第106話
~ハルが異世界召喚されてから1日目の夜~
シェンジは牢屋にいる拐ってきた女達を物色していた。
恐怖の目をする女達を面白そうに眺めるシェンジ。
しかし1人だけ、真っ直ぐした眼でシェンジを見つめる女がいる。
フュリオサだ。
今までに何度も殺そうと考えた女。
だけどシェンジは殺さなかった。何故なのか、シェンジにはよくわからなかった。この女を屈服させたい。ただ殺すだけじゃ面白味がない。
だからこの女フュリオサには敢えて手を出さず他の女に手を出し、自分もいつか同じ目に合うんじゃないかという恐怖をシェンジは与えようとしている。
しかしフュリオサの視線にシェンジは我慢の限界を迎えた。
「フュリオサ?外へ出ろ」
同じ牢屋の女性達は彼女が呼ばれたことにより動揺が広がっている。
フュリオサが牢屋から出されたのをベッキーはざまぁみろと言った顔で見ている。
フュリオサを牢屋から出し、シェンジは奥の部屋へと連れていく。
「よぉこそ?俺のプレイルームへ?」
シェンジは両手を広げて自慢する。
ベッドが1つ、蝋燭の火が怪しげに光っていた。もう日は沈み、外も暗い。
フュリオサは部屋を淡々と見回した。『ミストフェリーズ怪物退治編』が目に入った。
「あぁ、これか?」
シェンジはミストフェリーズの本を手にしてページを乱雑にパラパラと捲った。
「この部屋のガキはめでたい奴にちげぇねぇ」
シェンジは本を放り投げた。
「ここであの子達を弄んでいたのね」
「そうさ?お待ちかねだったか?」
「あなたは可哀想な人……」
シェンジは毎回フュリオサと目が合う度に哀れみの眼で見てくることに気づいていた。
「どこが可哀想なんだ?好きなことをやってるだけだぜ?」
「本当にそれが好きなことなの?」
「当たり前だろ?好きなときに殺して、好きなときに女を抱く!最高じゃねぇか?」
ふぅ、と溜め息を吐くフュリオサ。
「シェンジ、貴方は何もわかっていないわ?反乱軍がこの戦いに勝っても負けても貴方は恐れているのよ」
フュリオサは訴えかける。
「ああ?確かに恐れてるな?俺はこの内乱が好きだからな、終わっちまうのが勿体ねぇって思ってるぜ」
フュリオサは悲しそうな目を浮かべたかと思えばシェンジを抱きしめた。恋人のように。
「っ!?……なんだ?やっぱり抱いてほしかったんじゃねぇか?」
フュリオサは泣いていた。
「そうそう、その表情が俺を興奮させ……」
シェンジはその泣き顔を見たときに少年だった頃の記憶が甦ってきた。
◆ ◆ ◆ ◆
「お前がランスロットの役でぇ~、俺がロンゾの役なぁ~?」
獣人の子供達が英雄ごっこをしている。獣人国では専ら、勇者ランスロットよりもそのパーティーの一員、獣人族のロンゾが人気だった。
「そんでもってぇ~アイツ!あの片目が魔王だ!」
そう言って遠くにいる子供の時のシェンジを指差す子供達。
「とぉー!!」
「やぁ~!!」
聖剣に模した木の棒を振りかざして、シェンジを襲う。
やり返すシェンジ。
木の棒を振り回す子供達を殴り、蹴り飛ばした。
両者ボロボロとなった。いや、1対複数だったのでシェンジに軍配が上がったといえるだろう。
ボロボロになって家に帰ったシェンジ。母親と二人暮らしで貧しい生活をしていた。
シェンジの母は病弱でいつもご飯が少ないことや家がボロボロなことをシェンジに謝っていた。
晩ご飯を食べていると、先程喧嘩した子供達とその親がやって来た。
シェンジは向こうから先に仕掛けてきた真実を述べてもその親達は信じてくれなかった。
勿論謝ることはしなかったが、代わりにシェンジの母が少年達とその親に謝っていた。
ようやく彼等が帰ると、シェンジの母は優しく語りかけた。
「お母さんはシェンジのこと信じてるからね」
「じゃあなんで謝ったのさ!?」
シェンジは納得がいかなかった……
◆ ◆ ◆ ◆
心が締め付けられる。
フュリオサを見たとき、ただこの眼が気にくわなかった。自分を見ても全く動じなかったこの眼を。
シェンジはいつものように恐怖を感じさせてから殺そうと考えていた。それで牢屋へと連れてきたのだ。
しかしこの女フュリオサは恐怖を感じるどころかシェンジに対して哀れみと慈愛に溢れるような目で見るようになったのだ。
もう一度フュリオサの目を見る。
犯される恐怖の眼はそこにはなく、悲しみの眼でシェンジを見てくる。悲しむ女は数多く見てきたが、このフュリオサの眼は誰にも当てはまらない。
この眼は自分が悲しくて泣いているのではないからだ。
