第4話
「ちっ貴族のガキかよ」
先程負けた男は面白くなさそうな表情でハルから視線をそらし、グラスの中に入っている酒を飲んだ。額の色はもとに戻っていた。
──やっぱりこの制服は貴族の子供に見えるみたいだ……
4人が座っているテーブルに向かって歩みを進めるハルだが、内心どのような質問をすればこの世界のことを教えてくれるのかわからないでいた。そうこうしているとテーブルについてしまった。するとさっきの男が嫌味を言う。
「貴族様んとこの坊っちゃんがこんな薄汚ねぇ酒場に何のようだ?」
「お前、俺の前でよくそんなこと言えるな…」
どうやらこの通路側に座っている男がこの店の店主のようだ。
「えっと…」
質問が思い浮かばないプラス、コミュ障のハルはとっさのことで頭が回らない。
「ゆっくりでいいのよ」
女はハルを落ち着かせるように優しく声をかけた。
「はんっ!貴族のガキなんてのは、いつも甘やかされてんだ!だからあんたもこんなガキのことを甘やかさなくて良いんだよ!」
「まぁまぁ、面倒ごとは勘弁しろよ…」
店主がおろおろしているが、男は悪態をやめはしなかった。
「こんなとこにいねぇで、お偉い貴族様の糞ガキは図書館にでも行って勉強してな!」
──図書館?…そうだ図書館に行けばこの世界のことがある程度わかるかも……
ハルは口を開いた。
「そうです!図書館にはどのように行けば良いのかと思って…」
「それなら……」
店主が親切に道を教えてくれた。
「わかりました!教えて頂きありがとうございます!」
一礼するハルに男は言い放つ。
「ほら、さっさと帰った、帰った」
「ここは俺の店だぞ?」
店主がツッコミを入れたのを最後にハルは帰ろうときびすをかえそうとした。しかし豊満な胸を持つ女が話しかける。
「坊や?」
ハルはドキッとした。艶のある金髪を、腰まで伸ばし、これまた長く伸びた前髪は左目を隠していた。覗かせるもう片方の右目は真っ直ぐハルを見据え、長い睫毛の一本一本までが鮮明に見えた。
「はい…?」
腑抜けた返事をしてしまう。
「良かったら一緒にゲームしない?」
足を組んで座っていたこの女はハルに問い掛けてから足を組み直す。たかがそれだけの動きなのにとても滑らかで、ハルが好きでよく動画を見ていたダンサーのそれが頭に過る。
「えっ!?でもやり方わからないし…」
「簡単よ?お姉さんが手取り足取り教えてあげるわよ?」
ハルは顔を赤らめさせながら断った。
「そう…残念ね……」
あまり残念がっていないような声を聞いて、ハルは外に出た。
──正直かなり迷った。
魅力的なお姉さんに色々と教えて貰いたい気持ちもあったが、そこには恐怖もあった。男達と対等に渡り合っているのもそうだが、身体の動かしかたがとても滑らかで一つ一つの所作に無駄がないからだ。その動きを見て鳥肌が立った。今思えばあの場を離れて正解だったとハルは思う。
「とりあえず今は図書館に行ってみよう!」
歩きながら改めて街を良く観察すると、文明レベルは中世のヨーロッパぐらい。バロック様式の建造物が街を彩っている。
──これも異世界あるあるだなぁ。
路地裏と違って、陽の光が心地よく当たる。ハルは全身でそれを実感しながら図書館までの道のりを歩いると、笛の音が聞こえる。街を賑わせる陽気な笛の音ではなく、明らかに危険を知らせる警告音としてその笛は鳴らされていた。
笛の音がしている方角から鎧を着込み、槍を持った、兵士のような格好をした人達が3人走って来るのが見えた。ハルは道の真ん中から端へ移動し、向かってくる3人の為に道を空けた。
「また子供が血を流して倒れているみたいだぞ!」
「これで4件目だ!」
街中の人々が話しているのが聞こえた。どうやら子供を狙った連続殺人事件が起こっているようだ。
──はぁ、物騒な世界に来てしまったものだ。
笛の音が徐々に遠ざかっていく。
ハルは兵士達の後ろ姿が見えなくなるのを確認してから、再び図書館を目指して歩き始めようとしたところ、暗い路地から黒いロングコートに黒いフードを被った背の高い人が姿を見せる。
──男?女?どっちだ?
