第34話


~ハルが異世界召喚されてから4日目~


「明日までに3日分の下着をなんとかしないと!!」


 ハルは学校帰り、頭をかかえる。


「戦闘中は制服でなんとかなるか?ん~いや!防具も1着はほしい…部屋着も1着でなんとかなるとして……やっぱ下着を……」


 ハルは三泊四日同じ下着をつけて、馬車という密閉された空間に同乗している女子達に、臭いのことで軽蔑される自分を想像した。じとっとした目で見てくるアレックスとマリア。


「いやだ!!何としてもそれだけは避けたい!!でもお金が……」


◆ ◆ ◆ ◆


「ハルも…行く?」


 アレックスは恥ずかしがるようにして尋ねた。


「どこに?」


「これから明日の準備に着替えとか、防具とか買いに行くんだけど?あと水着も」


「じゃあ僕も……」


 誘いを受けようとしたが、


 ──いや、待てよ?僕、お金持ってなくね?みんな貴族の娘、息子だからお金には困ってないんだろうけど…ぐっ…まさかここへ来て金銭的劣等感を抱くとは……


「ちょっと寄るところがあるから皆で行ってきてよ?」


「そう…」


 アレックスは残念そうにしていた。


◆ ◆ ◆ ◆


 ハルの両親はシステムエンジニア?プログラマー?もしくは只のエンジニア?ハルは詳しく知らないが、パソコンを使った仕事をしている。収入は多くも少なくもないはずだ。子供であるハルが金銭的心配をすることはなかったぐらいには稼いでいたのだから。


 ハルは日本にいた頃のことを思い出した。


 いつからか、ハルが高校に通い始めたぐらいで両親の喧嘩が頻発していたのを記憶している。


『ケイちゃんは変わったわ!』


 と母親がよく親父に言っていた。ハルはこの時耳を塞いで寝てるふりか、イヤホンを耳につっこんで音楽やゲームをしていた。


 母は親父のことを名前で呼んでいた。同じ職場だからパパとかお父さんとか呼べないため、名前で呼ぶんだそうだ。


 ──それにしても南野ケイだから、ケイちゃんて!!昔は仲良かったのにな……


 嫌な記憶が駆け巡る。ハルは首を振って日本にいた記憶を振り落とした。


「とりあえずお金を稼ごう!……そう言えばこの国の貨幣制度はどうなってるんだ?」


 ハルは市場にやって来た。


 果物屋にあるリンゴのような果物を手にとり。


「これいくらですか?」


 と店主のおやじに訊いた。


「45ゴルドだ!」


「あ、わっかりましたぁ」


「買わねぇのかよ!!」


 オヤジのツッコミが轟く。


 酒、宿屋、高級ブティック、武器防具店

それらの相場を調べると、だいたい1ゴルド1円ぐらいの価値な気がした。


 今日は、教会兼孤児院での仕事がない為、夜に帰ればなんとかなる。それまでにどうやって稼ぐか。


 ハルは腕を組みしばらくうつむいていると、急に空を見上げて言った。


「冒険者ギルドだな!」


 とりあえず王都にある冒険者ギルドにやってきた。ギルドには何歳からでも登録できる。しかし魔法学校の生徒は登録しても良いがクエストには参加できないようになっていた。


 これは、生徒の安全を守る為とされている。また、王国の兵士たちもクエストには参加できないきまりだ。どうやら兵力が下がるのを危惧しているようだ。


 またこの冒険者ギルドは教会と同じように各国にあり、それぞれの国はこれを統治しない完璧な独立機関として存在している。


 国の政治に絡む依頼は冒険者ギルドでは断っている。戦争に参加してほしい、要人を護衛してほしいなどの依頼は拒否され、もしそういった理由で冒険者を雇いたいのであれば直接冒険者に対して交渉するように促してある。


 ギルドの成り立ちは各国が設立する以前からあり、魔物を討伐する団体から始まったようだ。


 戦争になっても冒険者ギルドを襲う兵士達はいない。戦地で最も安全な場所1位と言えば教会だったが、近年では教会を抜いて冒険者ギルドが第1位となっている。


 その影にはギルドマスターや各ギルドにいるギルド長の力も影響している。ちなみに500年前の勇者ランスロットのパーティーには当時のギルドマスターがいた。彼の名はモーント。筋骨隆々のいかにも武闘家然としていた様相だったそうだ。


