第21話


~ハルが異世界召喚されてから1日目~


 4日目までになるべくレベルを上げていたい。というのもBクラスに現れた男を瞬殺してから、Aクラスに行き、そこでスキンヘッドの男を倒し、ルナを助けなければならないからだ。それが最も犠牲者がでない順番だとハルは考えていた。


 レベルの概念があるゲームの常識でいけば、魔の森、それか比較的高レベルの魔物が出現すると言われているダンジョンに行ってレベル上げをするのがセオリーだ。しかしダンジョンに行くためには冒険者ギルドに登録しないとならない。また年齢制限はないのだが、自分の見た目からパーティーを組もうとする者はいないし、魔法学校在学中は2年生になってからでないとダンジョンには入れない決まりになっている。


 ──最後の手段はあの不良達を…殺し……いや!ダメだ!


 悪の自分が出てきたハルは頭を振ってその考えを掻き消した。


 この日はフレデリカと会わずに魔力の訓練をした。以前より少しだけ、魔力を多く感じることができた。


 日が沈みかけ、ハルはルナが通りかかる時間よりも少し早く例の路地裏で待機することにした。しかしその選択に早くも後悔する。夜が重たい。鬱蒼とした気持ちにのしかかってくる。体育座りをしているハルに酔っぱらいのオヤジが近付いてきた。初めは知らんぷりをしていたが酔っ払いだがハルと目が合うと絡んできた。


「なーに見てやがんだこらーー!!」


 ハルは立ち上がり、虚ろな表情で掌からファイアーボールを上空へ放ち酔っ払いを追っ払う。


 走り去る酔っ払いの足音を聞きながらハルは待っていると、ルナが姿を現した。


 ハルは全てがスローモーションなのではないかというくらい綺麗な所作で立ち上がりルナの眼を見た。


 ルナは心配そうな顔をしていた。それはハルの目から涙が溢れているからだ。


「あっ…ぐっ…」


 さっきはあんなにも威勢のいいことを言っていても本人を前にすると感情が先んじて出てしまう。


 言葉を発せられない。


────────────────────


 ルナは少年のファイアーボールの威力をみて呆気にとられていたが少年がこちらに振り向くと目から涙が出ていることに気が付いた。


 ──よっぽど怖かったのかな?…それとも王国の法律を破ることが……または別に何か訳があるのかしら……それよりも!


 ルナは少年の手をとって走り出した。


 途中少年のポケットから音楽が大音量で流れて驚いたが、人通りに出る頃にはそれは鳴りやんだ。


 二人は人混みの中を歩く。少年の行き先は教会らしい。ルナはそこにどんな用があるのかを敢えて聞かなかった。道中、少年は黙ったままだ。


 教会へ着くと少年は中に入り、イスに座ると、語りだした。


「…あの時、僕は調子に乗っていて…きっと救えたはずだったのに……」


 少年は神に懺悔するかのように呟いた。


 ルナは何も言わず少年の背中に手を置いていた。きっと両親か家族の誰かを亡くしてしまったんだろう。先程まで軍議に参加していたルナにとってはいたたまれない気持ちになっていた。


