第6話
「ん"~"~"~"~"~"~"」
遅れて痛みがやって来た。絶叫をあげようとするが声がでない。これは激痛のせいなのか、それともまた別の要因か。
血を流しすぎたのか、立っていられなくなったハルはその場に倒れこんだ。今度は激痛に喘ぎバタバタと地面をのたうつハルに、女は自分の口元に人差し指を置いてシーっとジェスチャーを送っている。
ルナはハルの腕がないことにも驚いているが女と対面したときの恐怖に支配され、その場にへたれ込み地面に膝を着いた。
「大きな声を出せないようにしといたから。今日の私の仕事は暗殺だから…ね♪」
声が出ないのは女の魔法によるものだった。
ウインクをする女。ハルが今感じている痛みと女のテンションがちぐはぐしていて吐き気をもよおす。
ルナは今までに何度も戦場に足を運んでいた。その為、王国の誇る戦士達とよく出会う。戦士長イズナ、その右腕のレオナルド、宮廷魔道師のギラバ、彼等の戦闘を直接見たことはないがその場に居合わせただけで圧倒されるものがある。しかし、ここまでの恐怖を感じさせる者などルナの面識ある者にはなかった。
女がルナに近付く。
──やめろ…やめろやめろやめろ!!
ハルは念ずることしか出来なかった。左腕が千切れたところが痛い。
ルナは涙を流しながらハルを見やる。
カチ、カチ、カチ。
♪~
ハルのポケットから音楽が大音量で流れ始めた。路地裏にその音が響き渡る。
その音に驚いている女とルナ。
ハルは左腕の激痛のせいで状況が飲み込めていない自分の頭がおかしくなったのかと思った。
女がハルに近付く。揺れる紫色の髪の毛が綺麗に波打った。
「僕ぅ~?それなぁに?どこから音が鳴っているの?お姉さんに教えてくれるかなぁ?」
「んぐっ!んぐっ!」
声が出ない。ハルは痛みと女が近寄ってくる恐怖にじたばたしている。
「おかしいわねぇ~私の魔法の範囲外にその魔導具?があるのかしらぁ?」
女は夕飯の献立を考える主婦のように目線を右上に持っていき人差し指を頬に当てた。
ハルは激痛に喘いでいると頭の中で声が聞こえる。
ピコン
新しいスキル『恐怖耐性(中)』『物理攻撃軽減(弱)』『激痛耐性(弱)』を獲得しました
「いずれにしろこの騒ぎじゃ暗殺もなにもないわね。困ったわぁ、今日逃しちゃうといつになるか……」
そう呟くと女は姿を消した。
ゴーン ゴーン
「ぶはっ!!はぁ…はぁ……」
水中で長く息を止めていたかのようにハルは新鮮な空気を取り入れた。その目には涙を浮かべている。
「はぁ…はぁ..おえぇぇ」
ハルは路地裏の建物に手をついて胃の内容物を吐き出す。
「オイ!」
不良達の声が聞こえる。
嘔吐しながらハルは振り返った。
「うわぁぁ汚ぇぇぇ!!」
不良達はそれを見て逃げ出した。
口元と涙を拭いながらハルは考えた。
ポケットからスマホを取り出し、アラーム設定を確認する。
──そういえば今日…異世界召喚される前の日本で19時からネットの友達とゲームする約束をしていた。
夕飯時はよく約束をすっぽかし怒られることがしばしばあった為、アラームをセットしていた。これが倒れた拍子にマナーモードが解除されて大音量で鳴ったのだ。
──鳴っていなかったらすぐにでも殺されていた…これに救われたのか……しかしなぜ戻ったのか?
頭の中から聞こえたあの声のせいなのか、それともあの女が姿を消したからなのか。
──新しいスキル?ってなに?そういえば以前、取り調べをしていた衛兵達もステータスがどうとか言っていた…どうやってステータスみるんだ?ステータスオープン!!
ハルは心の中でそう唱えた。すると、ブンと音を立てて半透明のスクリーンがハルの前に出現した。
【名 前】 ハル・ミナミノ
【年 齢】 17
【レベル】 1
【HP】 38/38
【MP】 20/20
【SP】 47/47
【筋 力】 9
【耐久力】 22
【魔 力】 11
【抵抗力】 9
【敏 捷】 16
【洞 察】 15
【知 力】 931
【幸 運】 15
【経験値】 0/5
・スキル
「K繝励Λ繝ウ」「莠コ菴薙�莉慕オ�∩」「諠第弌縺ョ讎ょソオ」「閾ェ辟カ縺ョ鞫ら炊」「第一階級水属性魔法耐性(中)」「恐怖耐性(中)」「物理攻撃軽減(弱)」「激痛耐性(弱)」
・魔法
ー
──よっっっわ!よう今まで生きてこれたな自分!スキルもなんや訳のわからん…文字化けしてるがな…あっでも知力たっけぇ…ワシもう知力だけで生きてこぉ…なにこれ?