 神殿のような荘厳な造りをしている。大きな木の扉には重々しい装飾が施されている。髑髏とか刺とか。


 ──魔王城の門はこんな感じなんじゃないかな?知らんけど。


 ハルは扉を押し開け中に入るとそこは人でごった返していた。


 金属と獣と酒と汗と血の臭いが充満している。


 一歩、歩く毎にフルプレートの鎧をガチャガチャ音たてる者。


 ナイフを宙に投げて時間をもて余してる者。


 大きなとんがり帽子を被り、身の丈程の杖を持っている者がいる。


 やって来たハルに対して一斉に視線が注がれる。


 ──奇異な目で見られてるな……


 ヒソヒソとハルを横目で見ながら仲間内で話をしている。


 ──あぁこの感覚…実技試験を思い出す。


 酒を飲んでる者の横をハルは通りすぎた。


 ──ここは酒場にもなっているのか……


 人を掻き分け、受付のカウンターまで辿り着く。ハルは静かな声で言った。


「冒険者ギルドに登録したいのですが……」


 受付のお姉さんはとても綺麗な人だった。


「畏まりました。それでは此方にどうぞ」


 受付嬢はカウンターから出てきてハルについてくるよう促した。


 受付のお姉さんに着いていくハル。そこでも多くの冒険者達に見られているのを感じた。


 部屋に案内されると、その部屋の中央に石板が台座の上に置かれていた。


 受付嬢は部屋の扉を閉めると、その石板に魔力を込めるよう指示する。


 ──これって…ステータスわかるヤツじゃね?


 ハルは勘づいた。


「すみません。これってステータスを測るやつですか?」


 受付嬢は首を傾げて言った。


「そうですよ?なにか問題でもありますか?」


「ん~これやらないと登録できないんですかね?」


「はい。そういう決まりなので」


 相変わらず首を傾げて受付嬢は言う。


 ──これやったら第四階級魔法唱えられるってバレる気がするんだが…バレたら面倒ごとに巻き込まれたりしないかな……


「た、たとえば登録しないとクエストが出来ないだけで素材を売ることは出来たりとか……」


「登録して頂かないと買い取り等の取引もできません。ちなみにクエストを依頼する方でもこちらに手を翳して登録する義務があります」


 ──ぅ…そうなんだ……


 意外と厳しい登録条件である。


「やややっぱり、登録しなくてもいいかな……」


「はい…かしこまりました」


 受付のお姉さんは不思議がりながらカウンターまでハルを送って、また自分の仕事に戻った。


「はぁ……」


 ハルは肩を落とす。お金を稼ぐあてがなくなったのだ。 


「おいおいこんな所にガキがいるぞ?ガッハッハッ!!」


 大きな体格に大きな声でハルに絡んでくる冒険者。ハルの身長ほどある剣を背中に背負った茶色い髪と茶色い髭の境目がわからないくらいの毛深い大男が周りにいる連中を呼び込むかのように声をあげる。


