第63話
~ハルが異世界召喚されてから9日目~
オンヤ・ツーリストはレナードのせいでいつも目立てずにいた。きっと他国の魔法学校にいたら彼はトップになれただろう。
両親やその周りから将来、宮廷魔道師や魔法士長になれると言われて育ってきた。
だがこの国、フルートベール王国にはレナード・ブラッドベルがいた。
しかしオンヤはこの立ち位置を割りと気に入っていた。プレッシャーをかけられる訳でもなく、自分らしさを出せればそれで良い。だがやはり、リングに上がる度に思うことがある。
──やはり勝ちたい
オンヤは対戦相手の1年生を見た。
──ハル・ミナミノ
担任のデーブから聞いている。
──1年生にして第二階級魔法を習得していると……だけど僕だって第二階級魔法なら1年生のうちに習得している。きっとMP量がそんなにない筈だから戦略としてはここぞと言う1発を避ければ僕の勝ちだ……
リング上に上がった両者はどう攻めるのか、相手がどう動くのかを思案している。相手の足の運びや姿勢、筋肉の付き方を見て、それとなく感じれる部分も大いにあるが、やはり経験がものをいう。
──敢えて第二階級魔法を撃たせるのも良いし、逆に撃たせないように撹乱するのも面白いか。
7割がた試合の全体を見通せたオンヤは試合開始の合図を待った。
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レイは1回戦を終えてすぐ、客席に向かった。選手控え室を通り過ぎたところで、
「レイ!お疲れ!…ってどこ行くんだ?」
兄のレナードが声をかける。
「次の試合を観に行く」
レイはいつものように素っ気なく答えた。
「次って……オンヤの試合か!待て!俺も見たいから一緒に行こう」
2人は観客席へと走った。
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「あっハルだ!」
「ハル~~!」
グラースとマキノが声援を送る。
「ハルく~ん!!」
ユリも両手を口角に当てて声を出す。
「ハルくん頑張って!」
ルナも激励の言葉を口にしたが心の中では、この試合に関して、ハルが勝つのは難しいと予期していた。
──う~、相手はオンヤ君かぁ……
「ハル~~~!!!」
すると、ひときわ大きな声が客席から聞こえる。ユリは一瞬驚いて、声のする方を向いた。
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大音量でアレックスが声を出すものだから隣にいるマリアが両耳を抑えながら踞っている。
「よくもまぁあんな大声が出せるな」
アレンが呟く。
「ハルくん…頑張って……」
クライネは祈るように声援を送る。
「でもどうせハルが勝つよね?」
リコスは読んでいた本をとじて試合に集中した。
「ハル殿が人と闘う姿を初めて見れますな」
デイビッドが独り言のように呟く。
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「おぉ~彼は孤児なのに、第二階級魔法を唱えられる……なんだっけ名前?」
デーブがハルを馬鹿にするように質問するのでエミリオは苛立ちながら答えた。
「ハル・ミナミノ君ですよ!」
「……」
スタンは無視していた。
「確かに凄いんですが、私のクラスのオンヤの方がもっと凄いですぞ?」
確かにオンヤ・ツーリストは素晴らしい魔法使いだ。どのような試合になるかとても興味深い。エミリオは掛けている丸メガネをクイッと持ち上げて掛け直した。
『始めぇ!!』
試合開始の合図と同時にオンヤはファイアーボールを5つ出してハルに攻撃する。
「えげつな!」
レナードは感想を口にしてから自分の友達を自慢するかのような視線をレイに向けたが、真剣に試合を見ているレイとは目が合わなかった。
──あの1年生、あれか?レイと同じクラスの……
ハルは首を横に倒し、半身なり、次にその場で跳躍してから回転を加えて迫り来る5つの火の玉を躱した。
オンヤの目からはハルの動きが速すぎてどうやって避けたかわからなかった。
「は?」
オンヤは一文字で自分の困惑状況を示す。
それを見たレナードは目を疑った。
「いまどうやって……」
エミリオは自分の席から前のめりになって更によく観察しようとした。
レナードやエミリオよりも更に上階で見ている戦士長イズナが震えながら声を発する。
「なんだ…今の動きは…。身体強化も使わずにあんな動きができるのか?」
ほれ見たことかとギラバは何故か誇らしげにイズナを見やる。
ハルはファイアーボールを避けきると、瞬時にオンヤの眼前に迫った。
そして錬成で強化した拳をオンヤの胸目掛けて放つ。
オンヤは死を予感した。今までそんな予感等したことなかったが。これは自分が消えてなくなることを容易に予測できる威力の攻撃だと思考が判断した。
魔道具の腕輪はあくまでも魔法に対する攻撃を吸収し、装備している者の代わりにダメージを受ける道具である。それの意味することは物理攻撃は腕輪の効力の範囲外ということだ。
ハルは思い直し、拳がオンヤの胸に当たる前に寸止目することに成功すると、突風が生じた。そしてハルは後ろへと飛び退いた。
──危なっ!殺すところだった……魔法大会なんだから魔法使わなきゃ!