シェンジはまたしても母親を思い出した。
もう二度と思い出すまいとした記憶が甦る。
母親の最後の顔を……
◆ ◆ ◆ ◆
とうとうシェンジの母親は寝たきりになった。
シェンジは畑や空き家に入っては母の為に食料を盗ってきた。
隣近所だと、すぐに疑われてしまうから遠出をした。
そんなことを繰り返していたらある日シェンジは捕まってしまった。
シェンジの母が好きな食べ物があったからつい、深入りしてしまったのだ。
家主にボコボコにされ家路につくシェンジは同い年くらいの子供達が楽しそうに遊んでるのを遠目で眺めて、家に辿り着いた。
そこでは村の大人達がシェンジを探している。
シェンジの悪事がバレたのだ。
そっと忍び寄るようにシェンジは自分の家に近付いた。
無理矢理起こされ、殴る蹴るの尋問を受ける母の姿が見える。
玄関付近でその光景を見たシェンジは母と眼があった。
シェンジの母は何かシェンジに訴えかけるようにして口を動かしていたが聞き取れない。
シェンジは全てが怖くなった同時に、全てが嫌になり、家には入らずに駆け出した。
その音を聞き付けてか、シェンジの母を尋問していた者達がシェンジを追いかけてきた。
「いたぞ!!」
「待ちやがれ!!」
シェンジはこの世の全てから耳を塞ぎ逃走した。
◆ ◆ ◆ ◆
それ以来、家には帰らなかった。母がどうなったかは知らない。
シェンジは再び我に帰り。
なにも言わずフュリオサを牢屋へと戻し、1人床についた。
─────────────────────
夜のとばりがおり、焚き火の灯りが所々に灯っていた。
ハルとフィルビーは獣人国とフルートベール王国の国境近くの街、ワーブレーに着いた。
ここは前回の世界線で戦争が起きたところだ。
──成る程、難民キャンプがこのように拡がっているのか……
獣人と人族の衛兵が揉めている横をハルは通りすぎる。
獣人の子供達が泣いている。
静かではあるが、気が滅入りそうな雰囲気だ。
フィルビーはフードを被りながら下を向いていた。
おそらくここで家族と別れたのだろう。
ハルはフィルビーを不意に抱え上げ、肩車をして、この街から走り抜けた。
「早い!早い!落ちる~~!!」
ハルの肩に乗ったフィルビーは怖がりながらもはしゃいでいた。
「もうちょっとスピード上げようか?」
「ダメーーーー!!」
フィルビーはワーブレーで経験した嫌な思い出、両親に売られ、兄と別れたことを思いだしていたが、ハルに肩車され物凄い速さでこの街を駆け抜ける。
風を突き破り、目の前の光景が一瞬で過ぎ去る。フィルビーはハルのおでこに腕を回して、あの時の思い出を、目まぐるしく変わる景色と一緒に置き去りにした。
フィルビーはハルのスピードになれ始め、気付けば前傾姿勢となって前を見据えていた。
──お兄ちゃん…会いに行くからね
フィルビーの手に力が入った。
変わり行く景色は木々や草原等の自然から柵や石畳等の人工的なものが視界に入ってくる。
石造りの街、フルートベール王国の王都と代わり映えしない風景がハルとフィルビーの目に入り込む。内乱が起きているからなのか、もう日が暮れて随分たつからなのか、街の灯りは弱々しく見えた。
ハルとフィルビーは国境を越え、獣人国の王都ズーラシアに入った。
ハルはフィルビーの頭を撫でながら考え込む。
獣人国の状況と戦況を把握するためには、ここが一番の情報収集場所じゃないのかということだ。ただ人族の子供がこんな時間に獣人の子供を連れているのは不振がられやしないか?話を聞いてもらえるかどうかわからない。
やはり戦況を見極めながらフィルビーの村、オセロ村を目指し兄ダルトンを探しながら情報収集するのが良さそうだ。
獣人国のクーデターが成功する報が世界に拡がるのはハルが異世界召喚されてから6日目だ。報が届くのは通信のないこの世界だと、かかったとしても2日ということを鑑みると、明日、ハルが異世界召喚されてから2日目~4日目の間でクーデターを止める動きをすれば良いだろうとハルは考えた。
ハルは一通り考えがまとまった。フィルビーを見やると目をゴシゴシさせていてとても眠そうだった。
ここら辺の宿屋に泊まって、明日の朝早くにここを出て、学校の試験を受けて戻ってくる。
そんな計画を立て、ハルはフィルビーを、おんぶしながら宿屋へ入った。
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