第64話

~ハルが異世界召喚されてから9日目~


「オンヤさんが負けるなんて……」

「てか今のところ1年が3年ぶっ倒してね?」


 興奮冷めやらぬ中、実況の声が闘技場を包む。


『続きまして第三試合!3年生パトリス・スウェンソン!1年生ゼルダ・セイルラー!』


「ゼルダ様~!!」


 護衛のアリアナが叫ぶ、隣にいる仕様人のアビゲイルは祈り始めた。


「ゼルダいっけぇ~!」

「ゼルダー!!」


 アレックスとマリアが声援を送る。


「頑張って!…ゼルダ」

 

 クライネはぎこちなくゼルダの名前を呼んだ。


◆ ◆ ◆ ◆


「あの、ゼルダ…さん?」


 恐る恐るゼルダを呼ぶクライネ。


「あ~ゼルダでいいわ?私もクライネって呼ぶから」


「え?良いんですか?」


 目をパチクリさせながらクライネは反応する。


「敬語も禁止!友達なんだから」


「友達……」


 ゼルダから友達という暖かい響きの籠った言葉をクライネは胸に刻んだ。


◆ ◆ ◆ ◆


 クライネはゼルダとの会話を思い出していた。


 ──友達が…いまあのリングに上がって戦おうとしている。


 クロス遺跡での一件はクライネにとってとても大きな出来事だった。友達がいたからこそ出来た行動だった。


 もし一人で勇気を出して目の前のリングで戦えと言われたら自分に出来るのだろうか。リングの上で一人きりで戦うことなんて、自分には到底できない。


「やりにくいだろうな……」


 クライネの横でアレンが呟くとデイビッドが反応する。


「何がやりにくいと?」


「いや、レイとハルの次だからさ」


「アレン殿はそういうのを気にするのか、拙者はあまりそんなことを考えたことがないな」


 アレンは目だけを動かして横にいるデイビッドを見た。


 ──嘘だな…それならこの選考会に出場するはずだろ……


 アレンはそう思ったが、デイビッドに追及するのをやめた。


『始めぇ!!』


 ゼルダと対戦相手のパトリスはほぼ同時に魔法を唱えた。


「ウィンドカッター!」

「ウィンドカッタ~」


 ゼルダのはっきりとした詠唱と比べ、パトリスは気だるそうに詠唱する。二人の唱えた魔法の違いはそんな詠唱の仕方だけではない。ゼルダの唱えたウィンドカッターは掻き消されパトリスの唱えたウィンドカッターがゼルダを襲う。それを見越していたかのようにゼルダは躱した。


 流石は3年生の魔法だ。ゼルダのそれよりも威力が高い。


 パトリスは自分の身長よりも大きな杖を抱くようにして持っている。内股にして立っているその姿は弱そうに写った。


 ──そんなナヨナヨしたポーズとってる癖に開始と同時に魔法を撃ってきた。


 ゼルダはわかっていた。自分の魔法が掻き消されるのを。だから魔法を放った瞬間に避ける準備をしていた。


 すると、パトリスはウィンドカッターを同時に3つ唱えた。ゼルダは相克である火属性魔法ファイアーウォールで向かってくるそれらを掻き消すと、


「スプラッシュ~」


 ゼルダがファイアーウォールを唱えるのを待っていたかのように、パトリスは第二階級水属性魔法を唱えた。パトリスの持つ杖が光り、胸辺りに魔法陣が形成される。直径1mはある水の弾丸が放出されファイアーウォールを貫いた。


『おおっと~!でました第二階級魔法!階級が上でさらに火属性の相克でもある水属性魔法!ゼルダ選手のファイアーウォールごときでは太刀打ちできそうにありません~!』


 実況の言葉に青筋をたてるアリアナは観客席から立ち上がる。


「あの実況殺してくる……」


 アリアナは腰にさしてる剣を今にも抜こうとしていたのをアビゲイルが止めて叱責する。


「ほら!ちゃんと見なさい!」


「えっ?」


 ファイアーウォールが剥がれ、現れたのは土の壁。水属性魔法の相克である第一階級土属性魔法サンドウォールが少しの間スプラッシュの威力を抑え、ゼルダは何とか逃れることに成功していた。唱えられたサンドウォールは風穴が空き、消失した。


