第45話
~ハルが異世界召喚されてから5日目~
真夜中の森を走り抜ける少女。
「ハァハァハァ……」
森の大地を蹴るごとに少女の長い銀髪が煌めく。服装はボロボロの布にただ顔と腕を通す為の穴を開けただけのものを被っているに見える。そして人間と同じ様についている耳が尖っていることが特徴的だった。
少女ユリは、普段走りなれていないせいか、早くも息が上がり始めた。呼吸が浅くなり、唾を飲み込んで呼吸をしやすく整える。すると、首についている首輪が関所の役割を担い、息苦しさに拍車をかけた。
後ろを振り返ると、森を踏みしめる複数の音が聞こえる。人の姿は見えない。もう一度前方に注意を向けると森の切れ間が見えた。ユリは一度足を止め、手を膝について荒くなった呼吸を整える。
「こっちだ!」
森の中から男の声が聞こえる。
ユリは再び全力で走りだすと、森から抜けた。
これで自由になれると思ったが、目の前は崖だ。10メートルほど下には海がこの崖に激しく音をたてて打ち付けていた。森を抜け、遮蔽物のない場所に出たユリに対して衛星ヘレネの儚い光が包む。束の間の自由。束の間の美しさ。
ユリはこの一瞬ですら喜びを感じずにはいられなかった。
しかし、追っ手は迫ってきている。考えている暇はない。
ユリは崖から飛び降りた。
やがて森の切れ間から男達の声が聞こえる。
「こっちだ!痕跡がある。まだ新しいぞ!」
男が仲間を呼び、誰もいない崖を眺めた。
「まさか...飛び降りたのか?」
男が崖の頂上から下の海を眺める。真っ黒の海と絶壁に波が打ち付ける様子しか見えなかった。
~ハルが異世界召喚されてから6日目~
「おらぁ!!」
「ファイアーボール!」
「ウィンドカッター!」
遺跡の入口の前では観光客や駆け出しの冒険者がいる。ある程度の装備品や食料をここで購入でき、遺跡の中を観光できるようになっていた。
ハルの予想通り、遺跡は石造りの通路や建物、石像などが蔦や苔にまみれて乱立していた。我々魔法学校の生徒たちは昨日海辺から見えた塔の中にいる。
大魔導時代、この遺跡を造った妖精族が他者からこの遺跡にある塔を守るために、第五階級の闇属性魔法の『サモンナイト』がかかっていた。
一階はレベル2~3
二階はレベル3~5
三階はレベル5~7
四階はレベル7~8
最上階、祭壇のある五階はレベル8~9
階層が上がるごとに出てくるモンスターのレベルも上がる仕様になっていた。
出発時に決めた2パーティーに別れてそれぞれが一階と二階を制覇していく。どのパーティーにも必ずスタンがついて万が一の事態に備えていた。
ハル、アレックス、クライネ、ゼルダ、アレンのBパーティーが先に行く。
──なんでゼルダとスコートがバラバラのパーティーになったかって?
ゼルダは始めスコートと同じパーティーだったが、ゼルダに向かってくる魔物を全てスコートが倒してしまい、訓練はおろかレベル上げにならなかったため、バラバラのパーティーにしたのだった。
現在ハル達は、二階を探索している。
塔内は全て石造りだ、たまに外の景色が見える窓がある。基本的には真っ暗なので光属性魔法が付与されている魔道具、通称ライトを用いながら探索する。
通路は中々に広い。壁には当時の模様なのか文字なのかわからないモノが刻まれている。そして壁画には、羽根の生えた者が指を組んでいる様子が描かれていた。何かを祈っているように見えた。そしてその者達が涙を流している壁画が所々に刻まれている。
「右から来るよ!?アレックス!」
「はいよー!」
この二階層にはレベル3~5のスライムやコウモリのような魔物、ブラッディバードぐらいしか出ない。
アレックスはブラッディバードの突進を避けてファイアーボールを唱えて撃退した。
その横でゼルダはウィンドカッターを2つ唱えて2体のスライムを撃破した。
「2体頂き♪」
ゼルダが指を二本立ててアレックスに見せつける!
