第143話
教室の電気が消され、天井についているプロジェクターがホワイトボードに光を当てる。
ナツキは部活をしていた頃、この薄暗い教室は絶好の睡眠チャンスだったが、部活を辞めてから授業中にやってくる眠気もなくなってしまったようだ。
部活を辞めると授業に集中ができる。これは良い傾向ではあるが、ナツキの成績はそこまで上がらない。
英語の先生はプロジェクターの光を浴びながら前屈みでパソコンをいじっていたが姿勢を正した。映像をうつす準備が整ったようだ。英語の先生、通称ユキちゃんは授業を開始する。
「そ・れ・ではぁ~これから動画を見て頂きます。この動画はアメリカの非営利団体が行っている大規模な世界的講演会の動画です。初めは英語のみを聞いてもらってぇ、後で和訳しながら勉強してみましょう」
動画の内容は英語だったのでよくわからなかった。
そもそも現在AIが和訳を代行してしまう為、英語の授業の是非を問われている。ユキちゃんもそれがわかっているのか、英語がメインの授業ではなくエンターテイメント性であったり最新の研究結果等を授業に用いている。
いま観ている動画もストレスに関する研究結果を分かりやすく、面白くプレゼンテーションしている動画だった。
なんでもストレスっていうのは自分が感じる精神的な苦痛をなくそうとする時に発生するモノらしい。
自分の身体が自分を守るために出るのがストレスというわけだ。しかし、そのストレスのせいで自殺する人がたくさんいる。
動画でプレゼンテーションしている女性は、ストレスは身体に良いもの、自分の味方なのだと思えばストレスにより心や身体を守ることができると言ってそのプレゼンを終えていた。
今のナツキにとってはあまり関係がない。確かにストレスを感じることはよくある。例えば母親に叱られる時、最近特に母親とぶつかる回数も増えた。
思春期だから?反抗期だから?
なぜかそう思うと自分がやけに子供じみていると感じ、恥ずかしくなるためこの言葉は使いたくなかった。
じゃあ何故母親と喧嘩するのか、その原因をナツキは何となく分かっている。しかし、どうすることも出来ない。これは自分のせいなのかどうかもナツキにはわからなかった。
一通り今日の授業が終わり、ナツキはシオリとマユリ、いつもの3人でお昼ご飯を食べていた。
「それで?愛しの南野君とはどうなの?」
マユリが何の脈絡もなく訊いてきた。
ブッ
ご飯粒がナツキの口から吹き出る。慌てて持ってるスポーツドリンクを流し込んで落ち着かせた。
「どういうこと?」
シオリがニコニコしているがどこか無感情な声でマユリに訊いた。
「ナツキってば私と楽しい会話をしている最中にあそこにいる南野君が教室に入って来ただけで、私のこと無視して彼のことをぼぉーと見てたの……悲しいわぁ…」
「へぇー…」
シオリが横目でナツキを見る。
「違うって!違うの!!」
大きな声で反応してしまったナツキは、こんな反応したら余計誤解されちゃうじゃないかと心の中でぼやいた。
「その反応は本当に好きなの?」
シオリが追い詰めてくる。
「だから!!違うってば!!」
ピコン
『ナツキさん、心拍数の上昇を確認しましたあと5回程このような発作が続け──』
「がぁぁぁぁぁぁ!!!」
ナツキはスマートフォンの電源を落とした。
「ふぅ…ふぅ…ふぅ……」
身体を落ち着かせるナツキは本音を話す。
「本当に違うの、ただ気になってはいる……」
「わけをきこう」
マユリが机に両ひじをついて指を組んだ。シオリも食べる手を止めてナツキをみる。
ナツキは咳払いをしてから語りだした。
「体育の授業で1500メートル走のタイムを測ったでしょ?」
頷くマユリとシオリ。
「男子も測ってたじゃん?男子は3000メートルだったけど、それでたまたま男子のタイムを見たの」
「そのタイムが速かったから好きになっちゃったわけぇ~?あんたは小学生か!!」
マユリがナツキの話を遮った。
「違うっての!!ちゃんと最後まで話をきけや!!シオリはわかるでしょ?そうじゃないって」
シオリはそれに同意した。陸上部のマネージャーをしていると男子で長距離が速い人は何人か知っているが南野ハルはそこにいない。
「3000メートルってことはうちのグラウンドを7周半じゃん?」
