最大限加速させた素粒子同士をぶつけると、これ以上小さくならない筈の素粒子が姿を消すのだ。これを科学者達は別次元へ素粒子が移動したと過程している。

 

 我々の住むこの地球には目に見えない次元が存在している。その次元の扉を開く現在最も有効な手段がこの施設だ。


 素粒子がぶつかり合うポイント付近には、先端に三日月のシンボルがついているステッキが台座に置かれていた。


 目に見えない次元、目に見えない力がそこにはある。その1つが魔力だ。このステッキは魔力を溜め込み、増幅させる。古代の言葉で魔道具と呼ばれている。



「準備は良いかね?キミコ君?」


「はい」


 ナツキの叔母キミコはそのステッキを強化ガラスを隔てて見ていた。もう少しで念願の夢を叶えることができる。キミコはコンピューターだらけの実験室に立て掛けてある写真たてを愛でた。


「ヤスタカ……」


 その様子を横目に白衣を着て頬のこけた実験の責任者兼スポンサーである平田マサムネは、目に掛からない程度に切られた髪をかき上げ、一呼吸おいてから号令をかけた。


「各員!持ち場につき、其々の制御とコントロールの準備を!」


 スピーカーから平田の声が流れる。


準備できました。

完了です。

いつでもどうぞ。


 同じスピーカーから実験担当者の声が返事をした。


「よし……警備はどうだ?」


 以上ありません。とスピーカーから声が聞こえる。


「いくぞ!5…4…3…2…1…スタート!」


平田はスイッチを押した。


ゴゴゴゴゴ

 

 激しい振動……


「素粒子安定」


「速度…まもなくレベル8になります」


「衝突まで…3…2…1…0」


 ステッキが光出す。


「素粒子消えました!観測してます」


キュゥゥゥゥゥン


 機械が次第にパワーを失う音が聞こえる。


「魔道具の具合は!?」


 平田は結果が気になってウズウズしている。


「……成功です!魔力を溜め込んでいます!」


 キミコはその報せを聞いて肩の力が抜けた。


「よし!回を重ねる毎に成功率が増してきている!このままもう一度準備をして魔力を貯めろ!邪魔が来ない内にな!」



───────────


 魔法使いというからきっと姿を見えなくして空を飛んで目的地に行くんだとナツキは思ってた。


ガタンゴトン ガタンゴトン


 ──電車移動かい!!


 ナツキとミライは学校から少し離れたミライの家で道具を揃え、そのまま大江戸線に乗った。


「で?その別次元の空間に漂ってるのが魔法の源の魔力ってわけ?」


「そう。私達の目には見えないけど、存在するわ。今向かってる施設には素粒子を加速させる機械があるの。その機械で次元の壁を無理矢理こじ開けることによって魔力を集めているみたいなの」


 大江戸線の車内は騒音が酷く、周囲に人がいなければどうどうと喋れた。


「今からそれを邪魔しに行くって訳ね?でもどうして邪魔するの?」


 その問いにミライは答えた。現在、魔法使いは様々なところに点在しているようで、なんでも二つの宗派に別れているそうだ。一つはミライが重んじている古くからある魔力の錬成と魔道具を使った所謂正統派で、もう一つは産業革命期、18世紀半ば頃から勢力を増した科学技術と魔法を掛け合わせた混成派がある。

 主に魔力の低い者が科学と魔法を掛け合わせることで正統派と渡り合おうとしたのがきっかけのようだ。

 そして最近、イギリスで発見されたボロボロの魔法少女のステッキ、あれは魔力の量を桁違いに増幅させる魔道具と呼ばれているらしい。


「ただの混成派に拾われるならよかったんだけど、こともあろうか混成派の中でも過激なワルプルギスの夜の手にあのステッキが渡ってしまった」


「ワルプル?何それ中二っぽい」


ピコン

ゲーテの戯曲ファウストの第一部にワルプルギスの夜という魔女の祭典があります。


 AIのフッチがナツキの質問に答えた。


「それで?そのワルプル何とかがそのステッキを使って何をしようとしてるの?」


「あの魔道具を使って奴らはこの世の理を変えようとしている。或いはその理を変えうる者を召喚しようとしている」


「召喚?誰を?」


「メフィストフェレスよ」


 誰?と呟くナツキに再びフッチが答える。


ピコン

メフィストフェレスとはゲーテのファウストに登場する悪魔のことです。


 ミライはナツキのAIフッチの解説の後に続けて口を開く。


「ゲーテは錬金術師のファウストを元にして戯曲を作ったとされているわ。だけどゲーテは私達と同じ魔法使いなの。魔法使いなら必ず知っている有名な魔族、ファウストとその父メフィストフェレスを思い浮かべる……」


「魔族?」


 ナツキは疑問を口にしたがミライは先を続けた。


「メフィストが生きていたのは魔法が最も栄えていた時代……滅びた超古代文明期。私達、魔法使いはその時代を大魔道時代と呼んでいるわ」

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