説明しよう。ハルは時々恥ずかしくなると自分自身にツッコミを入れてその恥ずかしさを笑いに変えようとする傾向にあるのだ。
SPという数値が気になるところだ。おそらく耐久力が防御力、抵抗力が魔法防御力を指し、敏捷が素早さ、筋力が攻撃力、洞察は回避に当たるのだろう。
自分のステータスを確認したハルは歩き始める。これから向かう先はもう決めていた。
<酒場>
「何見てやがんだガキ!」
その声と共に他の3人がハルに視線を送る。
ハルは酒場へと入り、豊満な胸をもつ女の前へ立つ。女は足を色っぽく組み直し、机に肘をついて言った。
「どうしたの?坊や?」
「今夜だけ僕に力をかして下さい!?」
男3人が叫ぶ。
「はぁ?」
「はあ?」
「はぁぁぁ?」
男達の叫びとは対称的に女は言った。
「いいわよ?」
前髪の隙間から女の右目が光ったように見えた。左目は髪に隠れて見えない。
ハルを含めた男4人が叫ぶ。
「え?」
「えぇ?」
「えぇぇ!?」
「えぇぇぇぇぇ!?」
「ただし…これからカードゲームをして私に勝ったら…ね?」
女はハルを見つめながら散らばったカードをかき集めてシャッフルする。
ルールはこの世界のトランプ。ハート、ダイヤ、クローバー、そしてスペードではなく三日月型の模様、その4つのマークと1~13の数字が刻まれたカードをバラバラに伏せ、それぞれ2枚めくり同じ数字が出たら自分のモノにできる。同じカードを当てられたらもう一度カードを捲るチャンスを与えられる。より多くカードを獲得できた者が勝利。日本で言う、神経衰弱と同じルールだ。
先手はハルから。カードを捲ろうとすると女が言った。
「一つ言い忘れてたけど、もし私が勝ったら坊やのこと奴隷にするからね?」
「「「なっ!」」」
男達は声を揃える。
「いいですよ」
ハルの返事を聞いて男達は動揺している。先程からリアクションに忙しい。
「お前…奴隷って意味わかってんのか?」
確かにハルはこの世界での奴隷の意味合いをわかっていないが、腕を千切られる恐怖と比べたら大したことないと考えた。ハルは集中して2枚カードをめくり、場所と順番を覚えていった。
そして女の番、またハルの番………
「坊やは料理は得意?」
大量のカードを自分の手に納めて女は尋ねた。ハルの敗けだ。
「…少しだけなら……」
「そう?それじゃあ早速お家に帰りましょ?」
女は立ち上がった。身長はハルよりも高い、モデルのようなプロポーションにその豊満な胸は少し不釣り合いに見える。綺麗な金髪を伸ばし黒くタイトなロングコートを着ていた。ロングコートの内側にはファーが敷き詰めらている。
ハルは女に手を引かれた。女の手を引く力があまりにも強かった為、ハルは女の胸へと顔からダイブする形となった。
ゴーン ゴーン
ハルは顔を赤らめていた。
──べ、別に嬉しくなんかないんだからねっ!ってどこのツンデレキャラだよ……
虚しく自分にツッコミをいれる。
この戻る現象はやはり感情が鍵になってる。今まで逃げ切ったことにより安心したり助かったって思ったら戻った。この前は疑いが晴れたから、
──じゃあ今回は?大きな胸に飛び込んで…喜んだから…って変態じゃねぇか!!それよりも!もうあの配置は一通り覚えたぞ!
ハルはリベンジに向かう。
<酒場>
ハルは先程と同じ箇所のカードをめくった。
──よし!配置は前と一緒!僕の勝ちだ
しかし、一回やっただけでは配置を全て覚えきれなかった為に、女の番になってしまった。女は丁寧にカードをめくる。外れたので次はハルの番。
そしてまた、女の番。ハルは違和感を覚えた。
──おかしい配置が変わってる?どうして?
「坊や料理は得意?」
「……」
「さぁお家に帰りましょ?」
女に手を引かれた。女の手を引く力があまりにも強かったのとハルは女の胸へ(自らの意思で)顔からダイブした。
──これでもう一回戻れる!
「………」
女の胸から引き離されるハルは手を引かれて、そのまま酒場をあとにした。
──戻らんのかい!!
酒場を出ると女の態度は一変した。つないでいた手を離して女は言う。
「ほら、帰んな?」
「え?」
女の口調が変わる。
「奴隷なんて冗談だ。自分の命はもっと大事にするんだな」
酒場にいたときの余裕のあるお姉さんという印象から一気に変わった。
「お主があまりにも真剣だったものだから、からかってやっただけさ?ほらいきな?」
──お主……
ハルは女の操る言葉に引っ掛かるが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
「お願いです!お姉さんの力を僕にかして下さい!!守りたい人がいるんです!!」
「どうしたんだ急に?あんまり大きな声を出すもんじゃない。勝負に負けたお主の責任じゃないか?」
ハルは少しムッとした。
「イカサマしてたでしょ!?」
女の顔色が少しだけ変わった。ハルがイカサマに気付いたことに驚いているようだった。
「証拠はあるのか?」
「うっ……ないです!おそらく僕が見えないくらいの速度でカードの配置を動かしていたんだと思う」
女は少し感心した表情になって思った。
──へぇ…わかったのか…いやただの推測か。
「例えイカサマしていたとしてもそんな奴を頼っちゃいけない」
「それでも!それでも助けてほしいんです!僕じゃ倒せなくて……」
ハルは頭を下げた。
「……」
黙ってそれを見る女。ハルは頭を下げながら続ける。
「見るだけで…恐怖で立てなくなってしまう…そんな相手なんです!」
実際にはルナだけがそうなっていた。しかし、左腕を千切られたハルが今一度あの女に会えば恐怖にふるえるだろう。ハルの左腕が疼く。
「…この世界では強くなければ誰も守れないんだ。強くなりな」
金髪の女はハルに言っているのではなく自分自身に言っているかのようだった。
「日没後に路地裏に来てください!お願いです!!」
女は後ろを振り返らずに去っていった。黒いロングコートをはためかせながら。
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