第29話

~ハルが異世界召喚されてから4日目~


「さぁこれから皆さんには殺し合いをして……」


「ファイアーボール」


 ──ククク…Bクラスの生徒達よ……私の糧に…なっ……あれ?


 襲撃者ロンウェイは何が起きたのかわからなかった。気が付けば声は出ず。自分の思考が駆け巡っていた。走馬灯。全てのものがスローモーションに見える


 ──…おや?生徒達が驚いた顔で…私を見てる。


 そんな中、1人の生徒が立ち上がり教室を出ようとしている。


 ──ここから…出る者は…死んでもらいます……


 ロンウェイは得意の魔法、ウィンドカッターでその生徒の首をはねようとしたが自分の身体が燃えていることにようやく気がついた。


「な"ッ!!」


 ロンウェイの思考はそこで途切れた。


─────────────────────


 ラースは驚愕していた。友達が先生を殺したからだ。


 立ち上がって教室を出ようとするハルの腕を掴もうとするがもう遅かった。


 ラースは状況を飲み込めずにいた。しかし、自分の友達が何処か遠くへ行ってしまったことは理解できた。


<Aクラスの教室>


「はぁ……」


 アレックスの溜め息に反応するクライネ。


 ──溜め息をつきたいのはこっちだよ……


 クライネ・ナハトムジークは子爵ナハトムジーク家の次女だ。


 小さい頃からたくさんの者に慕われ愛されてきたが、友達と呼べる者はいなかった。


 ──みんな表面的な関係……


 自分が次女であることもあって家でも特別な存在にはなれていない。魔法を好きになったのは家庭教師の先生が算学や神学を教えてくれる傍ら魔法を教えてくれたのが切っ掛けだった。


 クライネは見事に嵌まった。魔法の虜になってしまった。元々勉強好きなクライネはどんどん魔法が上達していった。


 そして金にものを言わせて専門の魔法書を買い込んでは勉強していた。この時だけは自分の家系に感謝をしたものだった。


 クライネには2つ歳上の姉アイネがいる。クライネは姉のことが大好きだ。


 クライネとは違いなんでも出来て、綺麗で何をやっても絵になる、背もちょっぴり姉の方が高い。


 引っ込み思案なクライネはいつも姉について行っては、姉のやることを真似ていた。


 しかし魔法だけは姉よりずば抜けてセンスが良かった。


 中等部には姉も入学した。しかし姉は、高等学校へ進学はしなかった。


 両親が進学せずに社交場に行かせたり礼儀作法等を優先させる方針だっからだ。逆に魔法が出来すぎると嫁の貰い手が心配になる。


 姉がそうするのだからクライネもそうするだろうと高を括っていた両親は驚かされた。クライネは高等学校へと進学することを望んだのだ。


 初めは進学に渋っていた両親だがクライネの魔法を見て驚いた。そして姉のアイネの一言で両親はクライネに進学を許したのだ。


『いつも私の真似をしていたクライネがこんなに一生懸命に何かをお願いすることなんてなかったじゃない?』


 それを聞いた両親は自分の娘の成長を喜ぶと同時に哀しんだものだった。


 進学したは良いものの。姉がいないと引っ込み思案なクライネには友達ができない。勿論嫌がらせ等されていないが、


 ──友達が……


 クライネは無意識にアレックスに手を伸ばしアレックスを掴む仕草をすると、アレックスはマリアの胸を揉み出した。クライネは咄嗟に手を机の下に隠す。


「ちょっと!!!」


 周りの目を気にするマリア。


 何人かの男子生徒はその光景を見て顔を赤らめていた。


「アハハハ!」


 ──はぁ……


 クライネは溜め息を心の中で漏らした。


 ──良いなぁ…ああやって友達とワイワイしながら魔法を勉強したら楽しいだろうなぁ……


 と何故か自分の胸をチラリとみる。控えめに膨れた自分の胸。


 ──胸を差し出せば友達になってくれるかな……


 クライネは自分の不埒な考えに直ぐ様蓋をする。何故なら、ダンジョン講座の先生が入ってきたからだ。


 その先生は勇ましく口を開いた。


「よぉ!お前ら!これから俺と遊ぼうぜ!」


 先生は全身に魔力を込める。クライネは後ろの席から風を感じたその瞬間、その先生らしき男が爆発した。


 マリアとクライネはほぼ同時に後ろを振り返るとレイが得意の光属性魔法を放っていた。


「レイ?」


 前の席のマリアが呟く。


 レイの表情が曇り始めた。


「おいおい、いきなりそりゃないぜ」


 爆煙の中、先生らしき男が言った。


「お前がブラットベル家か」


 未だに事態が飲み込めない他の生徒たちを尻目に、レイと先生らしき男は臨戦体勢に入っていた。


「フン!!」


 先生らしき男は何か気合いを入れるかのような掛け声をかけた。レイが先程の光属性魔法、シューティングアローで男を再び攻撃するが、男はそれを裏拳で弾いた。弾かれた魔法はそのまま教室のドアを破壊する。


 耳を抑えるクライネ。


 男は破壊されたドアを見た後、ニヤリとしてレイを見たがそこにはレイの姿がなかった。


「!?」


 先程破壊されたドアの爆煙から剣技による身体強化を済ませたレイが高速で男に上段蹴りをくらわせ、男は反対の窓側の壁へと吹っ飛び激突した。


 ──凄い……


 と思いつつもクライネはまだ状況を理解できていない。


「今のは効いたぜ……」 


 男が膝に手をあてながら立ち上がるとおもむろに右手をクライネの方へ向けた。


 ──え?なに?


