第5話
フルートベール王国の北西側に位置する獣人国は現在内乱が起きている。その煽りを受けて獣人の難民が周辺各国に押し寄せている。
その容姿や文化的な違いから飲食店で彼等を雇う店等ないが、低賃金で屈強な身体をもつ獣人は肉体労働にもってこいだ。
そのせいで、各国では現在多くの肉体労働者は仕事を失っている。そんな状況下、酒場で安酒を飲んでいる体格の良い中年男性、ベイブもその内の1人だ。
ベイブはグラスの酒を空にしてから席を立ち店内のトイレに向かったが、そこは別の客が酔い潰れて占領してしまってた。ベイブは仕方なく人通りの少ない路地裏でようを足すことにした。
ふらつきながら暗い路地裏に向かうと、地面にうずくまっている少年の後ろ姿が見えた。興味本意で近付いてみると少年は石畳に両手をついて横たわる何かを見つめていた。
ベイブは少年の見つめている先に視線を送る。真ん中を少年に遮られているが、彼の両脇から細くて真白い脚と胸部の膨らみ、そして長いピンク色の髪を確認できた。
──全く…若い奴等は節操ってものが……
ベイブが軽く毒づく。
「おぉい!こんなところでおっぱじめるんじゃ……」
ベイブは思い直した。
──違う……
良く見ると女は血だらけで倒れている。
ベイブが大きく声を掛けかけたことにより、少年が振り向いた。その顔は驚愕と悲しみに満ちていた。
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ハルは現在、王国の罪人を裁く機関に拘束されている。バロック調とはうって変わって、装飾も何も施されていない四角い建物の中だ。
ハルはその建物の一室の中で座らされていた。あれからどれくらい時間が経っただろう、ハルの両手には知らぬ間に血がついていた。
「どうしてあの場にいた?」
「何処から来た?」
「両親は?」
衛兵達に問い詰められたがハルは上手く答えられない。自分はやっていないと伝えても信じてもらえない。
──そりゃそうだ……
取り調べを担当している衛兵は要領を得ないハルの回答にとうとう痺れを切らしてハルの胸ぐらを掴んだ。
「お前!あの人は!ルナ・エクステリア様はこの王国の重要人物!いや!この王国の宝なんだぞ!」
こんな形で名前を知りたくはなかった。ハルにも怒りが込み上げてくる。
「じゃあなんで一人で路地裏を歩かせたんだ!!護衛をつけていたら守れたかもしれないじゃないか!」
これには衛兵も何も返せず、ドスンと椅子に腰掛けた。
するともう一人、別の衛兵が入ってくる。
「そのガキは白だ。解放しろ」
「え!?し、しかし!コイツ何か隠してますよ!!?」
「良いんだ。さっきステータスを確認した。これを見ろ」
後から衛兵が入ってきて紙を差し出した。
胸ぐらを掴んできた衛兵はそれを見ると、やるせない顔をしてハルに告げた。
「フン…帰っていいぞ……」
ハルは疑いが晴れたことにホッとした。
ゴーン ゴーン
──鐘の音……
路地裏に戻った。
──疑いが晴れたことに喜んだから?戻ったのか?この現象にはまだサンプルが足りない。
今は明るい。ハルは足下を見渡した。何もない。誰も死んでなんかいなかった。しかし、一瞬彼女の生々しい血溜まりが見えた気がした。
「オイ!」
不良が来たのでいつもの経路を走って退散する。
不良を撒いた後、何の気なしにハルは歩いた。この良くわからない能力で彼女を助けられるのではないかと。
まずハルは護衛の確保、つまり昨日の拘置所のようなところへ行けばなんとかなるのではないかと考えた。
<拘置所>
記憶を頼りに辿り着けたは良いが、
「その情報元はどこか?」
「ガキの戯言」
「手一杯でそんな信憑性に欠けることには手を貸せない」
「本当なんだって!信じてよ!」
このセリフもここへ来てから何度言ったことか。
「ハイハイ」
──予想はしてたけど、こんな対応されたらそりゃぁ~ちょっとねぇ~世間は許しちゃぁくりゃぁせんよ
ただ少しだけ情報を得た。彼女、ルナ・エクステリアは教会と併設してある孤児院が家のようだ。ハルはその情報を持ち帰りこの場をあとにした。
外は相変わらず賑わい。陽気な日々を過ごしている人達がたくさんいた。そんな中、ハルは俯き、歩いていた。
──あの時…初めて助けてもらったときあそこに倒れていたのは自分で、彼女は生きていた。
つまり、彼女より早くあの場に行けば彼女は死なない。
「もう僕しか助けられる人はいない!」
ハルはそう思うと直ぐ様、路地裏へと向かった。到着すると日は沈みかけていたが、路地裏を黒く染めるにはまだ時間がある。
ハルはその場で座り込み日が沈むのを待った。
コツ……コツ………
座りながらうとうととしていたハルは、暗闇から聞こえる足音で目が覚める。
「来た!?」
期待に胸を膨らませ暗闇を凝視すると、現れたのは酔っ払いのおっさんだった。華奢でピンク色の髪の女性を予想していたのに、現れたのは真逆のおっさんでハルは肩を落とした。
──酔っぱらいが多いんよ!