フードを目深に被っている為に、顔もわからない。にやついた口元だけが見えた。
その人はハルを見るとにやつきから微笑みへと変化する。いかんせん口元だけしか見えないので正確な感情まではわからない。
ハルはその怪しい人物と関わらないようにと、下を向きながら歩いた。
──うわぁ~見られてるわぁ…この人さっきの連続殺人事件の犯人なんじゃ……?
フードの人はハルが通り過ぎるのを目で追うようにして身体の向きをかえた。ハルの後ろ姿をじっと見ているようだ。
──今、後ろを振り返らない方が良い…振り向いて安全を確認したいけど……
ハルは自分の欲求になんとか打ち勝ち、図書館に辿り着くことができた。
王立図書館と言うだけあって、荘厳な城のような造りになっていた。門には先程の兵士のような格好をしている衛兵が2人いた。ハルは黙って図書館の門を通り抜けると、その衛兵達には止められずに、すんなり入ることができた。
中に入ると入り口から10メートル程先に受付があり、天井までは吹き抜けになっており、1階から3階まで、それぞれの分野で本が分類されている。
天井付近にまで本が埋め尽くされており、五階まで登った後は梯子で天井付近の本をとるような作りになっている。
館内をキョロキョロしながら受付にいたお姉さんの所まで行って図書館の利用方法を訊いた。
1階は最新の魔法に関する研究結果やダンジョン等の調査結果、王国や近隣諸国のニュースや新聞がある。2階は王国や近隣諸国の歴史に関する本が置いてあり、3階は魔法に関する本が置いてあるようだ。
「魔法に関しましては高度な魔法ほど手の届かない高い位置に置いてあります…ということは!」
受付のお姉さんのテンションがいきなり上がる
「一番上に置いてある本は第三階級魔法だと思いますよね?思いますよね?!ところが!ここ王立図書館にはその更に上位の魔法!第四階級以上の魔法に関する貴重な書物が置いてあるのです!なぜそのような書物が置いてあるのかはまだ良くわかっておりません!はぁ、そんな魔法が使えたらどんなに楽しいか……そしてそして!第三階級魔法の更に上位の魔法を一体誰が使っていたのか!それは貴方もよく知っている英雄ミストフェリーズや勇者ランスロット……」
「あの…僕まだ、この街に来て間もなくて…お父様がこの街の歴史を学べと仰ったから…その……」
受付のお姉さんのマシンガントークをハルは一旦遮った。
図書館に向かう途中でこの世界のことを調べれる為に考えたセリフを言ったのだが、お姉さんの魔法トークの熱量から魔法にかなり詳しい人なのではないかと思い、考えていたセリフを中断して苦手なアドリブに切り替えた。
「でも、僕魔法のことも知りたいから初心者でも理解できそうな本があれば読んでみたいのですが……」
ハルが話を遮った時は受付のお姉さんの表情が少し悲しそうに萎れていたが魔法の話になると表情が一変して明るくなった。
「是非!私にお任せください!」
お姉さんは受付のカウンターから出るとダッシュで三階までかけ上がり両手でようやく抱えきらるぐらいの本を抱えて戻ってきた。その本で顔が見えなくなっていた。
「これが私のオススメです!」
ドサッと目の前に大量の本が積まれた。ハルはそれを全て一階にある閲覧室に運んで読み進めようとしたが、
「魔法は初めてですか?」
受付のお姉さんが訊いてきた。
「はい……」
ハルは自信なさげに答えた。学校で先生にあてられたときによくこのように返事をしてしまう。
「もしよろしければ私が教えましょうか!?」
願ってもない申し出だ。ハルはお願いすると受付のお姉さんは名乗る。
「私はフレデリカ。貴方の名前は?」
「ハルって言います。」
「ハル君?じゃあ今日はよろしくね!」
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小さい頃から魔法が好きなフレデリカは王立魔法学校に入学した。3年間魔法を学び、卒業後は魔法研究院で魔法の研究をするか魔法学校の教員になろうとしたのだが、熱意だけではどうにもならないことはどの世界でも同様で、最もほしい才能がついてこなかった。
