第49話


~ハルが異世界召喚されてから6日目~

 

 3人の男達がスタンに攻撃を仕掛ける。そしてレッサーデーモンは真上を見上げながら咆哮をあげた。魔物なりの気合いの入れ方なのだろうか、その後ゆっくりと生徒達に向かう。


 スタンに突進しながらグレアムの手下は言った。


「ハハハハ!安心しろお前は一番最後だ!生徒達が喰われていくのを見てから死ぬ─ッンガ!」


 スタンに襲い掛かる手下にレイが横から蹴りを入れて吹っ飛ばす。


「助かった!レイ!1人は頼む!」


「……」


 レイは視線をスタンに向けた後、無言で頷いた。


「お前ら4人1組になってここから離脱し、女の子の捜索に当たれ!」


 残り2人の男達の攻撃を躱しながら指示を出すスタン。


「「「「はい!」」」」

「わかった!」

「了解!」

「了解した」

「俺も残って戦う!」


 スコートだけがスタンの命令に異を唱えた。


「命令だ!お前はゼルダと組んで守ってやれ!」


「だ、だけど!!」


「行け!」


 片方の男の顎に蹴りを入れながら命令をするスタン。


 生徒達が其々のパーティーに別れ、乱戦から左右へ抜け出そうとすると、


「ここから離れられると?行け!レッサーデーモン!ここから離れていこうとする子供達から食い殺せ!」


 グレアムが命令した。魔物に取り付けられている機械が光を放ってから、レッサーデーモンが乱戦から抜け出そうとするゼルダの前に一瞬にして立ちはだかる。


 ゼルダは眼前に立つ魔物に恐怖に怯え、その場で立ち尽くす。スコートは咄嗟のことで反応できない。


 ──俺が!俺が!!


 スコートの意思に反して身体は動こうとしなかった。レッサーデーモンがゼルダに鋭い爪を立てながら掴みかかろうとすると、


 レッサーデーモンの腕が吹っ飛んだ。振り下ろされた禍々しい大剣を引き上げ、再び攻撃せんと構えるハルがそこにいた。


「ハルくん!」


 ゼルダはハルの名前を叫ぶことで、感謝の意を示し、全力でスタンの命令に従う。それに追随するように他の生徒達も走り去った。


「「「「はっ?」」」」


 3人の手下とグレアムが困惑の表情を浮かべている。逆にスタンとレイは笑みを浮かべる。


 唯一スコートだけが悔しさに顔を歪め乱戦から遠ざかった。


 レッサーデーモンはハルを敵と見なし、襲い掛かる。振り下ろされる鋭い爪をハルが大剣で受け止めた。レッサーデーモンはハルの大剣を握るような形で、押し潰そうとしてくる。ハルは脚と腰と腕に魔力を込めてレッサーデーモンを押し返し、大剣を振って後ろへ吹き飛ばした。


「グギェ」


 鋭い爪と同じくらい尖った牙を見せるようにして威嚇してくるレッサーデーモン。すると、斬った筈の腕が再生する。


「うわぁ、めんどくさいな……」


 復活した腕を確認するかのように手を閉じたり開いたりし始めた。そして、問題なかったのかハルに向かってくる、早送りと再生を繰り返すような動きで襲い掛かってきた。


 レッサーデーモンの予想外の足さばきにより、攻撃を仕掛けるよりも防御に徹した方が良いとハルは判断する。


 振り下ろされる右腕を大剣で弾くと、レッサーデーモンは後方へバックステップをしてから横移動し、再び距離を詰め、攻撃してくる。


 ──動きが読めない……


 ハルが攻めあぐねていると、グレアムが呟く。


「…有り得ない……」


 グレアムはハルがレッサーデーモンと渡り合っている光景を見て愕然としていた。


─────────────────────


 アレックス、マリア、リコス、デイビッドのパーティーとスコート、ゼルダ、クライネ、アレンのパーティーを作り二手に別れてユリを捜索することになった。


 スコートのパーティーは別れて直ぐに壁にぶち当たった。


「このまま壁沿いに進むのがベストだ」


 アレンが提案する。


 壁沿いの奥に行くか、来た階段方向へ行くかの選択に迫られた。


「また二手に別れるぞ!俺とゼルダが奥に行く、お前らは反対側を行け」


 スコートが命令すると、


「了解。何もなければ直ぐにそっちへ向かうよ」


 アレンはクライネと一緒に走り出す。

 

 スコートとゼルダは奥へと進んだ。


 アレックスのパーティーもユリを探しに様々な実験にあてられた獣人族や魔物が入ったカプセル群の間を走り抜けると壁にぶち当たったがその壁には幾つもの扉が並んでいた。


 4人がそれぞれ手分けをして扉を開けていく。どの部屋も誰もいなかったが、独房のような造りになっていた。しかし、アレックスが入った部屋は、寝台があり、そこには渇いてこびりついた血の痕がたくさんついていた。


 ──胸が締め付けられる。


 マリアは片っ端から扉を開けて中を確認する。部屋に残るカビの臭い、地面に付着した血のあと。


 ──こんなところから一刻も早くユリさんを助けないと!