「ちょっとぉ~!私のも残しといてよぉ!」
アレックスが悔しがる。アレンとクライネも、ファイアーボールとウィンドカッターを2つ同時に唱えて他の魔物を撃破していた。
──成る程…流石はAクラス。
ハルは全体の統率をやれとスタンに言われている。
「流石にお前ら、ここじゃ躓かないな」
ハルの隣でスタンは感心していた。
<Aパーティー>
レイ、マリア、リコス、デイビッド、スコート
スコート「うら!」
スコート「どりゃ!」
スコート「ファイアーボール!」
「全部お前が倒してちゃ意味ねぇんだよ!」
スタンに注意されるスコート。
「はぁ…はぁ…」
息を整えながら満足げにレイを見るスコート。
「お前なぁ…これじゃあお前とゼルダを分けた意味ねぇだろ」
スタンは片手で顔を覆うようにして呆れていた。
スコートのMPとSPが尽きかけた頃、ようやくAパーティーは演習をすることが出来た。
各々魔物を撃破しながら、先行したBパーティーと合流する。この合流場所は二階層から三階層へ向かう階段だ。この階層間の階段には魔物が出現しない仕様になっているため、休憩にはもってこいの場所だった。
Aクラスの生徒は一堂に会する時、決まって誰かと誰かが話に花を咲かせているのが常だが、馴れない戦闘と行軍は思ったよりも体力を消耗するようだ。
皆静まり、体力の回復に努めている。スタンはそんな生徒達を見てある提案をした。
「本来一年生は二階層を制覇したら終了となるが、レイとハルと俺がいるから三階層まで行ってみるか?」
「「よっしゃぁ!」」
「よし!」
「ぅ~」
「サモンナイトやべぇ~!」
貴族出身者の多くは幼少期の頃、ここへ連れてこられてはレベル上げをさせられるそうだ。とは言っても三階層まで行くことはまずあり得ないらしい。
自分のレベルがより上がることに喜ぶ男子と危険を不安しする女子に反応が別れた。
──アレックスは喜んでたけどね……あーリコスだけが第五階級魔法サモンナイトに感動してるか。
ハルはそう思いつつ、スタンの様子を窺う。立派に教師を演じていることに、自分はスパイか教師どちらか一方しか演じられないだろうと自分を卑下した。
スタンの引率のもとレイのいるAパーティーが始めに三階層へ上がった。残りのパーティーは階段に待機している。
アレックスはマリアに頑張ってとエールをおくった。
三階層を探索するAパーティーと始めに対面した魔物は、四足歩行にして、すばしっこい犬のような魔物アシュリードッグだ。魔の森に出現するグリーン・ドッグと同じくらいの大きさだが危険度は低い。灰をかぶったかのような色合いの毛が全身を覆い、眼は赤く光っている。
低い声で唸りながら、Aパーティーに威嚇をしている。
スコートが先陣をきった。剣を構えながらアシュリードッグに接近する。しかし、魔物は四本足としなやかな身体を使って、素早く移動しスコートを撹乱した。
「くっ!」
スコートは翻弄される。その時、スコートの背後から魔法を唱える声が聞こえた。
「ブラインド!」
リコスが第一階級の闇属性魔法を放つ。相手の視界を奪う魔法だ。アシュリードッグの動きが急に鈍る。それを見計らったかのように、
「「ファイアーボール!」」
デイビッドとマリアが魔法を唱え、見事アシュリードッグを撃破した。
「次は私に殺らせてね?」
リコスが二人に向かって約定を結びにかかる。
次に現れたのはスケルトンだ。片手にはボロボロの短剣を握っている。骨の関節部分からカタカタと音を立たせ、スコート達に接近してくる。のちの自分達の姿をしているせいあってか、マリアは少しだけたじろいだ。
スコートがまたしても先陣をきる。今度は剣でなく魔法だ。
「ウィンドカッター!」
放たれた風の刃がスケルトンの腕を切った。切られた腕が乾いた音を立てて落ちる。
「フッ!こんなもんさベイビー!」
スコートは髪をなびかせ決め台詞を言ったが、
「まだよ!」
リコスが叫ぶ。
スケルトンはもう一つの腕に持ってる短剣をスコート目掛けて振り下ろす。
「くっ」
スコートは持っている剣でなんとかガードしたが、勢いに負けて尻餅をつく。
追い討ちをかけるスケルトンに対して、レイが光の剣を出現させスケルトンをバラバラに切断する。下半身から上半身の順に床に散乱した。
レイは剣を消す。スコートを見下ろすレイ。
「フン!余計なことを!」
スコートはレイの目を見ずに言った。
「頼むから仲良くしろよ」
スタンが額に手を当てて言う。このポーズは今日で2回目だ。
連携でなんとか魔物を倒せたおかげでリコス、デイビッド、マリアがレベル6に上がった。
「スコート?お前も、もう少し連携とかとってみろよ?」
「フン」
「はぁ…」
スタンは溜め息をついた。
第四階層への階段に差し掛かった辺りで、Aパーティーは引き返した。
次はハル達Bパーティーが三階層まで上がる。
魔物を連携して倒していく道中、少し広い踊場に出た。
罠を張るにはもってこいの場所だ。
「罠とかないんですかね?」
アレンがスタンに質問すると、
「この塔にはそういったダンジョンみたいな罠はないんだよ…でもおかしいな?こんな場所あったか?」
スタンは訝しむ。
──Aパーティーと同様の道順を辿った筈なのに……
すると、ハル達全員が持っている魔道具のライトが、急に光を失う。
暗闇がハル達を襲った。
「え?」
「きゃっ!」
「うわっ」
「お前らそこを動くな!!」
こんな真っ暗の中、魔物に襲われたらひとたまりもない。
スタンは急いでファイアーボールを唱え、それを掌に維持した。
「お前ら無事か?」
燃える火のせわしない光が辺りを照らす。
「はい」
アレンが突如現れた光に目をしばたたかせながら返事をする。
「無事です」
続いてゼルダも同様の反応を示し応答する。
「あれ?ハルくんとアレックスは?」
心配性のクライネが疑問を呈した。全員がファイアーボールをスタンと同じ様に唱えて辺りを照らす。
皆、その場から動かず首だけを動かして二人の存在を探した。足を動かさなかったのは、ちょっとした物音を立てないためでもあるが、少しでも動けば、自分もハル達と同様に姿を消してしまうのではないかという恐怖が、残された者達を支配していたからだ。
いくら目を凝らしても2人はいない。ハルとアレックスだけがこの場から消えてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます