第30話

~ハルが異世界召喚されてから4日目~


 12日後、帝国との戦争に参加することになったルナは気持ちが沈んでいた。そんなときは屋上で空を眺めるのが一番だ。時々嫌なことがあるとここへ来る。このことは誰も知らない。


 3時限目に入ると同時にルナの身体をぐらつかせる地響きと爆発音が轟いた。学校の何処かで爆発が起きたようだ。


 何があったのかはわからない、だけど異常事態なのはわかる。


 急いで生徒たちの安全を確認しなくては、ルナはそう思ったが足がすくんで動けない。


 人が戦い、傷付く光景を見たことはないが、血を流しながら誰かに運ばれる者や死んでいる者、死にゆく者なら見慣れている。


 戦争の嫌な空気を思い出す。あの重々しい空気が今まさにこの学校にのしかかっている。


 ルナはその場で踞った。


 ──行かなきゃ…ケガをしている生徒もいるはず


 そう思うと再び爆発音が轟く。


「きゃっ!」


 今校内はどうなっているのだろうか。生徒達の悲鳴が聞こえ始めた。


 ──生徒を救わないと!


 屋上から出ようとすると頭の中から声が聞こえる。


『この場所から離れないでください!』

『貴方はこの王国の希望なんだ!』

『そこら辺の兵士の命と貴方の命は価値が違う!』

『危険な状況になったら自分の安全だけを守るのです』


 自分が今まで言われてきた言葉がルナの自由を奪う。


 ──でも!生徒達が!


 生徒たちを救わなければならない責任感と自分が殺されてしまうかもしれない恐怖、さらに王国の言いつけが頭を駆け巡る。


 いくら第三階級の聖属性魔法を唱えられるとしても非戦闘員であることにかわりはない。


 ルナはそこから動けなかった。


 屋上の入り口に誰かが来た。自分を殺しに来たのだろうか。嫌な考えがルナの頭に過る。


 恐る恐る見てみるとそこには同僚のスタンが立っていた。


「探しましたよ先生!」


「スタン先生!私、死んではいけないと王国の人から言われていて……」


 自分が何を言っているのかわからなかった。気付けば心配で自分のことを探しに来たスタンに言い訳がましいことを言っていた。


「?そうですね。先生に死なれては王国が困ってしまいます」


 ルナの方へスタンは歩いてくる。


 自分のわけのわからない言い訳をスタンは優しく受け入れてくれた。ルナは急に自分が恥ずかしくなった。


「スタン先生!…私は大丈夫ですから生徒達を救ってください!」


「そう言うわけには行きません。私が貴方を消しに来たんですから」


「ぇ…」


 スタンが近付いてくる。自分も魔法学校の教師であるが支援系魔法と簡単な火属性、水属性魔法しかできないルナと第二階級火属性魔法が使えるスタンとでは戦闘能力が違いすぎる。


 諦めよう。


 何故スタンが自分を殺しに来たのかわからないが、なんだか自分が殺されることを受け入れられそうだ。それは生徒が危険な状態にもかかわらず自分を優先してしまったからだ。孤児院の子供達が危険に陥ってもきっと同じ選択をしたに違いない。


 ──それに、もう戦争に行かなくても良いなら死んでもいいかもしれない……


 覚悟を決めたルナだか、屋上の出入口から声が聞こえた。


「スタン先生」


 誰かが来た。


 ──折角死ぬ覚悟が出来たのに。


 入り口に目を向けると。ほんの3日前に出会った少年がそこにいた。


 ──どうしてここに?……でもあの子を巻き込んじゃダメだわ!


