第3話

ハルは空を見上げながら思った。


 ──え?ここはさっきの路地、さっきの女性は?てか昼間?何が起こった?


 困惑しているところに聞き覚えのある声がする。


「オイ!」


 嫌な予感がしながらゆっくり振り向くとさっきの不良達がいた。


 ──やっぱりかぁ!!!


 先程ボコボコにされた記憶が甦り、ハルに恐怖が押し寄せる。


「お前!ここらへんの人間じゃねぇな?痛い目に合いたくないなら金だしな!」


 さっきと同じセリフを同じテンションで不良達は言った。


 ──少年マガ○ンに出てくる不良くらい鬼畜じゃねぇか!


 ハルは心の中でツッコンでから叫んだ。


「さっき盗ったばっかだろ!?もう何も持ってないよ!」


 ハルの言葉を受けて二人の不良達はお互いを見やってからハルに視線を注ぐ。


「さっき?何も持ってないならその上等そうな服があるじゃねぇか?」


「服もさっきお前らが……着てるねぇ」


 ハルは顎に手を当て渋いおっさんの言い方で自分の発言の恥ずかしさを誤魔化す。そして、ポケットに手を入れるとこれまたさっき盗られたはずのスマホの感触がする。


 ──どうして?


 と不思議に思っていると不良達がこちらに近づいて来た。


 ──逃げろ!


 ハルは不良達に背を向け全力で走った。


「「待て!!」」


 二人の違う声色が聞こえたと思ったら迫る足音が路地に響く。


「待たないよ!!」


 ハルは大声で叫んだ。もしかしたら誰かが助けてくれるかもしれないという淡い期待がそこにはこもる。


 異世界召喚される前に全力疾走をしたばかりだが、今度は大衆の目ではなく危機から逃れる為に走っている。


 ハルの黒髪と鼓動が激しく揺れる中、目の前はT字の路が拡がっている。


 ──クラ○カなら右だと言うかもしんないけど!!


 ハルは反射的に左に曲がった。するとそこには下りの長い階段になっていた。20段下りれば踊り場に、また20段下りれば踊り場といった具合だった。ハルは階段の底、ここから約10メートルくらいを見つめながら全速力で降りた。


 踊り場の左右には玄関のような扉があるのだが、匿ってもらえる可能性は薄いと判断したハルはまたも一気に階段をかけ降りる。


 ──昔はよく走っていた。走るのが得意だった。いつから走らなくなったかな……いや、今はそんなことを考えるのはやめて全力で走るんだ!!



 2段飛ばしで階段を降り、残り6段くらいになったらジャンプする。不良達との距離が少しだけひらいた。


 階段の底についたハルは後ろを振り返り、見上げた。遥か上にある踊り場のほとりで不良達は足を止めて汗を拭っていた。ハルは速度を少しだけ緩めて、またも現れたT字路の分かれ道の行方を確認した。


 ──左の道は!?暗い雰囲気がする…右の道は!?奥に人通りが見える!


 右の道を不良達との距離を離すために全力疾走した。人通りに出る直前にもう一度首だけを後ろに回して様子を確認すると。不良達はいなくなっていた。ハルは安堵した。


 ──よし!まけた!


 あまりやりなれない全力疾走。今、何時だかわからないが、異世界召喚される前のを入れると1日に二度全速力で走ったことになる。そのせいか意識が少しだけ遠退く


ゴーン ゴーン


 気が付くとまたしても聞き覚えのある鐘の音がした。そしてまた見覚えのある路地にいた。


 ──さっきの目の前にあった人通りは?行き交う人達は!?どういうことだ?


 ハルがこの世界に来てからもう幾度目かの困惑中に、


「オイ!」


 ──またかよ!ゆっくり首を後ろに回すとそこにはまた同じ不良達がいた。


「お前!ここらへんの人間じゃねぇな?痛い目に合いたくないな……」


 いつものセリフを聞き終わる前に、ハルは逃げ出した。目の前のT字路を左に曲がり、階段をかけ降り、降りきると今度は右に曲がる。


 これで三度目の全力疾走だが、疲労感がそこまでない。人通りに出る直前にまた後ろを振り返るとそこには誰もいなかった。


 ──今度こそまけた!!