 マリアは残り1つの扉を開くとそこにユリの姿があった。


「ユリさん!」


─────────────────────


 ──私を助けてくれる人はいなかった。いつまで待っていても助けは来なかった。


 おととい、絶望に浸っているユリをさらに追い詰めようとしたあの少年。今までに数回しか見たことのないあの少年は言った。


「誰かの助けを待っているのか?そんな者は決して来ない。仮に助けに来たとしてもお前はここから動けない。お前は弱いから」


 ──あの少年は私をただ貶したかったの?


 ユリは久しぶりにある感情が胸の中によぎった。それは怒りだった。


『お前は弱いから……』


 ──そうじゃない!私は…私は……


 そして昨日の夜、脱走した。


 あの老人は私がここから出られないと決めつけ、いつしか独房の鍵をかけなくなっていた。


 どうして私は早くここから脱走しなかったのか自分でも疑問だった。


 ──また必ずここから脱走してやる!


 ユリが決意を固めたその時、勢いよく扉が開かれる。


「ユリさん!」


 女の子の大きな声が聞こえた。ユリは来訪者に視線を向けると、ユリが助けを求めた人達の1人が扉を勢いよく開け、息を切らしている姿が見えた。


「助けに来ました!さぁ!」


 マリアは手を差し出すとユリは躊躇することなくその手を握った。

 

 マリアがユリと部屋から出ようとすると出口を塞ぐようにして男が立ちはだかる。


「何処へも逃がさねぇぞ?」


 スタン達と戦っている男達とはまた別にこの怪しげな地下室に潜んでいたようだ。マリアはユリを庇うようにして前に立つ。


 周囲にいたアレックス、デイビッド、リコスがマリア達の元へ走った。


 男は後方からアレックス達の足音を聞き付ける。挟まれれば、面倒になりかねない。


「コイツは多少痛め付けても死なねぇらしいからな!」


 男はそう言うと、マリアに対してファイアーボールを唱える。火球が薄暗い独房を照らしながらマリアに迫った。


 マリアは両手を前に押し出して、第一階級聖属性魔法を唱えた。


「プロテクション!」


 白く輝く半透明の盾が出現しマリアと後ろにいるユリを守った。


「ちっ!」


 男が舌打ちをすると、アレックスとデイビッドがもう少しで到着するが、それよりも早くリコスが到着した。


「ブラインド!」


 リコスが男の視界を奪うと、それを合図にするかのように、到着したアレックスとデイビッドは唱える。


「「ファイアーボール!」」


 視界を奪われた男は背後からファイアーボールの詠唱を聞き、魔力を背中全体に纏って防御しようとしたが、一向にファイアーボールがやってこない


 ──おかしい…… 


 男は魔力を目に集中させ、ブラインドを払うと、前方にも後方にも誰もいなかった。逃がしたことに焦った男は駆け出す。しかし、


「ファイアーボール」

「ウィンドカッター」

「ファイアーボール」

「ファイアーボール」


 男の四方から魔法が飛んで来る。またしても全身に魔力を込めて防御した。


「ブラインド!」


 リコスが唱える。


「その手はもう効かないぜ!」


 目に魔力を集中させるが、ブラインドは飛んでこない。その代わり、走る足音が地下室に響いた。


「またブラフかよ!」


 男は次第に冷静さを掻いていた。


 MPも残り少ない。


 ──今度ばかしは、例え一人だけでも葬ってやるぜ。

 

 男は四方から飛んできた魔法を防御した際に最も攻撃威力が弱かったウィンドカッターが飛んできた方角に向かって走った。


「ウィンドカッター」


 ──そこか!!


 男はウィンドカッターの出所を確認し、走った。魔力を両腕に込めてウィンドカッターに突撃する。


 男の作戦はこうだ。ウィンドカッターに突進して突き破り、そのまま術者を攻撃する。


 ──さっきのウィンドカッターならこのくらいの魔力で十分だ。


 男は直進するウィンドカッターを弾こうと、掻き分けるようにして魔力を纏った腕を振るうと、腕が切断される。


「へ?」


 宙を舞う両腕の行方を目で追いながら男はその場で膝をついた。そして術者のデイビッドは言った。


「助かりました。マリア殿。聖属性の支援魔法は恐ろしい…自分が本当に強くなった気分だ」

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