魔法研究院に入るにも、魔法学校の教員になるにも火、水、土、風、光、闇、聖属性の第二階級魔法が1つ使える。という条件をクリアしなければならなかった。
第二階級魔法が1つ使えるだけで一個師団を任せられる程であり、その威力とは一回の魔法で30人もの敵兵を打ち倒すことができると言われている。聖属性の魔法は回復魔法なので実際に敵を倒すことはできないが四肢が身体から切り離された場合、その手足が残っていれば聖属性の第二階級魔法なら簡単にくっつけることができる。勿論、どの属性の第二階級魔法も連発して唱えることは難しいが第二階級魔法を使える者が30人もいれば戦況を変えることができると言われている。
フルートベール王国の王立魔法学校では毎年3人の生徒が第二階級魔法を習得して卒業する。習得出来なかったものは魔法士になるもよし商売に使うもよし、何れにしろ魔法学校を卒業すれば就職には事欠かないようだ。
ちなみに魔法研究院とは新しい魔法の研究や現在、世界で10人しか唱えることのできない第三階級魔法の習得、魔法学校の生徒の教育カリキュラムや生活をより良く向上させる魔法の研究等が行われている。
フレデリカは第二階級魔法を習得できなかった。とても悔しい思いをしたが現在、魔法に関する書物に囲まれる仕事にはとても満足していた。
そして今、目の前に魔法に興味のある少年がいる。魔法学校の教員の真似事ができるチャンスだ。
「貴方の名前は?」
「ハルって言います」
「ハル君?じゃあ今日はよろしくね!」
第一階級魔法なら努力すれば誰しもが全属性の魔法が唱えられると言われている。フレデリカは全属性の第一階級魔法を唱えることができた。このなかで最も感じが良い、というか手に馴染む属性を鍛え上げれば第二階級魔法を唱えることができる。
魔力を溜めてから、唱えたい属性をイメージすると先程溜めた魔力が性質を変えて目の前にそれとして現れる。魔力とは人間が持っているエネルギーの様なものらしい。
ハルは今まで生きていてそんなエネルギーを感じたことはないが、物は試しに実践してみた。
リラックスした状態で腹式呼吸をすることで身体全体に痺れる様な感覚が訪れる。それが魔力というものらしいのだが、よくわからない。
「もう一度やってみて?」
フレデリカの前向きな声がハルをやる気にさせる。
「はい!」
「ゆっくり、リラックスして~…全身が暖まるイメージで…」
──図書館にいる周りの人達の目が気になる…が今は集中だ。
「はい」
「その状態で掌に集中して、そこに火をイメージして」
フレデリカの言うようにやってはいるものの出来ない。
「クソっ!」
火属性が苦手なのか他の全属性、水属性、風属性、土属性、光属性、闇属性、聖属性を試してみたが結果は同じだった。
「まぁ初めは誰だってこんなものよ?それより常日頃魔力を感じるように訓練するのが重要なの」
「そっかぁ……」
力ない返事をするハルはその時、外が暗くなっていることに気が付いた。
「あ!先生、もうこんな時間!僕もう行かなきゃ!」
「あらそう?本は私が片付けて置くから、もしよかったらまたいらっしゃい?」
「はい!また教えてください!」
ハルは急いであの場所に、いつもの路地裏に向かった。
「はぁ…はぁ…はぁ……間に合ったのか?」
膝に手をつきながら呼吸を整えるハル。昼間とは違って路地裏の持つ不気味さに拍車がかかっている。星の光を遮っていた雲が風に飛ばされ、建物と建物の間から薄暗い路地裏を明るく照らした。その先に、誰かが倒れている。呼吸がある程度整ったので、倒れている人の元へとハルは恐る恐る近づいた。
「女の人?」
倒れている女性の綺麗なピンク色の髪が乱れて、顔に張り付いている。顔を確認できなくてもこの髪色の女性のことをハルは知っていた。しかし地面に投げ出された、人形のように白く折れ曲がった手足には赤い血が付着していた。
「え?」
そして、血の色が最も濃くなっている首元をよく見ると、胴体と首が切断されていた。ハルが探していた、まだ名前も知らぬその女性は誰かの手によって無惨にも殺害されていたのだった。
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