第48話

~ハルが異世界召喚されてから6日目~


 あの方達を恨みはしない。母には恨むことを止め、許すことを進んでするように言われていた。


 ──あれはいつのことだったか……


 衛兵に連れられたユリは自分が何処にいるのか、そして何処に監禁されていたのか確かめながら歩いた。


 森に入っていく、そこはなだらかな坂道になっていた。どこか懐かしい塔がみえてくる。塔の下には色とりどりのお店が並んでいた。今は深夜なのでどこも営業をしていない。


 塔の入口には忘れもしない、私を痛め付け奇異な眼で見てくる長髪の老人がいた。


 衛兵の一人が口を開いた。


「ロック様!お連れしました!」


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。本当に助かりました。何せここを運営するには奴隷がいないと手がまわらないのでね」


 蓄えた顎髭を撫でながら言った。


 ハル達は昼間にあったグレアム司祭がユリを招き入れるようにしている様子を見て其々反応を示した。


「え!?」

「そんな!?」

「あの人が!?」


 ハル、マリア、リコスは驚く。


「シッ!!」


 ゼルダが口を人差し指で抑えながら注意した。


 グレアムは衛兵と別れを告げ、ユリを塔の中へ連れていく。


「「よし!行こう!」」


 ハルとアレックスは声を揃えて茂みから出ようとすると、


「待て!」


 デイビッドがハルとアレックスを止めた。


「どうして!?」


「ロックが相手となると厄介だな...」


 レイがデイビッドの代わりに言った。


「うんうん」


 背後で相槌をうつスタン。


 Aクラスの生徒達は驚愕する。レイだけが、俺は知ってたけど、と言いたげな表情をしていた。


「お前ら俺が気付いてないとでも思ってたのかよ…全員宿からいなくなるなんて不自然すぎだろ?」


 スタンがそう言うと、ハルは口を開く。


「流石スパ…」


 途中で思い止まるハル。


「ん?なんか言ったか?」


「いや…何も」


「で?どうする?行くのか?」


 スタンが先を促す。


「止めないんですか?」


 アレンは質問した。


「…まぁあの話を聞いちゃ黙ってらんねぇよなぁ……」


 スタンはハルをチラリと見て、続けた


「直接奪還するのはかなり難しい、証拠を揃えて教会や王国の第三王子辺りに直訴すればなんとかなりそうだが……」


 フルートベール王国の第三王子は貧困や差別、奴隷の扱い方に敏感な方で有名らしい。というかスタンが普通に良いやつでハルは戸惑った。


「後を付けて捕らわれてる場所を特定するのが確実か?」


 レイが呟くように言う。レイにもこんな一面があるのかとハルは感心した。


「くっ!俺が思い付いてた作戦を先に言いやがって!」


 スコートがこんなところでもレイに噛みついた。


「レイの作戦でいこう!」


 アレックスが賛同する。Aクラスの生徒は静かに拳を掲げ健闘を称えた。


─────────────────────


 塔の中へ入っていくユリとグレアム。


 後をつけるスタンと生徒達、午前中にこの塔でレベル上げをしていた時と違い、塔は不気味さを醸し出していた。


「何処へ行くんだろうか……」


 塔の一階の入り口付近でグレアムが辺りをキョロキョロし始めた。


「隠れろ!」


 囁き声だが激しい口調でスタンは言った。


 グレアムは誰もいないことを確認し、石造りの床を外し始めた。床の奥からは地下へと続く階段が現れ、二人はくだっていった。勿論、床を元に戻して。


 午前中に来たときにはあのような隠し階段があるなんて全く気がつかなかった。


「あんなものが……」


 スタンも言葉数少なく、驚いていた。


 地下階段の蓋は再びただの床へと変わっていた。それを音を立てずにゆっくりとハルは持ち上げる。


 先に下った二人の階段を降りる足音が響きわたっているのが聞こえる。


 足音をたてずに階段を降りるハル達。


 その際にスタンを横目で見ると訝しげな表情をしていた。ハルは気を取り直してユリの奪還をどのようにすれば良いか考える。


 階段をおりきるとそこは薄暗く、深夜の病院のように青白い光が間接照明のように足元だけを薄く照らしていた。暗闇になれた一堂が眼にしたものは、たくさんの魔物、エルフ、獣人族が丸々直立で入れるカプセルの様な透明の入れ物に入れられている光景だった。