 少年の懺悔をきちんと返さねばと思ったルナ、口を開く。


「あなたの罪を赦します」


 本来司祭のする仕事を真似る。


 少年の目から再び涙が溢れた。


 ハルは教会のシスターの方便だとわかってはいても本人から赦すと言われたら涙が溢れてきてしまった。


 ハルが一通り泣き止むとルナが口を開いた


「落ち着いた?」


「はい……」


「泊まるところはあるの?」


「ありません……」


「それなら……」


~ハルが異世界召喚されてから2日目~


 グラースはハルに股がり大きな声で起こした。


 慌ただしい朝は懐かしく、それだけでも涙が込み上げてくるものだ。


 ──僕はいつからこんなに泣き虫になったのだろうか……


「おはようハル君!よく眠れた?」


「ルナさんおはようございます。とってもよく眠れました」


「それで…これからのことなんだけど」


「あの、僕!王立魔法学校に入学しようと思ってて…それで……」


 ハルは自分の家族がいなくなったという嘘をつき、教会で働きたい旨をルナに伝えた。


 ──昨日はあんなにも崩れ落ちそうだったのに…とても強い子ね……


 ハルとルナが話していると子供達が会話に入ってきた。


「ハル学校行くの~?」

「シスターは学校の先生もやってるんだよぉ」

「そんでもって生徒に嘗められてるんだぜ」


「もう!そんなことないったら!…全員じゃないもん!」


 ハルは懐かしさと、このあと来る悲惨な未来を想うといたたまれない気持ちにもなった。


 試験はいつもと同じ時間にいつもと同じ回答、同じ実技をした。


 アレックスとマリアが声をかけてきた。お茶の誘いを断った。


そして向かうは、


<魔の森>


 ハルは魔法の訓練に勤しむ。


 訓練の内容はファイアーボールを発動した後、風属性魔法で風を生み出し、ファイアーボールの操作をすることだ。Bクラスにやって来た襲撃者はいくらハルが避けられるようにファイアーボールを撃っていたとしてもそれをきちんと躱す実力があった。


 つまり瞬殺であの男を倒すには一撃でファイアーボールを当てること必須だ。


 魔物がいない広い草原でファイアーボールの操作に勤しむ。


 ある程度操作ができるようになった。


 操作とは言っても進行方向を曲げるに等しい。


「待てよ……」


 ──そもそも、風属性魔法でファイアーボールの速度をあげることってできるのだろうか?


 ファイアーボールを早く飛ばすのを意識して唱えるが従来とそこまで速度は変わらなかった。


 そこで先程の風属性魔法での操作を応用してファイアーボールの後ろで追い風を造り、速度を上げる実験をしてみる。


 ファイアーボールを唱えて、風属性魔法で追い風を造る。


 しかし、ファイアーボールはハルの生み出した追い風に乗ることなく、直進していく。


 ──上手くいかないな…だけど……


 ハルは気を落とさずに訓練を続けた。自分で唱えていてわかることがある。それはこの実験的な試みが成功しそうだという実感があった。


 ハルは右手でファイアーボールを唱え、赤い魔法陣が浮かび上がった瞬間に、左手で風属性魔法で追い風を造る。


 しかし、またしてもファイアーボールが先行して、追い風はファイアーボールの軌跡を辿るだけになってしまった。


「もう少し早いタイミングか……」


 次は魔法陣が浮かび上がりきる前に追い風を造った。


「ファイアーボール!」


 火球が風に乗り、微力だが速度が上がった気がした。


「今度は、追い風の方にも魔力をもっと割く必要があるか……」


 ハルが幾度か試していると、


「がぁぁぁ」

「うわ~」

「きゃ~」


 森の中で叫び声が聞こえてくる。


 ハルは声のする方を見やると、キラービーの大軍に追われている冒険者パーティーが見えた。


 キラービーは約50センチ程の大きな蜂のような魔物だ。一匹一匹はそこまで強くないが大群で来られたら中々の恐怖である。それにすばしっこい。


 ハルの前を横断するように3人の冒険者と巨大蜂の大群が横切ろうとしている。


 ハルはファイアーボールの操作と加速の良い練習になると思い、キラービーの大群に向けて魔法を唱えた。


 初めの数発は上手くいかず、巨大蜂の大群の上空を掠めたり、狙った蜂とは違う蜂に当たったりしてしまう。


 だんだんファイアーボールの操作とキラービーの動きに慣れきたハルは一匹、また一匹と徐々に当て始める。


 ここでハルは加速させながらそのままのスピードでファイアーボールを操作できる気がしてきた。


 ハルは右手にファイアーボールを唱え、タイミングを見計らって追い風を造る。最速で放たれたファイアーボールは空気抵抗に晒され、矢のような形へと変わった。


 大群の側面いる巨大蜂にヒットすると、ハルは身体をくねらせ風を操った。唱えられたファイアーボールは緩やかに弧を描き、大群の進行方向へと方向転換した。多くの巨大蜂を焼き殺すことに成功したハルだが、不味いことに気が付く。


 ──上手くいった…いやダメだ!!