「なんのつもりだ?」


 レイは嫌な予感がしつつも質問した。男はニヤリと笑うと魔法を放った。


「ファイアーボール」


「な!?避けろ!!」


「え?」


 クライネはファイアーボールが目前に迫っているのをただ見ていることしかできなかった。悲鳴をあげることすら出来ない。


 恐怖に身体が支配されているところに教室の出入り口から声が聞こえた。


「ファイアーボール」


 横からシューティングアローのような速さの魔法がスキンヘッドの男の唱えたファイアーボールを打ち消しそのまま窓を突き破って彼方へと消えた。


「な!?」

「に!?」


 レイとスキンヘッドの男は魔法の出所を見た。少し遅れてクライネもその方向を見た。


 レイは思う。


 ──アイツか!?実技試験で一緒だった……


 同時にスキンヘッドの男は考えた。


 ──なんだあの魔法?ファイアーボール…なのか?…このガキ…ブラッドベルのガキより危ねぇ


「ハル~!」

「ハル君?」


 アレックスは歓喜の声を上げる。マリアはまだ状況が把握できていない。


 ──今の魔法……彼が…唱えたの?


 クライネは自分が死にそうになっているのにもかかわらずハルの放った魔法に一目惚れしていた。


 ──素敵……


 スキンヘッドの男はハルに勝てないと悟り、今度はアレックスに向けてファイアーボールを唱えようとすると、


「…それは止めておけ」


 ハルは独り言のように呟いた。


 友達が狙われていることに怒りが込み上げ、知らず知らずのうちに青い炎をうっすら身に纏い始める。


「う"…」


 スキンヘッドの男はハルのその姿に恐怖を感じとった。


 レイはその隙を逃さなかった。光の剣で男を串刺しにしAクラスの襲撃は無事鎮圧された。


 光の剣を消し、スキンヘッドの男が床に倒れる最中にレイは訝しんだ。


 ──今…一瞬アイツの周りが青く煌めいたような……


 去っていくハルの後ろ姿をレイはただ見ていた。


 教室から出ようとするハルを誰も引きとめなかった。


─────────────────────


 ハルはこれからスタンを殺しにいく。それも圧倒的な力で。


 よく異世界モノでみるチート能力を使って敵を殺す場面がある。嬉々とその能力を使う主人公のような気持ちにハルはなれなかった。


 何故ならスタンに救われたからだ。


 ルナを殺したのがスタンだとしても直接その光景を見ていないし、この世界線ではまだ彼はやっていない。


 自分は前回殺されそうにはなったが、Bクラスを襲撃した男の方が幾分か殺しやすかった。その差は生徒同士が殺しあった惨劇のせいだ。それとスタンとは一対一で戦ったせいか、正々堂々正面から向き合った戦いに前向きな感情が沸き上がる。


 ──まぁ自分にはルナさんがサポートに付いていたから一対二なんだけども……レベル差を考えたらそのくらいのハンデは許してもらいたい。いくら殺されかけても正面からの戦いになったらそんなに憎しみを感じないんだろうか。


 そんなことを考えながらハルは屋上へ向かった。


 するとその途中、3年生Aクラスの教室の扉が激しい音を立てながら壊れ、襲撃者と思しき男が廊下の壁までぶっ飛んできた。


 ──あぁ…こんなイベントもあったっけ?


 跡形も無くなった扉から制服を着た生徒が姿を現す。


「まさかこんなことが本当に起きるとはな!?中等部からよくこんな妄想してたぜ?」


 襲撃者は声のする方向を見て怯えていたが、ハルを見やると表情を一変させる。人質をとるかのように覆い被さる形でハルを捕縛しようとしてくる。とても邪悪な笑みを浮かべていた。


 3年生レナード・ブラッドベルは襲撃者の意図を瞬時に察知する。


 ──チッ!あの少年を人質にとろうとしてんのか?そうはさせねぇぞ!


 レナードは自慢のスピードで襲撃者を蹴り飛ばそうと脚に力をいれたが襲撃者の異変に気付いた。


 襲撃者は覆い被さろうとしたところで動きを止めていた。反対に上の歯と下の歯をしきりに動かしカタカタと音を鳴らしている。


 ハルはそんな襲撃者をその場へ置き去りにして、屋上へと向かう。


 ──敵が全員あんなのだったら楽なんだけどな……


 去っていくハルを見てレナードは思う。


「へぇ~おもしれぇやつ」


 レナードはハルに纏わりつく青い煌めきを見ながら襲撃者に向き直った。

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