第136話
──不味いな……
敵と味方が焼かれる光景を見てラハブは思った。
乱戦になれば此方が有利だと思っていたのが仇となった。
──まさか味方諸とも焼き払うとは……
この時ラハブは、ダーマ王国軍には数の利がある為、いくら帝国がやってくる制限時間があるにしても、その制限時間を目一杯使って攻めてくると考えていた。故に味方を犠牲にしてまで戦うことを予想していなかった。
──もしや陽が沈む頃に援軍がやってくるのを知っているのか?
ラハブが次の対応を考えている中、第二階級火属性魔法の焼け跡を抜けて、威勢の良いダーマ王国兵がラハブに襲い掛かってきた。
「団長!」
自警団のモヒカン頭をした男が注意を促すが、それは杞憂に終わる。
二人をほぼ同時に切り伏せたラハブは剣を腰に据えている鞘に納めながら言った。
「これより後退し籠城に入る。罠の準備と起動にあたれ」
「「ハっ!」」
退却していく自警団。
「退却していくぞ!逃がすな!」
アナスタシアはいつもと違うドスのきいた声で命令する。
マリウスはアナスタシアの魔法を見ておののいた。
──味方を犠牲にしてまで…それが戦争……
隣にいるエポニーヌは口を結んでこの戦を噛み締めているのを見てマリウスは思った。
──……ここは俺が!
マリウスは乱戦の中、退却しようとするサムエルの自警団に向かって行く。
「行きすぎよマリウス!」
エポニーヌの声を無視して、マリウスは退却する自警団の背を追った。
それに気付いた自警団はマリウスに槍と剣を突き付け、襲い掛かる。それらを器用に躱すマリウスはフレイムで多くの自警団を葬った。
「魔法士だ!!」
「こんな所まで飛び込んで来やがって」
自警団はマリウスを囲い、命を奪おうとする。
「よせ!!」
ラハブがもう一度退却を促したが血の気の多い自警団連中は魔法士の青年を襲う。
「今だエポニーヌ!俺ごとやれ!」
エポニーヌはマリウスの意図を理解してファイアーエンブレムを唱えた。
マリウスを中心に描かれた魔法陣は多くの自警団を炎の餌食にする。
炎がおさまるとマリウスのみが立っていた。マリウスは相克の水属性魔法を唱え防御していたのだ。
「へへへ…少しは手加減しろよ?」
マリウスは膝から崩れ落ちた。
「マリウス!!」
マリウスの元へ駆け寄るエポニーヌ。
自警団の数百人がアナスタシアとエポニーヌにより殺られた。
「くそ……」
──ここまでやられるとは想定外だ
苦い表情を浮かべるラハブにアナスタシアは本人に声が届かぬことを理解しながら言った。
「思い知ったか?卑しい身でありながら私を侮った報いだ……」
アナスタシアはそう呟き、マリウスとエポニーヌの所までスタスタと歩いた。
「貴方達はしばらく休んでるといいわ。ここから先は私と彼等で行くから」
「はい……」
「そうさせて頂きます……」
二人は戦初心者の為、基本的にアナスタシアの側にいる。そんな二人にいられるとサムエルの財を回収しにくい。
アナスタシアはサムエルの屋敷へと向かった。
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「なんてことを……」
ベラスケスは自警団と敵兵が焼かれている光景を目の当たりにして独りごちた。それに続けて魔法詠唱者の青年による連携。あれで戦況は大きく変わった、まだ少しだけ此方が優位だが、今までのような余裕はなくなった。
──それに何故ダーマ王国兵はあのような捨て身の攻撃をしかけてきた?帝国の援軍が来るにしてもまだまだ時間はあると思っている筈だ。それとも、密偵がもう一人いたか……しかしながら今日の陽が沈む頃に援軍がやってくるのを知っているのは数人しかいないはずだ……
ベラスケスは思考を続けながらラハブが撤退するのを見届ける。そして屋敷の外へと自警団の騎馬隊を迎えに行った。
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「あの野郎…味方を犠牲にしやがった……」
フェルディナンは憎しみを込めた表情から言葉を絞り出す。
ハルはその光景を見て胸を痛めた。ファイアーエンブレムを唱えた者のことを責められない。何かその者にも事情があったのではないかと想いを馳せる。
『それは味方を犠牲にしてまでのことなのか?』
自分自身の声でそう問い掛けてくる。
ハルの胸の奥に質量のない何か重たいモノが居座る。ハルは自身の思考に蓋をするように目を瞑った。
フェルディナンはハルの様子を窺って何かを察したようだ。これ以上あの魔法については言及しなかった。
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アナスタシアは、サムエルの屋敷を目指した。
なだらかな斜面の山の頂上にその屋敷はある。
海岸からサムエルの屋敷を目視出来た。しかし、上陸して少し歩くと森がある。その森を抜ければサムエルの屋敷だ。
自警団が退却して行った道を辿るようにして歩く。
いつどこでゲリラ戦を強いられるかわからない。アナスタシアは隊列の真ん中辺りにいる。
山の中腹に差し掛かると、突然地面が光だした。先程ダーマ王国兵を爆殺したあの罠が仕掛けられていると誰もが思い、混乱に陥った。
しかし、爆発は起きなかった。変わりに道の両側から矢の雨が降ってきた。
「くっ!小癪な真似を!!」
多大な犠牲を出しながらもアナスタシア達は進んだ。
途中大きな丸太が落ちてきたり、落とし穴や危惧していた通りの少数精鋭によるゲリラ戦もあり、アナスタシア達ダーマ王国兵は心身共に疲労困憊の様子だ。また、地面が爆発したあの罠はなかった。もちろんあの罠による不安のせいで行軍が遅くなったのは確かだ。
森を抜けるとサムエルの屋敷が見える。
屋敷の周りは木製の防壁で囲われているだけだった。しかも、その防壁は所々に隙間が空いており、そこから人だけでなく馬でも通り抜けられるほどの大きさであることに疑問を感じる。
──これは防壁ではない?
アナスタシアはそう思った。
屋敷と防壁の間に自警団達が隊列を組んで籠城の準備を整えている。しかし今までの罠や作戦等を鑑みると、この防壁はあまりにも頼りない。
──何か仕掛けがある……
アナスタシアは、そんな予感を抱きながらも、自らの目的である、サムエルの財を回収することを達成する為に、ダーマ王国兵を焚き付ける。
「私達の勝ちだ!これから屋敷に突撃する!このまま第二皇子が来る前に武功を上げろ!!」
アナスタシアは兵士達に檄を飛ばした。
屋敷の上の階の窓からサムエルや使用人達が顔を覗かせている。
アナスタシアはサムエルの顔を探したが顔を覗かせた者の中にはいなかった。
すると、屋敷の入り口から髪をきっちり横分けにしたメガネをかけた男が出てくるのを、スカスカの防壁の隙間から確認することができた。
密偵ロペスの報告にあったサムエルの腰巾着ベラスケスだろうとアナスタシアは予測した。
ベラスケスは木製の防壁の前に立ち、魔力を込めて魔法を唱えた。
「プロジェクション」
地面が揺れ動く。
すると、屋敷の周りの地面が盛り上がり、高い壁へと変化した。
「…うそ……土属性の第三階級魔法?」
アナスタシアは呟く。
木製の防壁だと思っていたのはこの土壁を強固にする骨組みであることに気付いた。
「うっ……」
「なんだこれは……」
狼狽えるダーマ王国兵。それもそのはず城攻めとなると今の戦力の3倍は必要だと容易に想像できる。
アナスタシアはまたしても唇を噛んだ。
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