第87話
<フルートベール王国右軍>
恒星テラはプライド平原を照らす。遮蔽物のない、平原をジリジリと照らす陽の光は戦場に交錯する刃をも怪しく照らし、鮮血の赤色が輝きに彩りを与えた。
刺す、引き抜く、刺す、薙ぎ払う。
いつものようにリズミカルに槍を振り回すフルートベール王国の槍兵であるランガー。
しかしその自慢の槍の尖端を長剣で弾き返す帝国兵がいた。
「ヒュ~♪」
その口笛はランガーなりの敬意の現れであった。続けて連続で突きを繰り出すがそれもガードされた。
「見切った……」
帝国兵が挑発するように呟く。
「あっそ!なら全力でいくわ」
ランガーは渾身の突きを披露しようとしたが、相対していた帝国兵の首を斬る隊長アドリアーノ。ランガーの所属する隊の隊長だ。
「おい!邪魔すんなよ!!」
「すまん気付かなかった。お前がもたもたしているから悪いんだろ?」
昔のアドリアーノならこれは戦争だ!とか遊びじゃないんだ!と叱責していたところだ。
「あれ隊長だよな?」
隊の連中がヒソヒソと話す。
「ランガーの対応に慣れてきたな……」
隊長の成長をしかと見届けた隊を筆頭に、フルートベール王国右軍は進撃を続けるが、少しずつ敵兵が強くなっていることに気が付いた。
──始めに突撃した兵は本来の帝国兵ではないのか?
隊長アドリアーノは嫌な予感を抱いては、それを払拭するように武器を振るう。
このような強敵が数多くいれば、いずれは危機に陥るだろう。それに、ランガー達の所属する戦士団の三番手、エリン率いる軍の対応は明らかに後手に回っていた。
「いやいやいや!無理無理!あーしそういうのわかんないんだって!!」
「しっしかし…」
エリンの様子を見るランガーの隊はため息をついた。いつもはレオナルド・ブラッドベルが指示を出し、エリンはそれに従うだけだったのだからしょうがない。
そんなランガー達の前に更なる強敵が現れる。
<帝国左軍>
相対しているフルートベール王国右軍の進撃を弱めることに成功した帝国左軍の中央に位置しているドルヂ率いる軍に所属しているジュドーは気が付く。
「あれ?ドルヂ様は?」
子供のような体格のジュドーが周囲の兵に訊いた。
「なんか少しだけ前線の様子を見ると言って出られましたが……」
「うわぁ~。僕の目を掻い潜るのうまくなってるぅ~……」
ジュドーは下を向き頭を抱える。
「どうかなさいましたか?」
「ドルヂ様は無類の戦闘好きなのは知ってるよね?」
「…はい……」
嫌な予感が辺りに漂う。
「様子見だけで帰ってくるわけないでしょ?」
ジュドーはため息をついてから告げた。
「……はぁ~、千人ついてきて」
前線へと出るジュドー。
<王国右軍>
「はぁはぁはぁ……」
なんだこの者は、物凄い威圧感だ。ランガーの隊、隊長アドリアーノは怯んだ。
その者は大きな大剣を携えて馬上から一振りすると、一気に5人もの王国兵がまるで紙切れのように裂かれる。
──あの者は将か?しかし、こんな前線に現れるものなのか?
アドリアーノはそう考えていると、ランガーの雄叫びが聞こえる。
「うぉぉぉぉ!!」
ランガーは飛び上がり、馬上の異様な威圧感を放つ者に向かって槍を放つ。
馬上の者は大剣を盾のようにしてランガーの突きを防いだ。
ランガーは渾身の一撃を放ったが防がれ、相手の強さに歓喜している。その者のガードがあまりにも固く、攻撃した筈のランガーの腕が痺れた。
この痺れはすぐに武者震いへと変化をしていく。
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帝国左軍右翼に構えているノスフェル率いる軍はドルヂ軍の報を聞いて呆れていた。
「何!?ドルヂが戦闘を始めただと?これだから脳筋は……」
ノスフェルが嘆いたと同時に同じく左軍右翼に軍を構えているベラドンナにもドルヂ戦闘の報が届いた
「あらら♪」
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馬上にて王国兵を仕留めているドルヂはランガーの突きを大剣で受け止めた。
「ほぉ……」
大剣を持っている腕が少しだけ痺れている。
ランガーは着地し、再び槍を構えた。ドルヂは何を思った下馬をする。そして大剣を片手で軽々しく持ち上げ、尖端をランガーに向けた。これは一対一を申し込むことを意味している。
「あぁ、大歓迎だ!」
ランガーは一対一の申し出に対して、受けてたつ意を伝え大地を踏みしめる足に力が入る。そして、自分の誇る最強の突きをドルヂに繰り出した。
槍の尖端は虚空を突き抜け、迫り来る。ドルヂは大剣で容易くそれを弾いた。ランガーは弾かれた拍子に体勢を崩すが直ぐ様整え、再び構える。
ドルヂは馬上でのランガーの一撃により、受けにまわるより弾いてランガーの体幹を崩すことを優先したようだ。
ランガーは理解した。
──盾のように正面から槍を弾くのではなく、下方から押し上げるように弾くとこんなにも体勢が崩れるのか……
ランガーは学びながら相対する強敵を見据え、次にどのような攻撃を加えれば相手を倒せるのか考えた。
二人は円を描くように横移動し相手の隙を窺う。
──さぁ、どうくる?
ドルヂはランガー同様に目をそらさずに大剣を構えた。
──どうせ真っ向勝負だろ?
