第137話

 自警団は屋敷の敷地内、第三階級土属性魔法プロジェクションで造った土壁の内側にいた。ラハブは魔法を唱え終えたベラスケスと直ぐに作戦を講じる。


「時間通りですが、こちらの戦力が計画よりも減ってしまいましたね」


「申し訳ありません。私の落ち度です」


「責めているわけではありませんよ。私もまさか彼処まで外道な行いをするとは思いませんでした。それよりもこのまま籠城すれば直に援軍が来るでしょう。あちらが普通に攻略を試みてくれればですけどね」


「そうはならないと考えていた方が良いでしょう」


「はい…私はこれから聖属性魔法を使ってこの屋敷に更なる防護を加えておきます。それに屋敷内を密偵が動く可能性もありますのでその対処を講じます故、貴方達自警団に力は割けません」


 ベラスケスの言葉にラハブは片手を上げて答えた。


「手助けは無用です。我々はこのために今まで訓練して参りましたので」


 お互いの顔色を窺い、お互いの戦場へと向かっていった。腹の底が見えなかったベラスケスをこの戦いでラハブは信頼しきっていた。それはベラスケスも同様だ。


 ベラスケスは屋敷内へと戻り、サムエルと今一度話し合った。その最中、少年奴隷を一瞥するベラスケス。密偵の奴隷が動き出さないよう屋敷内にいる奴隷達を部屋に閉じ込めようとベラスケスは再度提案した。サムエルはその提案を少し考え、やむなく許諾する。


「ありがとうございます。私はこれから屋敷内に聖属性魔法をかけるので失礼します」


 ベラスケスと別れたサムエルは言われた通り奴隷が集まっている部屋まで向かった。


「おおぉサムエル様!」

「戦況はどうなっているのですか!?私も戦わせてください!」

「私も!!」


 サムエルは奴隷達の質問に答え、閉じ込める旨をかなり無理矢理な言い分で納得させた。奴隷達が人質にとられればサムエルは身動きがとれなくなってしまうとか、君達に戦ってほしくないとかそんなところだ。


 しかし部屋の中をよくみると数名いなくなってることにサムエルは気が付いた。


 ロペス、カレーラス、クアトロがいない。


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 ハルとフェルディナンはサムエルの部屋に屋敷のメイドや使用人達とサムエルの護衛と共にいる。ちなみにもし彼等がサムエルをダーマ王国へ売り渡すような謀反を起こしても、サムエルの護衛達なら難なく制圧できるとベラスケスは考えていた。


 フェルディナンは屋敷の周りが敵に囲まれているのを見て身震いする。いくら高い防護壁を魔法で築いたとしても敵の数を見ると心配になってくる。


 ──本当に大丈夫なのか?この人数で……


 そして何故だか急に尿意をもよおした。


「へへ、ちょっとトイレに行ってくるよ」


「……」


 ハルはフェルディナンを見つめる。


「おいおい勘違いすんなよ!ビビってるとかじゃないからな!」


 フェルディナンは釘をさして部屋から出て行った。


─────────────────────


 台所で火を手に入れたロペスはそれを持って適当な部屋に向かおうとした。この屋敷を火事にするつもりだ。


「おい!何やってる!」


 ロペスの身体が反射で大きく跳ねる。


 ゆっくりと後ろを振り向くとそこには同じ奴隷仲間カレーラスとクアトロがいた。


「なんだお前らか…どうしてこんなところに?部屋にいろって言っただろ!?」


「それはこっちのセリフだっての!お前が中々戻んないから探してたんだよ。それより外を見てみろよ!俺達囲まれちまったみたいだぜ?」


「囲まれた!?」


「あぁ、さっきまで2階でお前を探してたから、外が見えたんだよ」


 カレーラスとクアトロの言葉でロペスは考えた。


 ──今が好機…だけど、コイツらが邪魔だ……


 ダーマ王国密偵のロペスはなんとか自分がこの戦いで武功をあげようと必死に策を考える。


「ほら早く部屋に戻るぞ!こんなところで食べ物漁ってたなんて知れたら大変だしな!!」


「そうだな……」


 ロペスはカレーラスとクアトロについていく振りをして、近くにあった包丁を手に持ち、二人が背を向けた瞬間に、背後から二人の喉を次々とかっ切った。


「あ"ばば」

「──!」


 声にならない声が聞こえた。そして二人は倒れる。


 大量の血が台所を綺麗に赤く染める。


 眼をぎゅっと閉じたロペスは自分の行いを赦してほしいと神に祈った。 


─────────────────────


 トイレにいるフェルディナンはスッキリとした表情で手を洗っていた。


 トイレから出ると、キッチンの方で物音が聞こえる。


 ──外にいる敵がもう侵入してきたか!?


 フェルディナンのセンサーが危険を感知する。このセンサーは冒険者時代に培った勘である。しかし冒険者に騙された時にこのセンサーが全く反応しなかったことはここだけの話だ。


 トイレから恐る恐る廊下に向けて顔を出し、音がした廊下に面しているキッチンの入口を見た。誰もいない。フェルディナンは足音を立てないようにキッチンへと向かう。


 キッチンの入り口から廊下に向かって液体が這うようにして流れているのが見えた。


 ──水が溢れてんのか?だけどこんな時に料理するか普通?


 フェルディナンは歩く速度を落として慎重に近づいた。


 すると、水だと思っていた液体が赤黒い色をしていることに気が付く。フェルディナンはこれが血であることを瞬時に悟った。


 ──誰か怪我でもしてんのか!?


 フェルディナンは廊下を駆け出し、キッチンへと入った。


「うっ!」


 思わず声が出た。そこは床一面血だらけになっていたからだ。先輩奴隷のロペスが血で真っ赤に染まった包丁を食わえて、奴隷仲間であるカレーラス──何故だか全く動こうとしない──の両脇を両手で掴んで、引きずっている。その後ろにはクアトロが同じく血を流して倒れていた。


「な、なにをして……」


 フェルディナンはなんとか声をひねり出した。ロペスは何も言わず、黙って両手をカレーラスから離した。


 ビチャっと引きずられていた先輩奴隷カレーラスが血溜まりに落ちて音を立てる。


 ロペスは食わえていた包丁を手に取りフェルディナンに向かっていく。


 フェルディナンは咄嗟の事で身動きがとれない。目を見開き、思考を必死に巡らしていたが、フェルディナンの顔をロペスの影が覆い尽くした。

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