第86話

~ハルが異世界召喚されてから15日目~


<王国左軍・帝国右軍>


 ──王国左軍に5千……


 バンコーはその使命に誇りを持った。いや、死命とでも言おうか。


 5千の内、2千人の隊を任されたバンコーは隊へと戻りその役目を告げる。


「我等は決死隊だ!我々が囮となり敵を釘付けにし、アマデウス様の魔法で帝国軍を一網打尽にする!」


 兵達は戸惑いつつも、覚悟を決めた顔つきになった。相変わらず良い部下に恵まれたものだとバンコーは思う。


「決死隊と言ったが我等バンコー隊2千が1人10殺すれば2万の軍勢を全滅させることができる!隊長の私がお前達の負担を減らそう!……今日私は50人は倒してみせよう」


 わっと湧くバンコー隊。


「なんの!私も50人!」

「いや俺だって!!」


 元々高かったバンコー隊の士気が上がる。


 正面には帝国右軍がおよそ2万。


 開戦の号令が出たのか帝国の中央軍がバンコーの視線の右側で動き出す。そしてバンコー達の前にいる帝国右軍2万の軍勢も動き出した。


─────────────────────


 帝国右軍の将ワドルディは慎重にならざるを得なかった。目の前の約5千の軍に第三階級魔法を唱えられるアマデウスがいると予想されるからだ。


 一気に自軍の半分に当たる1万の兵を突撃させ、一気にかたをつけようとしても、ファイアーストームの当たりどころが悪ければただではすまない。相手はたかだか5千人、少しずつ兵を送り消耗させ、王国中央軍の援軍を持ってこさせる。それにより自軍総大将シドーの負担を減らすべきか。


 ワドルディは7千の兵を進軍させた。 


「「「うぉぉぉぉぉ!!」」」


 なだらかな丘となっている地形を踏み鳴らす帝国右軍の騎兵隊。一本の矢が降ってきたかと思えば、続々と雨のように大量の矢が降り注いできた。


 王国左軍の矢の雨を掻い潜り、帝国騎兵と王国の盾を持った歩兵がぶつかり合う。


 盾ごと吹き飛ばされる王国兵もいれば、踏ん張って帝国の騎兵を挫かせる者達までいた。盾を突破した帝国騎兵にも、すぐにその命を絶たれる者もいれば、王国左軍の陣形を崩すことに成功した騎兵もいた。


 乱戦となったその後ろから帝国の槍を持った歩兵も加わり、怒号が交わる。


─────────────────────


「行けぇ!!」


 バンコーは騎乗した状態で後ろから指令を送る。味方の勢いや士気を見ながら正確に戦況を判断し、然るべき所を、自身を含めた精鋭300人隊で攻め混む。


「あそこの槍兵の助けに行くぞ!?」


 バンコーは短剣を突き立て行き先を部下達に示し、窮地に立たされる味方の槍兵を後ろから援護した。槍兵を襲っている帝国軍を上手く排除することができた。

 

「次は向こうだ!」


 帝国兵の槍に貫かれそうだったバンコー隊の歩兵は間一髪のところでバンコーに救われた。


「どうしたお前ら!?私は既に7人倒したぞ?あと3人で目標達成だ!」


「50人じゃないんすか?」


 300人隊の1人に突っ込まれた。


 戦場には似合わない笑みが溢れる。


「うるさい!!!次は中央に進軍するぞ!!」


 歩兵は去っていくバンコーの後ろ姿を見て思った。


 ──俺だって……


 そう思った歩兵は敵を1人、2人と斬ったが3人目で刺し違える。


 バンコー隊2000人の他の王国軍3千もよく持ちこたえている。


 バンコーは既に25人もの兵を倒していた。アマデウスもまだ健在だ。バンコーは僅かな光明を見る。しかし、帝国軍の次なる千の兵士が行軍をしているのを乱戦の中で目撃した。