目を閉じているオンヤ。前に下ろしている髪がオールバックへ変化するほどの風を全身に浴びたが、期待していた攻撃は飛んでこない。それどころか対戦相手の1年生はまた元の位置に戻っていた。何が起きたか理解できない。何故自分が生きているのかもわからなかったが、実況の声で何が起きたかわかった。
『おおっと!ミナミノ選手フェイントか?それとも3年生に挑発しているのか!?』
レナードは、ハルの動きに驚いていた。
「え?早くね!?」
スコートの父エドワルドは魔法使いらしからぬ身のこなしに理解が追い付いていない。
「あぁ…スコートは大丈夫かしら……」
母のモリーはそんなことどうでも良かった。
「ねぇ?ハルいまどこ?」
「ルナルナ~ハルどこぉ?」
グラースとマキノがルナに訊く。
「えっと…あっ!元の位置にいるよ?」
「「ほんとーだぁ!!」」
子供達が驚いている横でユリはというと、
「カッコいい……」
ハルにみとれていた。
リング上の2人は試合開始前と同じ位置につくと、ハルは唱える。
「ファイアーボール」
ハルの発声を聞いたオンヤは、右耳に何かが掠め通るのを感じた。
放たれた火球はリングから出ると術者が装備している腕輪の効力により霧散した。
念のため、客席には防護効力のある聖属性魔法を付与しているのだが、観客達はハルの唱えた凄まじい速度のファイアーボールが向かってくると顔を隠すようにガードしていた。
オンヤは目だけを動かして通過したであろうファイアーボールの軌跡を感じていた。
──い、今のは……
分析するオンヤ。
「今のファイアーボールだよな?」
「シューティングアローかと思った」
「速すぎ……」
観客達がざわつくなか、ギラバとレナードは同じような考察をする。
「速いだけじゃない……」
「威力も桁違いだ」
『速い!!!!今のは最速にして最強のファイアーボールだぁあああああ!!!』
実況にも火属性魔法が付与されたように熱がこもる。
ハルはもう一度わざと外すようにファイアーボールを唱えた。
オンヤは一瞬だけ光ったファイアーボールに何とか身体を反応させるが、もともと外れるように唱えられたファイアーボールであったため、躱すことに成功する。
しかし、術者であるハルの姿を見失った。
オンヤの背後から声が聞こえる。
「まだやりますか?」
「……降参だ」
オンヤは後ろを振り返らずに答えた。
『しょ…勝者!!ハル・ミナミノ!!」』
歓声がハルの勝利を祝福していると、
「オンヤが、負けた……」
担任のデーブが呆然としている。
「魔法もさることながら…身体能力も高すぎる……スタン先生!」
興奮したエミリオはスタンを見る。
「え!?はい?」
エミリオの勢いに驚くスタン。何か考え事をしていたようだ。
「彼は何者なんですか?何故あんなにも速いファイアーボールが唱えられるのです?それにあの身体能力……」
「それを私も知りたいんです」
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「ハル~~~~~!!」
アレックスがまたしても叫ぶ。
「あのファイアーボール…素敵」
クライネが綺麗なモノを見たかのように呟く。
「素敵…ていうか最強だよね。もっと教えて貰わなきゃ」
リコスがクライネの呟きにリプを送る。
「やっぱり出なくて良かった……」
アレンは胸を撫で下ろした。
「ハル殿はなぜあんなに強いのか……」
デイビットは呟く。
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特別観覧席の落下防止の為に設けられた石造りの柵に体重を預けたギラバは愕然としていた。
「あのファイアーボールは……」
──魔力値に関して、私よりもレベルが低いのに私と同じくらいの数値だ。一体どんな訓練を…それに魔力値だけでなく他の数値までいように高い……
「イズナ殿の目にはどう見えました?」
ギラバは自分の思考を落としきれず、新たな情報を入れ、答えを導きだすためにイズナに質問した。
「おそらく王国軍戦士団の中でも勝てる者は少ないかと…。もちろん戦い方次第で勝敗は誰にでも掴めますが、ハル・ミナミノが相手となると、かなり苦労しそうですね……」
イズナは戦士長として数々の修羅場を潜ってきた。彼が死ななかったのは冷静にことを判断し、迅速に行動しているからだ。そんなイズナが言う言葉には説得力がある。
ギラバはイズナのステータスを見た。
ギラバは鑑定スキルを習得しているが鑑定の中でも低位にあたる鑑定Ⅰの為レベルとステータスしか見えない。
これが鑑定Ⅱとなれば習得している魔法が見え、鑑定Ⅲでスキルを見ることができる。
肉体的な数値ならイズナの方が少し上だが、全体の数値を合計すればハルのそれが凌ぐ。もう一度リングから去っていくハルの後ろ姿を見てステータスを確認するギラバは声をあらげる。
「知力931!!!?」
ギラバの発言に驚いたイズナは口にする。
「なっ!?そんな数値が存在するのですか!!?」
「私も初めてみました……いや、それよりも…彼を7日後の戦争に……」
ギラバの提案にイズナはゆっくりと頷いて返事をした。
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