 進行方向の先頭を走っている冒険者パーティーにハルの唱えたファイアーボールが接近する。


─────────────────────


 魔の森を全速力で走る冒険者3人。


 森の中は地面にたくさんの障害物がある。低く伸びた木の枝や、地中から顔を出す木の根、枯れ葉に隠れた魔物の死骸。


 そんな中を全速力で走れるのはやはり、彼等が冒険者であることを証明していた。


 目まぐるしく変わる景色、風を切る音と自分の呼吸音が聞こえる。空気抵抗により髪はオールバックになっている冒険者の1人が口を開いた。


「俺の名前はアンディ。どうしてキラービーの大群に追われているかって?それはこのバカ、リッドのせいさ!」


 挨拶を促されたリッドは赤茶けた髪をこれまたオールバック気味にしながら全速力で走る。さっきまで、後悔と恐怖のせいで顔をぐしゃぐしゃにしていたが、顔を急に整えてから口を開いた。


「ご紹介に預かりました。私がリッドっす。キラービーのハチミツはとても高価な値段で取引されているため、欲に眼が眩んだ私は二人の反対を押切巣を刺激し、今に至るっす。ちなみにこのロリ巨乳の名前はキャスカ」


「「以上!アンディとリッドがお送りしました!」」


 2人の冒険者は森の中を走りながら声を揃えて言った。


「ちょっとぉ二人ともぉ~誰に挨拶してるのぉ!!」

 