ランガーの目付きは鋭く、ドルヂからしてみればランガーから攻撃を仕掛けてくることがよくわかった。
ランガーは意を決して、叫びながらドルヂに向かっていった。とても楽しげな言動が乱戦の中で響いた。
「正面突破だぁ!!」
ランガーは先程繰り出した最強の槍を上回る速度で槍を放つ。今度は下方から押し上げにくい下段を狙った。
ドルヂは弾く選択を捨て、大剣で防御する。ランガーは体幹を崩すことなく次々と下段を狙って槍を突いた。そして今度は下段の突きをフェイントに使い、中段、そして上段の突きを織り混ぜるようにして技を繰り出す。
防戦一方となるドルヂ。
初めはお互いの兵が文字通り横槍を入れようとしたが、ランガーの攻撃が苛烈を極めると誰も間に入れなくなった。
2人の戦闘に周りの者が敵味方関係なく巻き沿いをくう。
隊長アドリアーノはこれを好機と踏んだ。戦ではより強い者を少ない力でどれだけ止められるかが勝敗の鍵になるからだ。その隙に他所で戦果をあげようと、隊を分散させるアドリアーノ。
──死ぬなよ?ランガー……
「槍技…四連突き!」
ランガーの速い四連続の突きに合わせるようにドルヂは大剣でガードする。
さっきから何度も中段や上段に全力の突きをしているが全てガードされる。
──コイツ硬いだけじゃねぇ。上手い……だが、攻めてるのは俺だぜ?
「四連突きまでするか、しかし……」
ランガーはまたもや大剣で弾きにくい所を狙って攻撃したが、ドルヂの目にも止まらぬ早さの薙ぎ払いによりランガーの槍は大きくそらされ、体勢を崩した。
「な!?」
ランガーは驚きのあまり言葉がでる。しかし、それはドルヂの薙ぎ払いの速度にではなく、ドルヂが止めを刺そうとしなかったことに驚いていたのだ。そんなランガーにドルヂは告げる。
「大剣の弾きにくい箇所を狙ってるんだろ?攻撃箇所しらせてんのと変わらんぜ?」
「あっそうか……」
本来だったら止めを刺さないことに怒り心頭のランガーもドルヂの教え諭すような言論に納得してしまう。
そしてその時、帝国軍に援軍がやってきた。
「ドルヂ様ぁぁぁ~!!」
側近のジュドーが乱戦に突入してきたのだ。
「邪魔するなジュドー!」
「そんな命令きけるわけないでしょ!!」
ジュドーの叫び声が乱戦地に轟く。
2人のやり取りを耳にした王国軍達は、
「今何て言った?」
「聞いたか?」
「あのデカイやつが帝国軍の将の1人ドルヂ・ドルゴルスレンだ!!」
フルートベール王国左軍の将エリンもそれに気付き命令を下す。
「アイツアイツ!アイツ倒してぇぇ!!」
「全軍ランガーの援護に向かえ!!敵将を討ち取るぞ!!」
「「「おおおおお!!!!」」」
隊長アドリアーノは長剣をランガーとドルヂがいる方向へと指した。
「だから余計なことすんじゃねぇよ!!」
ランガーは文句を言うが軍はおさまらない。
「ほぉら!見ろ!ジュドー!!お前のせいでバレてしまったじゃないか!!」
「これも作戦です!いいからここを抜けて持ち場に戻りますよ?」
ドルヂはランガーに名残惜しそうな視線を向けて背を見せる。
させるか!と、ばかりにフルートベール王国軍はドルヂに攻撃を仕掛けた。
ドルヂは後ろから追ってくる王国軍を大剣で薙ぎ払い、そして突き刺す。一度の突きで3人の王国兵が串刺しにされる。大剣に突き刺さったままの王国兵を振り落とすようにもう一度大剣を薙ぎ払った。胸に大きな風穴があいた王国兵が宙を舞い後ろから追ってくる者たちを遮る。ドルヂはもう何も突き刺さっていない大剣を肩に担いで持ち場へと戻った。
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フルートベール王国、魔法士長ルーカスの第一魔法士隊1000人は敵将ドルヂ・ドルゴルスレンが前線にいることを聞き付け、MP回復を待たずにもう一度出撃したが、異変に気付いた。
ドルヂ軍との乱戦の最中、突撃したランガー達が属する王国軍の両脇を帝国ノスフェル軍1万と同じく帝国のベラドンナ軍1万がコの字型に囲うように軍を動かし始めたのだ。
遠目から帝国軍のその動きを見ていた公爵バトラーとルーカスは直ぐ様、軍を退かせようとしたが、目の前に将の首があると分かれば自分達が如何に危険な陣形に誘い込まれていても気付かず、例え撤退と命令されても言うことを聞ける冷静さを乱戦のなかにいる兵達は持ち合わせていなかった。
「くそ!」
「やられた」
ルーカスは第一魔法士隊を、ドルヂを討ち取るためにではなく、陣形を整えようと移動するノスフェル軍にぶつけ、囲まれてしまいそうな王国兵が退却しやすくなるよう、陣形を崩せと命令を下した。ルーカスの持つ残りの兵、約9千の魔法士には魔法で中距離からノスフェル軍を攻撃するよう指示した。
オリバーも5千の兵を突撃させ、エリン軍の1万の兵もそれに合わせる。
あのコの字型に囲われそうな王国兵を失えば王国右軍は絶望的だ。
乱戦から離脱したドルヂは自軍がコの字に王国軍を封じ込めるような陣形(現在はまだ完璧なコの字ではないが)になっていることに満足した。
「これが狙いだったのだ!!ハハハハ!!」
──僕の臨機応変な作戦なんだけどなぁ……
またも頭を抱えるジュドー。周囲にいる帝国兵がジュドーを気の毒に思った。
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