第105話

~ハルが異世界召喚されてから1日目の夜~


<ダンプ村>


 ダルトンはロバートに残るよう言われた。


 先程までダンプ村の村長の家にはイアン以外の皆がいたのに、今はダルトンとロバートだけだ。


 ロバートはフカフカの椅子に腰を預け、座っている。


 家の周囲に人の気配を感じなくなったのを察知したロバートはダルトンに質問した。


「お前、さっき殺さなかったろ?」


「はい?」


「さっき、反乱軍の奴等を殺さなかっただろ?」


「...はい」


 ダルトンはうつむいて返事をする。


「これからオセロ村に、念願の俺達の村に行く」


「……」


「俺達はこれから戦いに出るんだ。だが俺はお前を信用できない。俺の、いや俺達の背中をお前が守ってくれるのかが不安なんだ」


「守りますよ!どうしてそんなことを?」


 ロバートの発する言葉を振り払いながらダルトンは言った。


「守って、村を取り戻したあと、お前はさっきの件で俺達を裏切る気だろ?」


「そんな!!味方を裏切ることなどしません!」


「それが信用できねぇって言ってんだろ!?」


「じゃあ!僕は、どうすれば……」


 ロバートはおもむろに懐からあるものを取り出し、目の前の机に置いた。


 一本の短剣だ。


「これでイアンを殺せ」


「っ!!?どうしてそんなことを!?」


 ロバートは自分の両膝の上に両肘をついた。


「イアンは俺達を売る気だ。そして今のアイツを見ている限り戦力にならん。今のうちに殺せ!!アイツを殺せば俺はお前を信用できる」


 ロバートの言葉が頭に何度も再生される。ダルトンは家から出た。


 手にした短剣を見つめるダルトン。


 風が冷たい、短剣から空へと視線を上げる。もう日が暮れていた。


 あの時、子供の時と違いどこか淀んで見えた。


 ため息をつくダルトンは悩んだ。


 どうしてあのとき、自分も皆と混ざって反乱軍を殺さなかったのだろうか?


 どうしてイアンを殺さなければいけないのか?


 どうして戦争が始まったのか?


 どうして戦争に参加してしまったのか?


 このまま逃げ出そうか?


 そうすれば何もかも楽になる。


 いや、生き延びたとしてもあのロバートは殺しに来るだろう。もし殺しに来なくてもここで逃げたことが一生自分に付きまとうだろう。


 そして僕はどうやって生き延びることができるだろうか……


 ダルトンはさっきからこんな思考が浮かんでは消えていく。


 ──フィルビー……


 ダルトンは左腕につけているフィルビーからもらった組紐を右手で握りしめる。


 遠くにいるイアンをダルトンは見つめた。心ここにあらずといった様子だ。


『明日、俺達はオセロ村まで行軍する。つまりこの村には誰もいなくなる。お前とイアン以外はな...その時に殺れ……』


 ロバートの言葉が頭に過る。


 明日になれば、何かが変わっているかもしれない、ダルトンはまたしても無意識に左腕につけている組紐を握っていた。


 ダルトンはダンプ村にある適当な家に入り、ベッドに横になる。


 皆、明日のオセロ村奪還にむけて眠りについた。いや、今日の惨劇に蓋をするように目を瞑っていたのだ。


─────────────────────


<王都ズーラシア、サファリ宮殿>


 もう後がない。獣人国国王のシルバーは自室のベッドに横たわり、この国の行く末を憂いていた。


 ランプの灯りも心なしか頼りない。


 ──子供達の笑顔、国民の笑い声、未来に希望を寄せる目、それが今ではどうだ?


 自分が子供の頃は、立派な大人達が仕事をして、活躍している光景を見ていた。


 いつしか自分もこの国の為に、自分を育ててくれた親達の世代のように活躍したい。そう思って、勉学に励んでいたのではないか、と自身に問う。


 それが今や反乱軍に村や街を襲われ、この国から出ていく者、反乱軍に加わる者、死んでいく者ばかりだ。


 そして出ていった多くの獣人達は人族の蔑むような目線に下を向く。


「なんたることだ!!」


 シルバーは頭を抱える。


 隣国に援軍の要請をしているが、どういう訳か上手く情報が伝わっていない節がある。考えられるのは反乱軍による妨害か、やはり獣人族と人族との交わることない隔たりなのか。シルバーにはわからない。


 各国は難民の対応や兵站の確保ができない等で遅れていると、宰相ハロルドが言っていた。


 もしこれが意図的に計画されているとしたらこの内戦は敗けだ。何故なら、各国の内政を熟知していないとできない芸当だからだ。


 しかし、反乱軍の侵攻の仕方は計画性を感じさせる。情報をわざと漏らしたり、そうでなかったり。


 シルバーは明日、自身も戦争へ参加することを誓った。


 おそらく宰相ハロルドや軍師アーノルドからは反対されるが、それは承知の上だ。


 この国が自分の代で終わってしまう。


 そんな中、処刑の日まで待っていられない。どうせ死ぬのなら戦場で死にたい、シルバーはこの内乱が起こってから常々そう思っていた。


 そして、眠りにつく時、明日になれば何か変わっているかもしれないと淡い期待を寄せながら目を瞑った。


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<反乱軍本拠地>


 石造りの宮殿とは打って変わって、反乱軍の本拠地は移動式の為、木製の杭や柱に布を張った簡易的な天幕だ。


 しかし、サリエリの部屋は全てが木造でできており、室内は光属性魔法が付与された魔道具で照らされていた。


 そこにはサリエリが椅子に腰掛け、その前に側近の3人がひざまずいている。


「明日、バーンズを右軍の将に、ヂートを左軍の将に、ルースベルトを中央軍の将に据えて進軍する」


 サリエリの言葉に3人の側近達は了承の返事をする。


「お前達が侵攻に参加してしまえば一気にかたがついてしまう。だから徐々に敵の士気を下げるよう侵攻するのじゃ」


 その提案にはヂートが意見を言う。


「どうしてですか?もういい加減ちょいちょいっと殺っちゃいませんか?」


「こら!ヂートなんだその口の聞き方は!」


 ルースベルトが叱責するのをサリエリは諫める。


「フフフ、わかったわい。明日は存分にやると良い。しかしワシも最後は参戦しようと思っておるのじゃ。ワシの分も残して貰わんと、これからこの国を支配するワシの威厳がなくなるじゃろ?」


 おおぉ、と3人の幹部達は声を揃え感嘆した。


 サリエリは寝室へと移動し、ベッドの上に横になる。


 明日で全てに決着がつく、長かった獣人生活を振り返るサリエリ。自分の任務が終る。普段神に祈るようなことはしない。余程の天変地異が起きない限り任務は成功する為、明日になって何かが変わってしまわないことを神に祈りながら目を瞑った。

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