 帝国右軍の将、ワドルディは中々倒れない5千の王国左軍に苛立ちを覚え、もう千人を乱戦に送り込んだのだ。


 この行軍はかなりの精神的ダメージを王国左軍に与える。バンコーはまたしても援護に回った。


 次々と殺られていく王国軍。


 5000いた兵ももう3000近くに減っている。


<中央軍・本陣>


「アマデウス様の左軍5千が敵凡そ7千の兵とぶつかり耐えている状況でしたが、そこから更に帝国右軍が約千の兵を進軍させました!」


「…そろそろか、左軍に援軍を送れ」


 イズナは命じた。


─────────────────────


「見ろ!あの兵を!我等が持ちこたえたから敵の将が焦って援軍を送ってきているぞ!」


「「「おおおお!!!」」」


「バンコー隊に命ず!これより1人2殺だ!」


 バンコーは敵を切り伏せながら命じた。


 その様子を遠目から見ているワドルディは呟く。

 

「むぅ…しぶとい……」


 ワドルディは焦っていた。既に8千の兵を送り、いまだ5千の軍を突破出来ないからだ。


「初めから1万の兵で挑むべきだったか……」


 ワドルディは新たに2千の兵を送るように命じた。


 バンコーの周囲を固めていた精鋭達も続々と倒れていく。バンコーは馬から降りて1人でも多くの敵兵を倒そうと決意した。 


 正面にいる帝国の兵士を斬りつけ、側面から襲いかかってくる者を斬り上げる。


 次第に息が上がってきた。


 横から帝国兵が戦闘の末、飛ばされ、バンコーとぶつかる。バンコーはその者の装備している甲冑の隙間に剣を刺し込み、引き抜いた。

帝国兵の甲冑から血が滲み出し倒れた。


「はぁはぁはぁ……」


 怒号が飛び交う乱戦の中、自分の心音が大きく聞こえてきた。


 しかし、どこからか大きな足音が聞こえてくる。


 帝国軍、2千もの兵がこの乱戦に向かってきているのだ。バンコーは周囲を見て5000いた王国兵も今や1000人程度、今乱戦には倍の2000の帝国兵にさらに2000の兵が加わる。いよいよかと悟ったが、その時。


 乱戦中のバンコー達と、行軍してくる2000の帝国軍の間に馬に乗ったアマデウスが割り込んでくる。


「ファイアーストーム」


 乱戦に加わろうとした帝国兵約1500人は炎の渦に飲み込まれ、焼け死んだ。


 そして、後ろから大きな地鳴りが聞こえる。王国騎兵隊1000人がバンコー達の戦っている乱戦へと入り、バンコーの周りの帝国兵を斬り伏せた。


「おお!ありがたい!千人隊の援軍か?」


 バンコーは援軍の礼を騎兵に言った。


「いや……王国中央軍の援軍は我々含めて1万だ」


 王国左軍の戦況はこれで、約1万800人対1万1500人の対決となった。


「くそ!やられた……」


 ワドルディはアマデウスを警戒しすぎるあまり、徐々に兵を送り敵5000を少しずつ削ろうとしていたのが仇となった。


 乱戦となるとアマデウスの魔法は味方を巻き込んでしまう。


 また一定の距離、弓矢が遠距離だとするとアマデウスの魔法は中距離だ。つまり、ある程度近寄らないとファイアーストームの威力は発揮されない。


 アマデウスが少数で移動し行軍に接近するにしても弓や魔法の的になる。 


 その事を鑑みて乱戦に持ち込み、千人規模の兵を送りつつゆっくりと削っていくつもりが、最初の王国5千の兵が予想以上に強かったために乱戦となりアマデウスの警戒が薄れ、挙げ句の果てに接近を許してしまったのだ。


 2万対5千、王国中央軍が初めから援軍を送るつもりでも2万対1万5千を約1万対1万にさせられた。


 向こうの士気も上がっただろう。


「まずい……」


 ワドルディは震えながら呟いた。


<王国中央軍本陣>


「左軍はアマデウス様のファイアーストームと中央からの援軍で戦況はほぼ互角となりました!」


「へぇ~すごい!!」


 戦争を楽しむハルをよそに、イズナはその報に一先ず安心した。


「あとは右軍か……」

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