第138話
<ダーマ王国領>
空が晴れ渡り、湿度は低い、その為風が心地よく感じられた。こんな日に船の上や、海岸沿いを歩けばきっと気持ちが良いだろう。この鎧と狂気に満ちた禍々しい双剣を背負っていなければ……
Bランク冒険者のガウディはダーマ王国領のとある冒険者ギルドに向かって通りを歩いている。
──今頃、ポルクロル島でダーマ王国軍と帝国ベラスケス率いる軍が戦っているのだろう
Bランク冒険者を装いながらガウディは帝国の為に様々な情報を集めていた。先日もとある少年奴隷についてもベラスケスに報告している。冒険者ギルドにフェルディナンという少年の名前が登録されていたことを報せたのはガウディだ。
しかし、依頼にあったもう一人の少年奴隷の情報は調べても全く出てこなかった。そのことを気にしてかベラスケスは更なる調査をガウディに依頼していた。
──依頼と言っても、もう調べ尽くしたのだが……それにもう向こうは戦いが始まっている。ベラスケスは戦いが終結した後のことも考えてのことだろう。
新しい情報がないか、ガウディは冒険者ギルドを訪ねる。
重たい扉を開くとそこは血と汗と脂の臭いが充満していた。
──ここと教会だけはどの国へ行っても変わらないな
ガウディは奥にあるカウンターへと、他の冒険者の尊敬の眼差しを感じながら向かった。Bクラスの冒険者は憧れの対象であるのだ。
「何か新しいクエストか、クエストとして不採用になった依頼があれば教えてほしいのだが」
ギルドの受付嬢カンタービレにガウディは問い掛けた。
「はい……やはり以前もお話ししましたが、ランクの低い冒険者が行くような洞窟で見慣れない魔物が現れたという情報ぐらいしか……」
カンタービレはその容姿と釣り合いのとれた可愛らしい声で答えた。
ガウディは以前、少年奴隷フェルディナンについて調査した際に、一度この話を聞いていた。
「他にはないのか?」
新しい情報を知りたいガウディは受付嬢カンタービレの話を逸らす。
「はい……しかし!その見慣れない魔物がBランク級のネルスキュリアである可能性がありまして……」
「なに!?」
ネルスキュリアとは大型の蜘蛛のような魔物のことだ。
「でも……依頼料が足りずにクエストになっていないんです」
「しかし、本当にネルスキュリアならギルドは動くだろ?」
「ギルドとして、不確定の割にはリスクが高いとしてそれに見合った調査料を支払うようにとのことで……」
手で顔を覆うようにしてガウディはため息をついた。
──人の良いカンタービレのことだ。きっと依頼を出した者の話を親身になって聞いていたのだろう
ガウディは仕事熱心なこの娘に好感をもっていた。
「あっ……」
カンタービレは小さく呟くとガウディの背後から来る少女と目を合わせた。ガウディは少女が近付いてくるのを認知していたがカンタービレが思わず声を挙げたことに何やら訳がありそうだったので、仕方なく後ろを振り向き少女と顔を合わせる。
「何かようか嬢ちゃん?」
「ぁ……あの!私の友達が行方不明で!!」
自身の追い詰められた状況により上手く説明ができていない少女の代わりにカンタービレがその任を引き受けた。
どうやら少女の友達である駆け出しの冒険者がその問題の洞窟に入ってから帰ってこないようだ。しかし、彼女の依頼料ではギルドも動くことが出来ない。
「しかし、もう1ヶ月以上も前のことなので……被害もそれ以来出ていないようですし……」
カンタービレが少女を気遣いながら呟く。ガウディは顎に手を当てて考えた。
「いや……もしそれが本当にネルスキュリアなら嬢ちゃんの友達はまだ生きてる可能性があるな……」
ネルスキュリアは獲物を糸で捕縛し、特殊な毒を用いて獲物を保存することで知られている。稀なケースではあるが半年間、喰われずに生き残った冒険者もいた。
──しかし、これは俺の請け負ってる仕事とは関係のないこと……
チラと少女を見るガウディは、今に涙を流してしまいそうな少女の顔を見て決心した。
「わかったよ。俺が行ってくるから、嬢ちゃんは大人しく家で待ってるんだな」
その少女とカンタービレの顔が一気に晴れやかなものとなった。
ガウディはカンタービレにその洞窟の場所を教えてもらいギルドをあとにした。
ガウディはダンジョンへ向かう途中、街の外れに山高帽を被り全身黒い服を着た者が椅子に腰掛けているのを目撃する。
──あれは……Dランク冒険者、パーティー名ピエロットの……
その者の名前をガウディは知らなかった。ガウディが知らないのであれば冒険者の殆どは知らないだろう。4人パーティーであるピエロットが全員揃っているのをガウディは見たことがなかった。
ガウディは立ち止まり、山高帽を被った男を見る。
「貴方?…何かに悩んでおりますね?」
