第146話
早朝4時、ナツキは起きた。母親が寝ている隙に昨日は浴びれなかったシャワーを浴びた。ドライヤーは音がでるからダメだ。母親が起きかねない。陸上部にいた頃、短かった髪の毛は直ぐに乾いたが、部活を辞めて以来切っていない髪は乾くのに少し時間を要した。
今まで、大会や予選が始まる直前に髪を切っていたのだ。何故なら髪を切っただけ体重が軽くなるからだ。実際に軽いと感じたことはないがナツキにとっては重要な儀式だった。
制服に着替えて家を出る。勿論音をたてずに……
ふぅ…と肩の力が抜けるナツキはスマートフォンに搭載されているAIに話し掛けた。
「フッチ!テンション上がる音楽かけて!」
ピコン
『何食わぬ顔してるならず者』を流します。
ジャパニーズヒップホップの曲だ。歌っている人は何度も捕まっている。ナツキはどんな音楽でも好んで聴いていたが、少し前まで日本語ラップには抵抗があった。しかし、普段自分が口にしない言葉を、歌っている人と一緒になって口ずさむことで今後交わることのないであろうそのラッパーと融合している感覚に陥る。肩をきりながら街を練り歩きたくなるのだ。
ナツキは教室へ一番乗りすると、窓を開けて、これから鳴り出す様々な音を聞きながら自分の机の上に伏した。バスケットボールがコート上に打ち付けられて響く音、これは男子と女子とで音の質が違う。サッカー部が互いのチームメイトに指示を出す声。そしてたまに聞こえる陸上部の笛の音……ナツキは微睡む。
「おはよー、今日は早いじゃん?」
マユリが教室に入ってきた。
「やよー」
ナツキはだらしのない声を出す。明らかに寝不足だ。
「なにそれ?vtuber?」
教室に全員が揃った。南野ハルもいる。担任の山本が朝のホームルームを行った。
「え~早速で申し訳ないがぁ……」
担任が来ても教室はガヤガヤと騒がしかった。
「荷物検査を行う!」
騒がしかった教室が一気に静まり返った。
「はぁ~~~!!?」
「なんでぇ?」
「やなんだけど!!」
「プライバシーの侵害だ!!」
ブーイングの嵐を正面から受ける山本はクラスを宥めた。
「まぁまぁ、これは一種の革命をしたいんだよ」
「何言ってんの?」
「酔っぱらってんの?」
「女にフラれすぎて頭おかしくしちゃった?」
「今、女にフラれすぎてって言った奴は放課後残れ。うちの校長と教頭の頭が固すぎてな?未だにスマートフォンを持ってくるなとか化粧するなとか髪型はこうしろとか言うだろ?俺ら先生達も流石にもうそんな時代じゃないってわかってんのよ。だから、今回の荷物検査でどのくらいの生徒がスマートフォンや化粧道具とかワックスとか持ってきてるのか校長達に見せてやりたいんだよ」
「え?でも没収するんでしょ?」
「今回はそんなことしない。だから中身を見せてほしいんだ」
先程までブーイングの嵐が静まり返った。そして口々に了承する声が上がった。
「まぁそれ以外別にヤバイの持ってきてる訳じゃないし良いか」
「山さんがこの学校変えてくれぇ~!!」
「それなら協力するよ」
ナツキもこれからの学校生活がよくなるのであれば喜んで協力しようとしたが──
「ッ!!!」
ナツキは自分の鞄の中に昨日拾った魔法少女のステッキが入っているのを思い出した。恐る恐る鞄の中を覗くと
──あるぅ~
ナツキは眼をとじて想像した。自分の鞄の中から魔法少女のステッキが出てくるのを……
『おいなんだよそれぇ!』
『紺野って魔法少女だったのか!!』
『ナツキ…』
口元に手を当てるシオリとそれを冷やかす男子達の画が直ぐにでも連想できた。
──終わった…私の残りの高校生活はずっと魔法少女って呼ばれ続けて終わる……
「おっ!カミュの異邦人じゃねぇか!」
山本の野太い声が聞こえる。
「南野はフランス文学が好きなのか?」
「まぁ…それなりに」
南野ハルの冷めた声が聞こえる。
「先生もカミュの作品は読んだぞ。ペストも面白いから読んでみろよ」
「わかりました」
──へぇ~、南野君本が好きなのか……って!そんなこと言ってる場合じゃない!!机に隠すか!?廊下へ出て……窓に投げ捨てるか!?
窓を見やると一瞬、窓際の席に座っている草薙ミライと眼があった。ナツキは直ぐに逸らして考えた。だんだんとナツキの番が近づいてくる。
──い、言い訳だ!!妹の学芸会の小道具ってことにしよう!!
「よし次!紺野!」
「はい!!!」
大きな声が教室内に響いた。
「気合い十分じゃねぇか紺野?」
鞄の中を山本が覗く。
「おい!なんだこれ!!」
山本はナツキの鞄から何かを取り出す。ナツキは眼を瞑りながら先程咄嗟に考えた言い訳を言った。
「こ!これは!!妹の……」
「はぁ?お前!何にも書いてねぇじゃねぇか!!」
「何にも?」
ナツキはようやく眼を開けて山本が手に持っているモノを見た。昨日山本に課された宿題のレポート用紙だ。
「あ……忘れてた」
「忘れてたじゃねぇだろ!明日までにやっとけよ。よし次!」
「………」
ナツキは力が抜けたように椅子に座り込んだ。そして再び鞄の中を確認する。魔法少女のステッキはなくなっていた。その様子を窓際にいる草薙ミライが睨み付けていた。
ゴーン ゴーン
昼食の時間、ナツキはいつものメンバー、シオリとマユリとお昼ご飯を食べていると
「紺野さん……」
ナツキがパンを頬張ろうとして口を大きく開けた時に草薙ミライが話しかけて来た。ナツキは口を大きく開けた状態でミライを見た。
「放課後、話したいことがあるの。屋上へ来てもらえる?」
頬張ろうとしているパンをおろしてナツキは頷いた。口は開けたままだ。
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