「ハルくん来ちゃダメ!」


 ハルはルナの言葉を無視してスタンに近付く。


 スタンはつまらなそうな顔をして、ハルにファイアーボールを唱えた。


 ハル目掛けてファイアーボールが飛んでくる。ハルは避けるそぶりを見せずファイアーボールにあたった。ちょうど顔を覆うようにして爆発が起こる。


「ハルくん!」


 スタンはふっと息を吐き、ルナに向き直ろうとしたが、立ち込める爆煙の中からハルが歩くスピードを緩めずスタンに近づいてくる。


 スタンはもう一度ハルの方を向いた。


 ──防御した!?その割には、魔力をまとった気配がねぇ……


 スタンは半身になり、膝を少しだけ沈ませて構えた。と同時にハルは歩みを止める。


「ルナさんから離れて僕と一対一で戦ってほしい」


「…良いだろう」


 ──時間もない…2人で共闘されるよりはマシか……


「ダメよ!ハルくん逃げて!!」


 ルナの叫びは空気中へと霧散する。 


 スタンはルナから離れた。


「恨むんじゃねぇぞ!一気に終わらせてやる!!」


 スタンは魔力を練り上げ、それを掌に集中させて唱えた。


「フレイム!!」


 掌から火炎が迸る。ハルは唱えられた第二階級火属性魔法フレイムに飲まれた。


「…ハル君……」


 ルナはその場にへたり込んだ。自分よりも弱い存在が自分のために命を落としたのだ。


 スタンは違和感を覚えた。放出している火炎に感覚などないのだが、燃やす対象が消滅する感触というのがあるものだ。しかし、フレイムを唱えていてその感触が全くない。


 すると、ほとばしる火炎が不自然に揺らめいた。


「っ!?」


 スタンの違和感は確信に変わる。しかし何が起きているのかスタンにはわからない。


 だが、炎を掻き分けるようにしてハルが前方から勢いよく現れ、スタンの顔面に向かって殴りかかってきた。


「な!?」


 ハルの魔力を纏わせた拳がスタンの顔面にぶちこまれる。


「ウゴッ!?」


 スタンは何が起きたかまだ理解できない。殴り飛ばされ、背中から地面に叩き付けられた。


 ──俺の魔法が効いてない…それにこの拳の威力は……


 スタンはふらつきながら立ち上がる。


 ルナは口を空けながら状況を整理していた。


 ──炎に飲まれて死んだハル君が甦って、スタン先生を殴った。


「お前…何者だ!?なんで俺の魔法が効かない!!?」


 ハルは殴ったことを後悔していた。単純にスタンを一発ぶん殴りたかったのだが、魔力を込めてしまったせいで、ヴァーンストライクが撃てなくなってしまっていた。


「あっ!!?間違えた!!」


「は?」


 スタンは思考がこんがらがった。


「ちょっと今のなし!!やば!?殴んなきゃ良かった…(今までのシリアスな感じでいきたかったのに!)」


「お前何ふざけてやがる!!?(おそらくコイツ…)お前…第二階級魔法使えるだろ?」


「使えない!」


 ──僕が使えるのは第四階級魔法だし…嘘はついてない


「見え透いた嘘を…なら戦い方を変えるまでだ!」


 スタンはもう一度半身となり、今度は膝を深く沈ませ拳技の構えをした。


 普通、魔法学校の先生は、魔法一辺倒であり武術の心得などない。


 しかしスタンは帝国の密偵、何が起こるかわからない状況で魔法だけに頼ることのないよう武術である拳技を習得している。


「ゆくぞ!」


 スタンはスキル拳技『精神統一』で身体能力を上げてから、ハルに突進するが、


「ファイアーボール!」


「!?」


 顔面に飛んでくる超速のファイアーボール。スタンは避けられないと悟り、咄嗟に右手にフレイムを顕現させながら、右腕を伸ばしてファイアーボールの側面を触り、受け流すようにして軌道を反らした。


 反らされたファイアーボールは学校を彩る塔に当たりその一部を破壊した。


「すっげぇ……」


 ハルはスタンの動きを見て感嘆した。


「なんつぅ威力のファイアーボールだよ!!」


 スタンは自分の持てる最速のスピードでハルに向かった。火属性魔法では勝てないと悟ったのだ。あのファイアーボールを何度も避けれるほどのMP、SP値はない。


 スタンはハルの眼前まで行くと、しゃがみ、手を地面につけ、下段廻し蹴りをした。


 ハルはそれを後ろに飛びながら躱した。


「ちっ!…どうしてそのまま上に飛んで避けなかった?」


 スタンは下段廻し蹴りがヒットすれば足払いの要領でハルを宙に浮かしたかった。或いは避けられてもそのまま上に飛んでくれれば、空中で身動きのとれないハルにウィンドカッターをヒットさせることができた。


「勘?」


 ハルは首をかしげながら言った。


「勘のいいガキは嫌いだよ」


「そのセリフはいずれ僕が言いたかったのに!」


 今度はハルがスタンに向かって突き進む。


 ハルは右ストレートを放った。しかし、先程のファイアーボールと同様に、スタンはハルの伸ばされた右腕の側面に手の甲をあてがう。真っ直ぐな攻撃は側面からの力に弱い。スタンはハルとすれ違うようにしてハルの拳を受け流した。


「さっきのファイアーボールのが速ぇんだよ!」

 

 すれ違い様にスタンは足払いをする。前方に転げるハルを確認するとスタンはウィンドカッターを唱えようしたが、ハルが地面に手を置いているのに気が付いた。


「まさか!?」


「ファイアーエンブレム」


 スタンの足元に魔法陣が敷かれ、炎が沸き上がる。


「っく!!」


 急いで魔法陣の外へ出ようとするも、遅かった。


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!」



ピコン

第二階級火属性魔法

 『ファイアーエンブレム』を習得しました


ピコン

レベルが上がりました。



ゴーン ゴーン 


~ハルが異世界召喚されてから1日目~


 ハルは何故戻ったのか考えた。


 これはレベルが上がったから戻ったのか、第二階級魔法が唱えられるようになって戻ったのか、ルナを守れて戻ったのか、スタンを倒せて戻ったのか。その答えはわからなかった。

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