第85話

~ハルが異世界召喚されてから15日目~


 朝日が昇り、朝靄が漂う、湿った空気は優しく照らされ、どこか幻想的な光景をうつした。そんなプライド平原はこれから行われる王国と帝国の戦いでどのような光景をうつすのだろうか。


 プライドとは自慢、得意、満足、自尊心、誇りという意味合いがあるが反面、うぬぼれ、高慢、思い上がりという意味も含まれている。


 国同士のプライド、或いは一人一人の戦士達のプライドをかけた戦争がこれから行われようとしていた。


<帝国軍野営地>


 起き抜けの身体を覚醒させるために伸びをする。長い黒髪の全体にはウェーブがかかり、一見ボサボサにも見えるが逆にそれがこの女性、ベラドンナ・ベラトリクスの妖艶さを際立たせている。


 既に目は冴えアイテムボックスから愛刀である刀身が少し曲がったククリ刀のような剣を二刀取り出し、朝日の昇る光景を見ながらグルグルと回し始めた。


 笑みをこぼす彼女、きっと調子が良いのだろう。


 ベラドンナの目はいつも眠たそうだ。俗に言うスリーピングアイの持ち主で、多くの男性を虜にしたのは言うまでもない。


 ベラドンナはテントに戻り、シルクの寝間着を脱いで、黒の細いドレスに身を包んだ。これから戦争をしにいくよりも、舞踏会にでも参加するような格好をしている。


 彼女曰く、この方が動きやすいらしいが、彼女を守る帝国兵士達はいつもハラハラしている。


「ベラドンナ様!シドー様が御呼びです」


 四角い顔をした男シュタイナーが言った。

 

「あら?もうそんな時間?」


 ベラドンナはアイテムボックスから鏡と、化粧道具を取り出した。


─────────────────────


 大きな天幕の中では、大柄な男達、特に帝国四騎士の1人で、これから行われるフルートベール王国との戦争で指揮を執るシドー・ワーグナーと、その部下ドルヂ・ドルゴルスレンの圧力は計り知れない。


 そんな中、ドルヂと同じ地位にいる魔法詠唱者であるノスフェル・ウェーバーは小柄だと揶揄されるかもしれない。しかしシドーやドルヂといなければ逞しい青年と思われるだろう。


 ノスフェルは難しそうな本を読み、これから行われる戦争の戦術会議を待っていた。


「おせぇな……」


 ドルヂが呟くと同時にベラドンナが天幕に入ってきた。


「お待たせしましたぁ~♪」


「てめぇ!相変わらずおせぇんだよ!」


 ドルヂが毒づくと、


「女の朝は何かと忙しいの♪それを水に流す度量は見せてほしいわぁ」


「ちっ!」


 2人のやり取りを聞いていなかったようにシドーは立ち上がり作戦を告げた。つまりそれは、本日開戦と言うことだ。


─────────────────────


 ハルはフルートベールと帝国との国境に当たるプライド平原にいる。


 帝国は宣戦布告で明日に攻撃を開始すると提言しているが、昨日獣人国がフルートベールに侵攻して来た為、この約束が果たされるかどうか定かではない。


 この平原は多少隆起したなだらかな丘や平野が一面続いている。


 基本白兵戦が予想されるが、魔法を使った作戦等はハルには予想ができなかった為、少しだけワクワクしていたのはここだけの話だ。


 作戦会議をする為の大きな白い野営テントには逞しい肉体を誇る戦士達と、対照的にヒョロヒョロの魔法使いがプライド平原の地図を囲っていた。


 ハルとレイとルナはギラバとイズナに案内され戦士と魔法使い達の前で自己紹介をした。


 逞しい髭を整えた魔法士長のルーカスは現状を伝える。


「現在、明日の戦争に向けて帝国は準備を整えておりますが、獣人国の進撃の報せを受け、今からでも帝国は出撃できる構えです」


「だがまだ動きはないんだな?」


 イズナが確認をする。


「はい、また帝国がいつ仕掛けてきても良いようにこちらの準備も万端です」


 今回の戦争は宣戦布告を受けているだけあって基本は防御を中心に展開していく。相手の攻撃を受けきれば勝ちだ。


 ──今頃レナードはワーブレーに着いたのだろうか?違ったリッチランドだっけ?


 ハルはこの場にいないレナードを心配していると、どこか遠くから地響きが聞こえた。机を囲んでいた男達は顔を見合せる。


「始まったか…各自持ち場へと向かえ!」


 急いで天幕から出て、帝国陣営を見ると横一列に並んでいた大群がゆっくりとこちらに向かい、小さかったその姿が次第に大きくなって見えてくる。


 王国陣営は陣形を整えようと走り回っていた。


 帝国中央軍の姿が鮮明になってくる。よく見ると先頭の兵は自身の身体が隠れる程の大きな盾を構えていた。


「あれは矢と魔法を防ぐ防御魔法が付与されている盾です」


 ギラバが優しく教えてくれた。ハルとレイは、ルナの護衛として参戦しているが、こちらの戦況が不利になればハルが前線へと行くことになっている。


 王国軍との距離が200メートル程になると、帝国軍の行軍が止った。


 騎乗した如何にも武人然としている風貌の男がプレートアーマーを装備しマントを風にたなびかせて、行軍の前に現れた。


「我は帝国四騎士が1人シドー・ワーグナー!この軍の総大将である!これからフルートベール王国を侵攻するに……」


 要するに自分達の侵攻は正当なものであると主張しているようだ。


 ──本当は明日、攻撃開始すると宣言していたのに…


 こちらの状況はまだ慌ただしく、各将が持ち場についたのを確認している。


「やれやれ……」


 イズナがシドーの前に姿を現す。勿論十分な距離をとって。


「私はこの軍の総大将イズナ・アーキだ!!帝国の口上は到底認めることができない!…もし侵攻してくるのであればこちらも全力で抗わせてもらう!!」


 ハルの近くで伝令係が右往左往している。


「右軍はそろったか?」

「はい!」


 ──なるほど、時間稼ぎか……


 イズナはチラと後ろを振り向き、合図の旗が上がったのを確認した。


「準備が整ったようだな」


 シドーはイズナの時間稼ぎを見抜いた。


「待っていてくれたのか?」


「本来は明日攻撃を仕掛ける予定だったからな……このくらい待ってやる」


 イズナはギラバからシドーのレベルを聞いていたが、いまこの距離でも一定のプレッシャーを感じる。


 ──本当に俺と同じレベル30か?