どこかのお笑い芸人のようなツッコミを心のなかでした。すると、その心のツッコミを聞かれたかのように、
「なんだてめぇ、じろじろ見やがって、え~?俺をバカにしてんのかぁ~?」
「えっと、バカにしてないですよ…」
「なんだとガキ~!貴族かなんだか知らねぇが偉そうに!一体誰のお陰でお前らの家が建ってると思ってんだぁ!!」
そう言って酔っぱらいは持っていた酒瓶を振り上げ、ハルに殴りかかってきた。
「なんでこの世界の野郎達はこうもケンカっぱやいんだよ!」
「なんだってぇ?」
ハルは振り下ろされる酒瓶をガードしながら身体を反らして避けると、勢いよく振り抜かれた酒瓶はそのまま壁に当たり砕けた、飛び散った破片がハルの顔を少し切り裂く。
「痛っ!」
この状況をどうしようかと考えていると割れて尖った酒瓶を振り回しながらおっさんは再びハルに襲い掛かる。ハルは酒瓶を持ってるおっさんの腕を掴んだ。そのままもみ合いになると倒れてしまい、ハルの二の腕に尖った酒瓶が刺さっしまった。
おっさんは酔いが冷めたのか、その場から逃げ出してしまい、暗闇の中、逃げるおっさんの走る音を聞きながらハルは意識を失った。
──────────────────
ドサリ、と暗闇から何かが聞こえた。ルナは薄暗い路地を通って帰宅することに後悔し始めた時だった。
恐る恐る音のした方に歩み寄るルナ。
──もうすこしで音のしたところだ……
そこには横たわる少年がいた。よく見ると二の腕から血を流して怪我をしている。
「大丈夫!!?」
直ぐに駆け寄り、声をかけたが返事はない。ルナは気にせず回復魔法をかけた。
ルナの手が白く発光すると、その光は少年の二の腕へキラキラと移動する。
ハルは目が覚めた。
見覚えのある女性の腕の中にいた。
──また助けられた。
「大丈夫?」
「い…生きてる~」
「フフフ、大袈裟よ?確かに少し血を流していたけれど死ぬほどではなかったわ」
ルナは優しく微笑みかける。
ハルは思い出したかのようにして二の腕を掴むと痛みはなく傷も塞がっていた。
「回復魔法をかけたからもう大丈夫よ?それよりも一人で帰れる?」
「えっと……」
ハルはルナの腕の中から離れて立ち上がった。
──ダメだ…ここで一人で帰ったらこの人はまた殺されてしまうかもしれない。
ハルは少し悩んでからこう答えた。
「あの…僕…記憶がなくて…神様のいる教会へ行けば記憶が蘇ると思って…ここら辺に教会はないですか?」
女性は少し驚いた顔をしてから答えた。
「…何を言っているのかよくわからないけど教会なら私の家よ!今日はもう遅いから私の家に行きましょう?自分の名前は覚えてる?」
「ハルです。ハル・ミナミノ」
「私はルナ。ルナ・エクステリアよ。宜しくね……?」
互いの自己紹介を終えたルナは何かを察知する。
「どうしたんですか?」
ハルが尋ねると、
「ハル…君?逃げて」
覚えたての名前を言いながら、ルナは暗闇の先を見ながら警戒する。路地裏の闇から1人の女が音もなく現れた。
「おやおや、どうしたものかしら…」
妖艶な紫色の細いドレスを纏った背の高い女性。ドレスと同様、紫色の髪を真っ直ぐ伸ばして綺麗に手入れをしているのが夜の闇でもわかった。ハルはこの人を知っている、今は黒いフードを被っていないが、あの時図書館へ行く途中、ハルを見つめていた人だ。
鋭く知的な目付きはこの女性の半生を窺わせる。そんな目がハルを見つめた。
──めっちゃ美人……って!僕にはもうルナさんがいる!
一瞬浮気をしかけたハルはルナを見やると、もともと白くて美しい顔がさらに白く、いや青ざめているのが確認できた。
もう一度紫色のドレスを着た女を見ると、女は人間の腕を持っていた。腕の指先から血が滴り落ちる。女は眉をハの字に下げて残念そうな表情をしていた。
ハルは思う。
──造り物の腕?
しかし、良く見るとその腕が召している布はハルの着ている制服とよく似ている。
ハルは何気なく自分の左腕を見ると、あるはずの左腕が失くなっていた。
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