 パトリスはスプラッシュの放流を一旦やめ、角度を変えてもう一度放とうとするとゼルダはまたも目の前にサンドウォールを出現させる。


「何度やってもぶち破るだけ~」


 しかし、ゼルダはリングの至る所にサンドウォールを出現させる。


「なるほど……」


 と感心するエミリオ。


「へぇ~面白い女」


 と呟くレナード。


「考えたな」


 自分の生徒の成長を喜ぶスタン。


 リング上は無数の砂の壁で埋め尽くされ、ちょっとした迷路のように入り組んでいた。


 上の階級魔法を唱えられる相手との戦いは、間合いが離れていればいるほど不利になる。間合いを詰める為に、至る所に死角を作ることでゼルダは実力差を埋めようとしている。


 パトリスはゼルダの姿を見失った。


『これは迷宮か!?なんとゼルダ選手!リング上に迷宮を造ってしまった~!!』


「はぁはぁはぁ……」


 ゼルダは大量のサンドウォールを唱えた為、MPを大幅に消耗していた。自分の造った壁にもたれながら次の行動を考える。


 ──このままフェイントをかけながら……


 パトリスから見て右にあるサンドウォールが音をたてる。


「そこ~?」


 スプラッシュを放ちサンドウォールを破壊するが、誰もいない。


 パトリスは反対側から気配を感じとりそちらに身体を向ける。魔法が飛んでくる確信などなかったが、防御を展開した。こればかりは感覚だった。研ぎ澄まされた感覚のお陰でパトリスはゼルダの放った魔法の防御に成功する。


 ──くそ!防がれた……


「そこ~?」


 またも第二階級魔法を放つパトリス。サンドウォールを破壊するがゼルダの姿はなかった。


 土の壁を破壊される度にサンドウォールを再構築するゼルダ。


「めんどくさ~い!スプラッシュ~」


 パトリスはリング上にある全ての土の壁を破壊することを決心し、左から右に掛けて一掃していった。


『うぉぉパトリス選手!全てのサンドウォールを破壊するつもりか!考えるのが面倒臭いたちの人のようだー!!』


 ──そんな!MPどうなってんの?どうすれば……


 ゼルダは自分のMP量がかなり減っていることを体感で理解している。


 ──もう…勝てないの?凌ぐことで精一杯…相手を倒すなんて……


 クロス遺跡でのスコートの戦いが頭に過るゼルダ。


 殆どのサンドウォールは破壊され、残るはあと2つ。


 パトリスはスプラッシュで2つある内の1つを破壊する。水飛沫と砂埃が同時に舞うと、そこに人影が見えた。


「見つけた~」


 パトリスはスプラッシュを当てようとしたが、ヒットしなかった。というよりすり抜けた。これは、第一階級光属性魔法のミラージュ、つまり幻影だった。ゼルダは最後に残ったサンドウォールから飛び出し、ウィンドカッターを唱える。


 これは賭けだった。パトリスがゼルダのいるサンドウォールを破壊すれば試合終了だ。


 ──もうMPが……


 ゼルダがウィンドカッターを唱えた瞬間、そう感じた。


 弱々しいウィンドカッターはパトリスにヒットする。パトリスのHPを削った。


 ──当たった?


 ゼルダは意識が飛びそうになる。膝が言うことをきかなくなってきた。ガクッと態勢を崩す。意識を保つか、膝の言うことを聞かせるか、本来なら出来て当然のことができない。


「あの子もうMPが……」

「立ってるのもやっとじゃん……」


 ──スコートもあの時このくらいきつかったのかな?


 攻撃を躱し続けるスコートを思い浮かべた。


 ──私だって……


 自らを奮い立たる。


「ウィンド…カッター」


 もう一度魔法を放つ。ヒットする。


 ゼルダが間合いを詰めきる前にパトリスはもう一度スプラッシュを唱えようとしたが、MPが足りない。パトリスはMP消費の少ないウィンドカッターに切り替えようとするも、ゼルダがその前に、ウィンドカッターを唱える。


 パトリスは向かってくる風の刃に当たるのを覚悟した。次の一撃を食らえばHPが持たない。つまり、パトリスの敗けである。しかし、その風の刃はパトリスにヒットする前に霧散してしまった。


 倒れるゼルダ。


『勝者パトリス・スウェンソン!!』


─────────────────────


「「「「ゼルダ~!!」」」」


 アレックスとマリアとクライネとリコスは友達の勇姿に涙を流している。


「ゼルダ様…立派になられて……」


 護衛のアリアナとアビゲイルも泣いていた。両者の闘う姿勢に観客達は拍手をおしまかった。


「あの子もレイと同じクラス?」


 拍手の中、レナードはレイに尋ねた。


「そうだ」


「スゲーなあの娘!………っと!次は俺の番だ!行ってくる!」


 ニコッとレイに笑顔を向けて去るレナード。


 ──自分だったらあんなこと思い付けない……


 アレンは第二階級魔法スプラッシュを撃たれて自分は敗けを認めていただろうと考えていた。


『続きまして第四試合!3年生レナード・ブラッドベル!1年生スコート・フィッツジェラルド!』

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