 小柄の女冒険者キャスカは胸と肩まで伸びた髪を弾ませながら言った。気持ちはちっとも弾んでいなかった。


「これを端から見てる視聴者だ!」

「そうそう!」

「何言ってんの!」


 森から抜けて、広々とした草原に出る3人。


 森の中よりも走りやすくなったため、アンディは後ろを振り返る。


 巨大蜂の数が初めより増えている気がした。アンディは顔を強ばらせると、そんな3人の元にファイアーボールが飛んできた。


「うお!」

「何あのファイアーボール?曲がってる?」

「すげぇぇ」


 誰だかわからないが助けてくれているようだ。ファイアーボールのきた方向を見渡すと1人の少年が小高い丘の頂上にいた。


 少年はファイアーボールを唱えて魔物の数を減らしてくれている。


 しかし、アンディは背後から熱を感じた。


 もう一度、後ろを振り向くと、矢のように鋭いファイアーボールが迫って来ていた。


 アンディは蜂よりもよっぽど怖い殺傷能力ありありの火矢に怯み足が縺れる。


「うおっ!!」


 アンディは転んだ。そして、前を行くリッドの背中を掴む。


「なにするんすか!?」


「死ぬ時は一緒だぁぁぁ!!!」


「いやだぁぁぁ!!」


 リッドは更に前を走るキャスカの背中を掴む。


「なにしてんのぉぉぉ!!!」


「「死ぬときは一緒だってぇぇぇ」」


「いやぁぁぁぁぁ!!!」


 ハルは故意なドミノ倒しを目の当たりにしながら、風を操作してファイアーボールを上空へ押し上げた。


 ──転んだのだから操作する必要はなかったんだけどね……


 アンディは転んだ拍子に上空を見上げており、視界に先程迫ってきたファイアーボールが空の彼方に消えていくのを見る。


 危険を回避したのも束の間、キラービーの大群がアンディ達の上空を羽音をたてながらホバリングしている。


「ひっ!!」


 キラービーの群は助走をつけるようにして少しだけ上空へ舞うと、そこから勢いをつけて地面にひれ伏すアンディ達、冒険者に襲い掛かる。


「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」



 咄嗟にアンディ達は腕で顔を覆い恐怖に備える。しかし、その腕にチリチリとした熱を感じた。


 地面にひれ伏しながら再び上空を見上げると、キラービーの大群が大量に唱えられたファイアーボールの餌食になる。


「すっっげぇ……」


 アンディの声に反応したリッドとキャスカも同様に空を見上げた。


「うおおおお!!!」

「綺麗ぇ……」


 キラービーの数が減り、アンディ達はファイアーボールに当たらないようにして立ち上がると武器を取り出して構えた。


「いよっっしゃぁぁぁ!!このくらいの数なら俺らもいけるぜぇぇ!!」


「よぉぉしやってやるっすよ!!」


「私だって!!」


 各々の武器を構える冒険者達。ハルの援護を受けながら戦った。


─────────────────────


「いや~助かったぜ!ありがとな!」


 アンディが礼を言う。


「本当!なんでこんなことになったんすか!!」


 リッドが呟くと、


「「お前のせいだよ!」」


 とアンディとキャスカは勢いよくツッコンだ。


「…それより少年?良かったら俺達とパーティー組まないか?」


 アンディが提案する。


 ハルは礼を言われたが此方も良い練習になったからウィンウィンであると思っていた。しかしそのことは口にしていない。


「僕、明日から魔法学校に入学しちゃうんで……」


「え?これから入学するの?」


 キャスカは前のめりになってハルに尋ねた。自然と胸を強調する姿勢だ。


「えっと、はい……」


「あんなに魔法が使えるのに、これから入学なんて凄い!」


「ああ確かに凄いな!こいつはキャスカっていうんだが、少年が明日から入学する魔法学校の卒業生なんだよ」


「そうなんですか!あっ僕はハルって言います!」


 新しい人と会うのは久し振りだった。何故なら同じ未来を辿るためにいつもと同じ顔ぶれと会う必要があるからだ。それ故、自己紹介が遅れがちになるのはここだけの話。


「俺はアンディ!でこのドジがリッドだ」


「ドジって酷いっすリーダー……」


「うっせぇ!おめえもちゃんとハルに礼を言え!」


「ありがとう少年!また頼むよ!」


 リッドの脳天にアンディの鉄拳が炸裂する。


「また頼んでどうすんだよ!お前がへましなきゃいいんだろうが!!」


「あははは……」


 アンディはハルに向き直って言った。


「もしなんかあったらいつでも俺らに声かけてくれよな?」


 アンディ達と別れを告げハルは教会に帰った。


~ハルが異世界召喚されてから3日目~


「宜しく、僕はラースだ」


「こちらこそ宜しく、僕はハル」


「試験はどうだった?」


「ん~貴族達のグループと一緒だっからやりにくかったなぁ」


「あ~あいつら俺らのことみくだしてるからなぁ」


 ラースとこのような会話を今まで通算5回か6回はした。教会に戻る前に魔の森でファイアーボールと風属性魔法の連携を確認した。今日は冒険者の叫び声は聞こえなかった。


 この3日間でMP SP 魔力 洞察が2上がった。


【名 前】 ハル・ミナミノ

【年 齢】 17

【レベル】  7

【HP】   83/83

【MP】  78/78

【SP】   103/103

【筋 力】 50

【耐久力】 68 

【魔 力】 66

【抵抗力】 62

【敏 捷】 64

【洞 察】 66

【知 力】 931

【幸 運】 15

【経験値】 680/800


・スキル 

『K繝励Λ繝ウ』『莠コ菴薙�莉慕オ�∩』『諠第弌縺ョ讎ょソオ』『閾ェ辟カ縺ョ鞫ら炊』『感性の言語化』『第一階級水属性魔法耐性(中)』『恐怖耐性(中)』『物理攻撃軽減(弱)』『激痛耐性(弱)』『毒耐性(弱)』


・魔法習得

  第一階級火属性魔法

   ファイアーボール

   ファイアーウォール

 

  第一階級水属性魔法

   ウォーター


  第一階級風属性魔法

   ウィンドカッター

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