ガウディはこの者と話すのは初めてだった。いつかこのピエロットのメンバーと話したかった。というのも彼等についての情報が全く入ってこないからだ。情報が入ってこないパーティーの為にガウディの中では逆に目立ったパーティーとして記憶されている。ガウディはその男の話にのった。
「おう。悩んでるぞ?」
「やはぁり!私の眼に狂いはないのです!そして私と貴方が出会ったのは運命なのです!!」
「俺になんか用か?」
ガウディは話の主導権を握るためにこちらから質問を投げ掛けた。
「私は占いをやっているのですが、聞いてみますか?」
「それで俺の悩みが解決するなら聞いてもいいぞ?」
ガウディがそう告げると、山高帽を被った男は、目の前にある水晶玉を見つめる。ガウディも一緒になってその水晶玉を見ていると、男は唸るような声をあげる。ガウディは視線を男に向けた。男は水晶玉から受け取った情報を何とか言葉にしようとあくせくし、少し間を置いてからガウディに告げる。
「貴方の悩みを解決するためには……貴方が今向かおうとしている場所へ行けば解決しまぁす!!」
ガクッと肩を落としたガウディ。
──きっとコイツはギルドで俺と受付嬢の話を聞いていたな?それに…コイツの占いを聞かなくても俺はそこへ行くつもりだったしな……
煮え切らない思いもあったがガウディは硬貨で最も高い500ゴルド硬貨を親指で弾いて占い男に放った。
「へいへい、あんがとな」
占い男は硬貨を受け取ると、被っていた山高帽を脱いで丁寧な挨拶をした。
「またお会いしましょう…運命が導くときに」
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洞窟へ着いたガウディは出現する魔物を倒しながら奥へと進む。もし本当にBランクの魔物ネルスキュリアがいるとしたら倒すのに時間が掛かるだろう。ガウディはいざとなれば帝国から支給された魔道具を使って対象を燃やし尽くせば何とかなると考えている。
奥へ入っても一向にネルスキュリアの姿はない。しかし、痕跡ならそこかしこにあった。
ガウディは粘着性を帯びた白い糸を親指と人差し指でつまみ、擦り合わせる。
──ネルスキュリアで間違いない……
痕跡を辿り、洞窟の奥へ行くと、ネルスキュリアの糸がこの先を越えないようにと通路を塞いでいた。その糸は綺麗な菱形を幾重にも描いて壁の役割を担っていた。
ガウディはそれを第二階級火属性魔法で焼き払うと、中からむわっと死臭が立ち込めるのを感知した。ガウディは咄嗟に腕で鼻を抑えた。
用心しながら奥へ進むと、そこには死臭を放っていたあるモノが累々と横たわっていた。それはネルスキュリアの糸でグルグル巻きにされているが、シルエットは人の姿をしている。
ガウディは直ぐに生存者がいるか確認した。糸を双剣で斬って中の人物を確認する。
──くそ!ダメだ!
斬っては確認する。
──コイツも!
確認する。
──コイツもか……
同業である冒険者の死はいつになっても慣れないモノだ。ガウディが自分が何故ソロで冒険者をやっているか再確認していた。残る者も糸を斬って確認したが生存者は一人もいなかった。
──この少年の冒険者……きっとあの嬢ちゃんの友達か……
ガウディは一先ずその少年の骸を街へ運ぼうとした。そしてギルドへ行って正式な討伐依頼を出そうと思案する。
──これで嬢ちゃんの依頼は達成か……
少年に絡み付いている糸を全て斬り終えたとき、少年の懐にあったギルドカードが落ちてきた。
ガウディはそれを見て驚愕する。
「これは……!!?」
その時、洞窟の天井で息をひそめていたネルスキュリアがガウディに長く鋭い脚を向けて攻撃してきた。
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<ポルクロル島>
土壁に梯子をかけてダーマ王国兵がのぼろうとしているのを冷酷にサムエルの自警団が上から矢を放って撃退していた。
「援軍を待ちましょう!!」
ダーマ王国兵がアナスタシアに陳情する。
「黙れ!悔しくないのか!?商人の自警団ごときにやられていて!!」
「しかし……このままでは戦力を削ってしまうだけです!!」
「黙れ黙れ!このような醜態を第二皇子に晒すつもりか!!」
ダーマ王国兵はこれ以上何も言わなかった。高い壁を見上げ、自分の未来を夢想するダーマ王国兵達は、死へと立ち向かって行った。
そんな兵達の気持ちも知らないでアナスタシアは屈辱を味わっている最中だ。
──自警団ごときに第三階級魔法が唱えられてたまるか!!あれは何か!別の魔法に違いない!!
ダーマ王国兵の悲鳴がこだまする。
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