第144話

 放課後、職員室でナツキは担任の山本に呼び出された。山本は30代のおっさんで、いつもラフな格好をしていた。


「ほれ」


 山本はナツキにスマートフォンを返した。


「え?良いんですか?」


 担任の山本は無精髭を触りながら言う。


「本来なら親に取りに来てもらう校則なんだが、今じゃそうもいかないだろ?」


「ありがとうございます!!」


「た・だ・し!これを書け」


 山本は白紙の紙をナツキに渡した。


「なんですこれ?反省文的な?」


「そう!それだ。ちょうど良いから自分の進路、ん~まぁ将来どうなりたいかとかどういう人間になりたいかその紙に書いてこい」


「えー!面倒臭い!」


「えーじゃねぇよ!手書きじゃなくていいから、家のパソコンかそのスマホで書いてこい」


「ふぁ~い」


 ナツキは腑抜けた声を出す。


「あとな、この事は親御さんに連絡したからな」


「え!!!?なんで!?それだけはやめてほしかったんだけど……」


 山本は言いにくそうにナツキから目を逸らしながら言った。


「……お前、最近大丈夫か?……その陸上部辞めてからいつもの紺野じゃないっていうか」


 あぁまたその話か、ナツキはうんざりしていた。どうして皆ナツキが陸上をするように促すんだろう。

 ナツキは内心イラッとしたが表情を緩ませて山本に言う。


「大丈夫大丈夫!もう後悔はないんで!それよりもこれ書いときますね?」


「お……おう……」


 山本は無理に本音を聞き出さなかった。職員室からでるナツキの後ろ姿を自分のデスクから見送った。


「全く……あの年頃の女子は難しいな……」


山本は独りごちた。



───────────


 ワイヤレスイヤホンから音声が聞こえる。


『ごめんねー!!私のせいだーー!!』


『ナツキー!スマホ戻ったら連絡ちょうだい』


『どんまいwwww』


 ナツキは帰りながら溜まっていたメッセージを聞いていた。


 ──早く返信しないと……


『あんたいい加減に──』


 母親の音声が聞こえた。ナツキは直ぐにイヤホンを外して、ため息をついた。



「最悪最悪最悪!!もう!!!」


ピコン

『ナツキさん心拍数が──』


「うるさーい!あんたのその一言で余計心拍数上がるわ!!」


 ナツキはスマートフォンの電源を切った。


 反省文という名のレポートを書くのが最悪ではないし、クラスのみんなの前でスマートフォンを取り上げられたのが最悪でもない。何が最悪かというと、母親にこの事がバレたからだ。


「家に帰ったらまた喧嘩になるんだろうな……」


 そう思うとナツキは家には帰らず、もともと寄る予定だった叔母さんの家に向かった。



───────────


「はぁ~あ……」


 高層マンションの最上階、広ナツキは々としたリビングにある大きくてフカフカのソファに横になっていた。


「フッ、どうしたの?」


 今までパソコンの前で作業をしながら会話をしていた母ユミコの妹キミコは業務が終わったのだろうかクルッと椅子を回転させてナツキの方を向いた。


「好きな男でもできた?」


 キミコ叔母さんは髪を一本にまとめて丸い大きなレンズのメガネをかけている。

家の中でいつも白衣を着ていた。しかし、今日は何故か化粧をしている。


「違うっての!!」


 ナツキは友達と同じことを訊いてきた叔母さんに同じ文言でつっこんだ。


「じゃあ気になる人でもできた?」


「ぅ……」


「ナツキは本当にわかりやすい子だなぁー。嘘をつけないとってもいい子の気になる男の子はどんな子なのか叔母さんに教えてみせて?」


。。。


 ナツキは南野ハルの3000メートル走周回タイムの画像とクラスで撮った集合写真を拡大して、南野ハルがアップで写っている画像を叔母さんに見せた。


 キミコ叔母さんはその画像を興味深げに見てから言った。

 

「…もしかしたらこの子のお父さんとお母さん知ってるかも……」


「本当に!?」


 ナツキは目を煌めかせた。


「そんなに知りたいのぉ?」


 叔母さんが怪しく微笑む。


「ングッ……まぁ知りたいっちゃ知りたい……」


「確か、シンクタンクで一度その子の両親と会ったわ。夫婦別姓で名のってたけどお父さんの苗字が南野で息子の名前がハルだった気がする。お母さんは有栖川って苗字だったかな?たぶん少し調べればもっと詳しくわかると思うけど……それよりもそろそろ帰らなくて平気?」


 叔母さんは腕時計を見ながら言った。その仕草がナツキにはやけに色っぽく見える。キミコ叔母さんと話していると時間はあっという間に過ぎてしまう。


「帰りたくないの」


「また喧嘩?」


「たぶんこれから喧嘩すると思う」


 頭を抱える叔母さん。


「また?今度は何が原因なの?」


「スマホが担任にバレて親に連絡された。私は反省文みたいなレポートの提出を命令された」


 ナツキは肩をすくませながら言った


「あぁ~…それは喧嘩になりそうね……レポートはもうやったの?」


「これから……でも何を書けば良いかわかんなくって」


 叔母さんは少し前のめりになってナツキに質問した。


「どんなテーマなの?」


 いつも論文を書いている叔母さんにとっては自分の得意分野だと思っているのだろう。


 ナツキは担任の山本に言われたことを思い出す。その際、視線を右上に向けながら思考するのはナツキの癖みたいなものだ。


「将来どうなりたいか…とかどういう人間になりたいかを書いてこいって……ん?どうしたの?」


 叔母さんが笑っている。


「ごめんね…フフフ、その考える時の表情とか視線の向けかたとか姉さんにそっくりだったから、つい」


「え~あんなババアと似てるとか最悪……」


「まぁまぁ、それよりそのテーマを選んだ先生はいい人ね」


 叔母さんはナツキを宥めながら言った。


「そう?ただのおっさんだよ?」


「あなたの事が心配なのよ……それよりこれから会議だから申し訳ないけど家に帰りなさい?」


「えぇー!だから今日は化粧してたんだ!色気づいちゃって!!」


 ナツキはまだ帰りたくないのを無理矢理帰らされる為、少しでも叔母さんを攻撃しようと悪態をついた。


「ナツキにも今度お化粧の仕方教えてあげるわ?その南野ハル君をおとせるように…ね♡」


むきーーーー!!


 悪態が倍になって返ってきたのを最後に、叔母さんのマンションから帰った。


 すっかり夜遅くなってしまった。母ユミコから連絡が何度もきていた。ため息をつくナツキ。今日で一体何回のため息をついたことか。その回数にまたもため息をつきかけたその時



ゴゴゴゴゴゴゴ


「きゃっ!!!」


地震だ。

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