 ハルは更に肩をおとした。


 ──ここでも絡まれるのかよ……


「なんだぁ?お前?魔法学校の生徒か?」


「そうですよ?」


「ここに何のようだ?」


 始めから嫌がらせが目的だとわかるような口調だ。


 ──めんどくせぇ…


「社会科見学ですよ」


 ハルは嘘をついた。


「嘘つくんじゃねぇ!俺は見てたぞ?お前がギルドカード造るところを?で?ステータスはどうだったんだ?」


 またも大きな声を発する。わざと周囲にアピールするかのように。


「可哀想にあの子……」

「またロンが絡んでるよ」

「いい加減そういうのやめればいいのに……」


 ヒソヒソと話し声が聞こえる。どうやらこの冒険者、ロンは自分より弱そうな奴を見付けてはこうやって絡んでいるようだった。


「いえ、造ってないです。途中で思い直したんで……」


「ガッハッハッ!なんだぁ?ステータス見られんのが嫌だったのか?お前は男を知らねぇ生娘か!?ガッハッハッ!」


 ハルはなんだか頭にきた。


「自分だってこんな子供の動向をずっと目で追ってた癖に?片思いしてる女かよ?しかもどうなったか知りたくて口説きに来るとか、あんたモテないでしょ?」


 ハルは言い返した。


「「「!!!?」」」


 あんなに騒がしかったギルドが一気に静まる。


「ヤバイってあの子、大丈夫か?」

「ロンって今Eランクだけど実力はCランクぐらいまであるんでしょ?」

「そうそう、素行が悪くて上がれないんだ」


 先程の受付のお姉さんがあたふたしながら奥に行って人を呼ぼうとする。


「おいガキ?もういっぺん言ってみろ?」


「何回でも言ってやるよ!?男の子好きの童貞糞カス野郎が!!」


「さっきより酷くなってんじゃねぇか!!お前生きてここから出られると思うなよ……」


 冒険者ロンは背中の大きな剣に手をかける。


─────────────────────


 ギルド内がいつもより静かだ。Bランク冒険者のガウディはクエストを終え、ギルドに報告しに帰ってきたところだ。


 背中に二本の双剣をバツ印のようにして背負っている。籠手には丸い盾がついており、接近戦を得意としているのが端から見てもわかる。太くて濃い一直線に伸びる眉毛はガウディを柔和にも粗暴にも見せる。


 そんなガウディはクエスト達成のカウンターで手続きをしに、静かなギルド内を歩こうとすると、少年と口の悪い冒険者ロンが言い争っているのを目撃する。


 ──成る程みんなこれを見守っていたのか。


 他の受付嬢に事情を聞くと、ロンが一方的に絡んでいるとのことだった。


 ──冒険者は誰かの下で働くことを嫌がる荒くれ者が多いからな……


 ガウディは自分自身もその荒くれ者であることを認識していた。


 しかし、あの少年、何か不思議な感じがする。


 ロンが背負っている大剣に手をかけ、軽く沈み込んで構えようとしたその時、


「どうしたんだにゃー?」


 猫の獣人が少年とロンに話し掛けた。


 ガウディは思う。


 ──あれは…パーティー名ピエロットのフェレス……


 ガウディは、少しだけ嫌な表情を浮かべた。何故ならフェレスが苦手だからだ。


 冒険者パーティー、ピエロットはDランクのパーティーでそのなかの猫の獣人フェレスは面白そうなことがあると突っ掛かってくる奴だ。

ピエロットはDランクではあるが実力は未知数で、Bランクの実力があるとも噂されている。何せ面白そうなクエストしかやらないのだから、あまりにクエストをやらなかったお陰でランクを下げたこともあるパーティーだ。


 ちなみにガウディはこのピエロットのパーティーメンバーが全員揃ったところを見たことがない。


 ガウディはいつもふざけているフェレスがたまに見せる冷たく笑う目が、あの獣のように鋭い目がとても苦手だった。


 ──これだから獣人は……


「ちっ!てめぇには関係ねぇだろ!」


 ロンがまた大きな声で怒鳴る。


「なんにゃー?隠そうとして…まさかロンは若い男の子が好きにゃのか?」


「ちげぇバカ野郎!コイツは俺のことをこけにしやがったんだ」


「先にこけにしたのはそっちじゃないか?」


 フェレスは顎をなぞるように指を這わせる。その指の爪は鋭く尖っていた。


「それで言い合いになって、ロンは自慢の大剣に手をかけたと…ん~ロンは大人げないにゃ~」


 フェレスは挑発するように言うと、


「あぁもういい!ガキ!発言には気を付けろよ!!」


 ロンは大きな足音を立てて去っていった。


 受付嬢は胸を撫で下ろした。


 ガウディもギルド長にクエストの報告をしに別の部屋へと入っていった。


─────────────────────


 またギルド内がガヤガヤしだす。先ほどの言い争いなどまるでなかったかのように。


「あ、ありがとうございます」


 ハルは猫の獣人にお礼をする。


「御礼なんていらないにゃー。だけど君面白そうだから今後とも仲良くしたいにゃー」


「面白そう?」


「そんなことよりも、なんで冒険者ギルドにきたにゃ?」


「それは……」


 ハルは経緯を説明した。


「魔法学校のAクラスなのにゃ?エリートにゃ!!よければにゃーと一緒にクエストするにゃ?報酬は均等に分けるにゃ!」


「い、いいんですか!?」


 フェレスの申し出にハルは驚いた。


「いいにゃ!にゃーもそろそろクエストしなきゃランク下がっちゃうにゃ!さっそくクエスト始めるにゃ!」

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