第50話
◆ ◆ ◆ ◆
「やーい!やーい!」
「弱虫スコートォ!!」
「……ヒッグ…やめでよぉ」
小さな男の子達が自分達よりも更に小さな男の子を虐めている。
「コラァーーー!!やめなさい!!」
逞しい女の子の声が響いた。
「うわぁ~!おとこおんながきたぁ!!」
いじめっこ達は去っていく。女の子は虐められていた男の子に近寄り頭を撫で、泣くのをやめるように言った。
すると、遠くに逃げた筈のいじめっこ達が叫ぶ。
「女に守られてやんのぉ!!」
「騎士爵の癖にだっさ~!」
「まだそんなとこに居んのかぁ!!」
女の子が走っていじめっ子達を追いかける。いじめっこ達は脱兎の如く逃げていった。
◆ ◆ ◆ ◆
何故あの時の事を思い出すのか、あれから数年後、俺は情けなくて格好悪い姿をゼルダに見せないよう努力してきた。
──…なのに!!
冒険者に殴られそうな所を庶民に助けられ、レイ・ブラッドベルには全く相手にされていないじゃないか。
──そしてさっきも……
俺は庶民が凶悪な魔物からゼルダを守るところをただただ見ていた。
『行け!』
スタンの声が耳に残る。
──本当だったらあの場に自分も…
二人の足音が地下室にこだまする。
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ゼルダは思い出していた。
何故泣き虫だったスコートが、いつも私の後ろを歩いていたスコートが肩を並べ、いつしか私の前で剣を振るうようになったのかを。
いじめっ子達からもう虐められないように、度胸試しのつもりで2人で入った洞窟。
奥に行きすぎて、出れなくなってしまった。
小さな二人の足音が洞窟内に頼りなくこだまする。
出れなくなってしまったゼルダは焦っていると、スコートが泣き始めた。なんだか急に自分も不安になり、抑えていた感情が溢れだし。ゼルダも一緒に泣いたあの洞窟内での出来事。
結局2人を捜索していた大人に保護され、めちゃくちゃ怒られたが、その日からスコートは変わった。
いつもは嫌がる剣の訓練を進んで始めたのだ。
1人で歩きだしたスコートを寂しく思ったゼルダは、自分だって負けじと魔法の訓練をした。
王立魔法高等学校の試験が終わり、見事Aクラスに合格すると、そこにスコートが、しかも同じAクラスに受かっていたことを知りとても驚いたものだった。
──てっきり戦士養成所に行くもんだと思っていたのに……
それにスコートには剣だけでなく魔法の才能もあるんだと知りゼルダは嫉妬していた。
壁沿いに走っていた二人は重厚な扉を見つけた。その扉には四角い小窓があり、鉄格子が嵌められている。その小窓から中の様子を窺い知ることができた。
スコートは少し背伸びをして中を覗くと、大きな男の後ろ姿が見える。オーバーオールのようなエプロンつけた男は両手を頻りに動かしている。肉切り包丁を手に持ち、叩きつける。ドンっと鈍い音と共にグチャっと水分を含んだ弾力のある音も聞こえた。
──何をして……
エプロンをつけた男の作業をしている台の上に真白い人間の足が見えた。
「うわっ!」
スコートは咄嗟に声を出してしまう。自分が想像している通りのことが目の前で行われていると思ったら吐き気を催す。
エプロンをした男はスコートの声に反応し、後ろを振り返った。
白いマスクは飛び散った血に染まり、両手には手袋、これも血に染まっていた。大きなエプロンは元の色がわからないくらい血が大量に付着していた。
まるでギルドの魔物解体をしている格好だ。しかしこの大男が解体していたのは人間。
「あんれぇ?自分達から来てくれたんかぁ?」
大男は縦にも横にも大きい、フゴフゴマスク越しに音を立てながら喋り、扉を開けた。スコートはゼルダを庇うようにして下がり、大男と相対する。
「グレアム様が新しい恋人を折角くれたのにぃ、もう死んでしもたんよぉ。やっぱりユリちゃんじゃないとダメだぁ?」
「き、貴様…い、一体何をして……」
スコートはへっぴり腰になりながら訊いた。
「なにって?そんな事訊いたらダメだでぇ?恋人達がすることって決まってるでぇ?」
「さっきから何を言ってるのこの人?」
ゼルダが口を挟む。
「コイツと話しちゃダメだ!!」
スコートは怒鳴った。
「恋人達がすること、裸を見ること、その中身を見ることだでぇ?」
大男のニヤリとした表情を見たゼルダとスコートは寒気がした。スコートはその寒気を振り払うようにして魔法を唱える。
「シューティングアロー!!」
大男に渾身の魔法を放った。シューティングアローがヒットするが大男はケロっとしている。
「たまには自分で恋人捕まえるのも悪くないでぇ?」
大男は部屋に戻ると長剣ほどの長さの大きなハサミを持ってきた。
「二人は恋人同士ぃ?もう中身は見せあったでか?もしそうじゃなければ、僕が手伝ってあげるでぇ」
スコートは思った。
──コイツをゼルダに近付けたらダメだ!
シューティングアローが効かないとわかったスコートは腰にさしていた長剣を構え、大男に向かっていく。
剣とハサミがぶつかり合うが、スコートの長剣は弾かれ仰け反った。スコートは体勢をもとに戻して、すかさずもう一撃を打ち込む。
大男はハサミを振り払い、スコートの長剣に合わせた。大男の力が強く、再び弾かれるスコート。
もう一度体勢を崩したスコートを大男は一歩踏み出して手で掴もうとしてきた。
──ここだ!
「連撃!!」
連撃が大男にヒットする。着ていたエプロンとマスク、衣類が破れ大男の肉体があらわとなった。
脂肪だと思っていたモノは全てが鋼のような筋肉で、古傷だらけだった。マスクで覆われていた口元は頬と下唇がなく、歯が剥き出しの状態になっている。
「恥ずかしいでぇ…」
顔と身体を両手で覆う大男。
自分の攻撃が全く効いていないことにスコートは焦る。
「こうなったら意地でも2人の中身も見てやるでぇ」
大男は覆っていた両手を離し、再びハサミを構えた。今度は大男から攻撃を仕掛ける。
振り払われたハサミをスコートはなんとか長剣で受け止めたが、長剣越しからくる衝撃で吹き飛ばされ壁に激突する。
「ぐはぁ!!」
ゼルダはスコートの心配をしながら唱えた。
「ウィンドカッター!」
大男に向かって風の刃が襲い掛かるが、スコートはヨロヨロとしながら魔法を唱えたゼルダに叫ぶ。
「よせ!逃げろ!ゼルダ!!」
ウィンドカッターは大男にヒットするが、やはり効いていない様子だ。大男はゼルダに突進する。
伸ばした手はゼルダの細い腰を片手で掴み、持ち上げる。
「捕まえたでぇ」
両手で子供が虫を捕まえたかのようにゼルダを掴み高く掲げる大男。
「君の中身はどんな色、してるでか?」
「ぃや!」
大男の力が強く、少しの声しかでない。
「やめろぉぉぉぉぉ!!」
スコートは叫ぶと、大男は言った
「流石にこんなところで剥くようなムードのないことはしないでぇ。あそこの部屋でやるでぇ?いつもユリちゃんとやってるから、加減がわからなくなってるけんど、やさしくするからき緊張しなくてもいいで?」
ゼルダを片手で掴んだまま部屋の中に入ろうとする大男。
「うおぉぉぉぉぉ!」
スコートは何とか起き上がり、部屋に入ろうとする大男の背中に長剣を突き刺す。
「いったぁ!!」
大男にダメージを与えることはできたが長剣が折れた。大男の背中を良く見ると、できものがあった。そこにたまたま長剣が突き刺さり刺激を加えたのだった。
大男はゼルダを落とし、スコートに向き直ると、
「いまのはいたかったで?流石の僕も怒ったで!」
──どうする……どうすれば倒せる!?
スコートは考えた。
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