 イズナは疑問に感じた。


 イズナの疑問をよそにシドーは右腕を上げ、掌を開いた状態から閉じ、合図を送りながら命じた。


「全軍……突撃!!!」


「「「「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」


 戦争が始まった。


フルートベール王国軍10万

帝国12万


 本来は13万で戦をするはずが、西のリッチランドへ3万の軍を送らせた為、人数が減っている。


フルートベール中央軍にイズナ率いる5万

左軍にはアマデウス率いる5千

右軍には魔法士長のルーカス1万と戦士団の三番手であるエリンが2万、公爵バトラーの私兵が1万5千


帝国は中央にシドー率いる4万

右軍にワドルディ率いる2万

左軍にノスフェル率いる2万、ドルヂ率いる2万、ベラドンナ率いる2万、計6万


 シドーは敵陣営を眺めていた。敵左軍は明らかに人員が少ない。


「どう思う?」


 隣いにるフォスに意見を促した。


「おそらく敵左軍にはアマデウスがいると考えられますね。マキャベリー様の仰っていたハル・ミナミノは……」


「いないだろうな。一歩間違えれば危険を伴う配置だからな……」


 お互い少ない言葉で会話していく。まるで同じ物語を読み終えた者同士の会話だった。


 突撃する帝国軍に矢を飛ばすフルートベール兵、多くの者を射ることに成功するも帝国軍は怯まない。早くも帝国左軍の騎兵隊が王国右軍との距離を詰める。


<帝国左軍・王国右軍の戦場>


 王国側は迫り来る帝国騎兵隊に向けて射つ弓矢隊を下げ、魔法士達が前線に立つ。


「第一魔法士隊!放て!!」


 ルーカスがエリンと連携を取りながら弓兵から魔法士へすみやかに切り替わる。


 第一魔法士隊は第二階級魔法が唱えられるエリートで構成されている。その数およそ200人。200人が唱える第二階級火属性魔法は第三階級魔法のファイアーストームに値する。


 この隊は序盤の攻撃を機に一旦先頭から離れ騎乗し、護衛の騎兵含めて1000人の独立遊軍となる。戦況が危うくなったところへと駆けつける援軍として、或いは逃走の手伝いをしている。


 第一魔法士隊が一斉に魔法を唱えた。


「「「「「「フレイム!!」」」」」」


 紅蓮の炎がプライド平原を埋め尽くす。突撃してきた帝国騎兵の多くが焼かれた。出鼻を挫かれた帝国左軍はもう一度隊列を組み直そうとしたが遅かった。


 王国右軍の騎兵隊が怯んだ帝国軍を襲撃する。馬の蹄鉄が平原を踏み締め、大地を抉りとるように駆け抜ける。


「「「うぉぉぉぉぉ!!」」」


 馬と馬が衝突する音から剣と剣が、あるいは剣と鎧がぶつかる音に切り替わった。次第に大地を血で染め、激痛に喘ぐ声がその場を彩り始める。

 

「ふぃ~!この感覚たまんねぇ!」


 ランガーは自慢の槍を振り回し飛び跳ねながら高揚感を発散させていた。ランガーのいる歩兵隊は、騎兵どうしのぶつかり合いにより乱戦となった戦場に向かい、敵を殲滅する役割を担っている。


「おいランガーこの前みたいに陣形は崩すなよ?」


「はいはい」


 と所属する隊の隊長アドリアーノにそっけない返事をするランガーは、目の前で繰り広げられている殺し合いを見ていた。


「いくぞ!」


 ランガーは自慢の槍を構え乱戦に突進した。


「あんのバカ!」


 先走るランガーの背中を見ながら隊長アドリアーノは他の者に命令した。


「あのバカの後ろに続け!」


「「「おおおおおお!!」」」


<王国中央軍・本陣>


「もう始まってるのか……」


 ハルは直ぐそこで殺し合いが行われているのが信じられないでいた。


「で?これはなに?」


 ハルは自分の顔を保護する兜をつけていた。


「ハルくんは世界中に顔がわれてますからね、一応用心の為にその兜はつけていてください」


 ギラバは優しく告げた。


 すると伝令係達が続々と戦況を報せてくる。


「ルーカスの隊とエリンの隊が帝国の動きを止め、押し込んでいます!」

「中央軍は帝国の進軍を抑えております!」


 それぞれの戦況を聞いて、ギラバは安心すると、遅れてやってきた伝令係に訊いた。


「よし…左軍はどうなっている?」


「はっ!乱戦となり少しずつ押し込まれております!」


「左軍って5千の兵しかいないんですよね?大丈夫なんですか?」


 ハルは隣にいるギラバに訊いた。


「はい。彼処はアマデウスさんがおりますからね、一旦やられているようにみせている作戦です」


 イズナは自分達の思惑通りに戦いが進んでいることに少しだけ眉をひそめた。

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