 カプセルの中は液体で満たされ、中にいる者は生きているのか死んでいるのかわからなかった。五体が切り刻まれている者、腕が別の種族の腕になっている者、眼を動かしハル達の行方を追う者迄いた。


「こ、ここって……」

 

 マリアが恐る恐る聞く。


「思ったよりも深刻な状況らしい……」


 レイは呟いた。


「コイツはなんて酷いことを……」


 スタンは怒りを顕にしている。


 一堂はカプセル群を抜けるとその先に、一際大きなカプセルがあった。


 それを見てスタンとAクラスの生徒達は足を止める。


 中には裸の女性が入っていた。しかしこの女性には不振な点があった。背中から羽が生えている。


「エルフ?」


 クライネは女性の持つもう一つの特徴である尖った耳を見てそう言った。それをスタンが訂正する。


「違う...これは妖精族だ!」


 すると、ハル達の通ってきたカプセルが乱立している奥の方で嗄れた声が聞こえた。


「そう。その通りです」


 ハル達は後ろを振り返るとグレアムが立っている。


「ここは一体何なのですか?ロック様?」


 スタンがハル達を庇うように一歩前へ出ながら訊いた。


「ここは神の為の聖域です」


「神の為?」


「そうです。神は妖精族や魔族、竜族を滅ぼし我々人族に光を与えた。ここは神を理解する為の聖域なのですよ」


「神は…ディータ様はこんなこと望んでいない筈です!」


 マリアが珍しく大きな声をあげる。


「何故それがわかるのですか?」


 グレアムは本当にマリアの反論に疑問を持っているように尋ねた。


「聖書には全ての者を愛せと記されております!」


 聖属性魔法を唱えられるマリアは神学には詳しい。


「では何故神はこの妖精族や魔族を追い詰めたのです?何故彼等は滅んだのです?」


「それは…過ちを犯したから……」


「答えが曖昧になりましたな。もし貴方の仰る過ちを犯したのであれば、我々人族が国同士で戦争をしているのも立派な過ちではないでしょうか?しかしどうです?我々はディータ様から涙を奪われたり、滅んだりしておりません。それに私がこのような所業をしていても私はなんともない。健康そのものですよ?」


 グレアムは手を開いたり閉じたりしている。それが健康を示す証拠であるかのように。


「……」


 マリアは反論できないでいた。グレアムは教会の者だ。聖論になれば勝てる確率は低いだろう。


「貴方は神を信じていないの?」


 今度はゼルダが口を開く。


「信じていますとも、私程信じている者はそういません」


「でも!神を疑うような発言をさっきからしているじゃないですか!」


 ゼルダの語気が強まった。

 

「それが知りたいのです。信仰の揺らぎはその者を信じているからこそ起こるのです。その揺らぎを抑え、更なる信心を得られるのなら、私はどんなことでもします。…さぁあなた方にここを見られたのは少々マズイですね」


 グレアムは指を鳴らし合図を送った。3人の男がハル達を囲むように現れる。そして、グレアムの後ろには機械のようなモノを取り付けられた魔物がいた。


 二足歩行で山羊の頭部に、黒い巻角が二本生え、コウモリのような翼が背部を覆うように広がる。瞳などなく両眼は赤一色に染まっていた。手には長く鋭い爪、口元には牙が見え隠れしている。


 膨れ上がり欠陥の浮き上がった胸筋の下辺りに丸い機械のようなモノが取り付けられていた。


 レイはその魔物を見ると寒気を感じる。


「レッサーデーモン!!」


 スタンはその魔物の個体名を叫び、その存在に怯んだ。


「この魔物の個体名をご存じなのですか、流石魔法学校の先生ですね」


「スタン先生…あの魔物って?」


 アレックスが訊いた。


「あれはレベル30の魔物だ……」


「「30!!?」」


 アレックスとスコートが驚嘆の声を上げる。


「あの魔物は物理攻撃が…」


 スタンは思っていることを言おうとしたが、引っ掛かっていた違う部分の謎がとけてそれを口にする。


「いや…それだけじゃない...そんな魔物を使役してるのがおかしい...昔帝国で魔物の使役に関する研究があったが…これは……」


「ほお…よくご存じですね?そうです。私が完成させました」


「てことはコイツは帝国の者か!?」


 デイビッドが啖呵をきる。


「何か勘違いをしているようですが、まぁ良いです。死になさい」


 グレアムは3人の男達とレッサーデーモンに攻撃するよう命じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る