ナツキの通っている学校は400メートルの陸上トラックがある。
「そのタイムが15分ちょうどだったの」
「え!!?」
「なになに?それって凄いの?」
シオリの反応にマユリが期待する。シオリは戸惑いながらマユリを見て
「速くはないかな?寧ろ結構遅い方…だよ?」
「え?じゃあなんでナツキが好きになるの?」
「だから好きじゃないっての!!ただ、正式にタイムを計るでしょ?あの機械で」
ナツキ達の学校は体育の授業や部活等でキチンとタイムを計るときは機械を使って正式なタイムを測定していた。腰辺りにマイクロチップが埋め込まれているゼッケンを張ることでそれが可能なのだ。
ちなみに陸上部では週に四度それを使って自分のタイムを計る。機械の起動は陸上部の顧問か体育の先生がその権利を持っている為、朝練ではマネージャーがストップウォッチを握ってタイムを計っていた。
コクりと頷く二人。
「そんで一周辺りのタイムも出るんだよ。そのタイムを見て驚いたの、南野君は一周をちょうど2分で走ってたから」
「へぇ~」
と関心のない相槌をうつマユリに対してシオリは驚いていた。
「すごいね…それ……」
「でしょ!?」
「どこが凄いの?そんなの陸上部の人なら簡単に出来るんじゃないの?」
マユリの質問にシオリが答える
「確かにペースを保つためにその技術は必要なんだけど…ナツキ?それってどこまでの話?」
ナツキは先程オフにしたスマートフォンの電源を入れて起動した。そして少し操作を加えたあと、とある画像を出して二人に見せた。
1周目 2.00.00
2周目 2.00.00
3周目 2.00.00
4周目 2.00.00
5周目 2.00.00
6周目 2.00.00
7周目 2.00.00
ラスト 1.00.00
ラスト半周の為200メートル。
「すごっ!」
「これは凄い」
「凄いでしょ?こんな機械みたいなこと普通出来るのかな?」
ゴーン ゴーン
「いや無理でしょ?…ただの陰キャぼっちだと思ってたけどここへきてミステリアス差が上昇したな……」
鐘が鳴っているにも関わらずマユリはナツキの席から離れようとせず南野ハルを見た。
「そこ、どいてくれる?」
綺麗で透き通るような声は育ちの良さを感じさせる。その声の持ち主は学年一の才女で同じ学年の男子なら誰もが一度は好きになったことのある草薙ミライだ。
長く伸ばしたストレートの黒髪を揺らし、魅力的で大きな瞳、しかしそれはどこか冷たい印象を持つような鋭さを兼ね備えていた。
ミライは言葉だけでなくその鋭い瞳でもマユリにどいてほしいと訴えかけていた。
「あぁごめんなさい」
マユリは少し素っ気ない声でミライに告げ、その場から離れナツキに手を振りながら自分の席へとついた。
午後の授業が始まると──
其々学校支給のパソコンを机に置いた。先生から見られないようにスマートフォンを置く。
するとナツキのスマートフォンが振動した。
ナツキは先生にバレないようにワイヤレスイヤホンを片耳に装着して耳を髪の毛で覆い隠した。
フッチにメッセージを読み上げさせる。勿論Bluetoothでイヤホンからそのメッセージは聞こえる。
『なにあいつ!!モテるからって調子に乗って!!ムカつく!!』
マユリの声色を登録しておくと、マユリの声でメッセージを読み上げてくれるのだ因みにそのメッセージの内容をコンピューターが認識して、送信者が込めたであろう感情で読み上げてくれる。
ナツキは返事を返した。
『まあまあ、落ち着いて』
マユリもナツキと同じようにイヤホンを装着している。
ピコン
『メッセージを受信しました。読み上げます』
『それより今日、白鯨カフェで新作のデザートが出るらしいから帰りに寄ろうよ?』
ナツキは返事を返す。
『ごめん。今日寄るところある!また今度』
ピコン
『また叔母さんとこ?』
ナツキは返事を返そうとスマートフォンに文字を打ち込もうとすると。
「あ!」
マユリが声を出す。ナツキはマユリを見ようと顔をあげると現代文の先生でありナツキ達の担任がニコッとして手を差し出した。
ナツキはすべてを察して持っているスマートフォンを担任に渡した。
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