 ハルはもう一度勝利に浸ると、賑わう街の人々の声が聞こえてきた。


「安いよ安いよ!」


 八百屋の店主が大きな声を出している。


「これ一つください」


 果物屋ではリンゴのような物が一つ売れたようだ。


「可愛いねぇ今いくつ?」


 小さな子供と手を繋いでいる親子に年を取ったお婆さんが声をかけている。


 日本の祭りのような露店が通りを埋め尽くしていた。活気のある市場だと思ったハルは周りをキョロキョロしながらこの世界の様子を観察していた。と同時に今まで起きたことを歩きながら整理する。


 ──わかった事がいくつかある。どうやらある条件を満たせばあの場所、あの時間に戻ってしまうようだ。


 しかしその条件はまだ完璧には、わかっていない。回数でいえば今まで2回戻っている。1回目はあの可愛らしい女性に助けてもらった時、2回目は不良達から逃げ切った時だ。


 リ◯ロやオールユーニードイズキ◯は自分が死んだときに戻るようになっている。しかしハルの場合は少し違う。死んでいない。


 ──今まで2回?戻ったが共通点はなんだ?ん~助かったと感じたら戻ってしまう?まだまだサンプルが足りない。それと、この世界の情報をもっと集めなくてわ!


 情報と言ったところで、ハルには少し当てがあった。1回目に戻る切欠になったあのピンク色の髪をした女性、倒れているハルを助けてくれた。あの人に会えばなんとかなるんじゃないかと考えていた。


 ──この世界のことを教えてくれそうだし、何より可愛かったから単純に会いたい!助けてくれたのは夜だ。陽が沈んだ時にあの路地に行けばあの人にまた会えるはずだ。


 ということは日が沈むまでの間、街を散策することにハルは決めた。


 ──よし!


 そう意気込むと、何かがハルのお腹辺りにぶつかった。上の空で歩いていたハルはようやく我に返りぶつかった何かに目を向けた。

 

 ボロボロの服を着た女の子が地面に尻餅をつき、腰に手を当てている。どうやらこの女の子にぶつかったようだ。女の子が持っていた野菜類が通りに散らばっているのが見える。その野菜に触れないよう、市場の人達は足を止めて野菜の転がる行方をただ観察しているようだった。


「ごめん!」


 ハルは謝罪し、直ぐ様散らばった野菜を一つ一つ拾っていく。すると、


「何してるんだこのノロマ!」


 女の子の後ろから男の声が鳴り響く。


 ──この女の子の親か?いやそんな感じはしない。とりあえず謝っておこう。


「すみません。ぶつかってしまって……」


 男は不思議そうにハルを見てから言った。


「いやはや、素敵な身なりをしたお坊っちゃんに向かってあのような不躾なことは言いませんよ。私はそこの奴隷に言ったのです」


 ──奴隷…異世界あるあるだ。

 

 そういえば周囲の人はハルが野菜を拾っているのを困惑気味に見ていた。奴隷の女の子ですらそんな表情だった。


 ハルはこの状況を何故だか恥ずかしいことだと認識した。


 郷に入れば郷に従えとよく言う。


 自分が今手に持っている野菜を奴隷の女の子に渡しハルは立ち去ろうとしたが、違和感を覚える。その違和感は直ぐになくなり、確信へと変わった。女の子の頭には犬のような耳が頭についているのだ。


 ──獣人だ!


 異世界あるあるとして獣人は差別の対象だ。恐らく現実世界にあった黒人差別、アパルトヘイトやLGBTQ等の世相を反映させるためにそのような設定がなされている作品が多い。おそらくこの世界もそんな差別が蔓延している世界なのだろうかとハルは考えた。  


 市場で起きた困惑の視線を散らすためにハルは市場を抜けると、酒場やら宿屋、レストランが建ち並ぶ通りへと出た。酒場と宿屋がくっついている店もいくつかある。


 ──情報を収集するには酒場がセオリーなんだが、自分の年齢を考えるとそれが最適解ではないような……


 空を見ると陽はまだまだ高く昇り、ポカポカした陽気をハルに注いでいる。この陽が沈むまで行く宛もないハルは酒場に行くことを決意した。


 酒場はレンガ造りなのだが、内装は西部劇に出てくるような木の持つ暖かさと陰険さを演出していた。木製のカウンターが店員と客を隔てるように備え付けられ、客側には座った際、足がギリギリ床につくぐらいの高い椅子が設置されている。店員側には古い酒瓶がたくさん置かれている。

   

 カウンター席の後ろにはテーブル席がいくつかあった。そこに男3人と1人の女性がトランプのようなカードを用いたカードゲームに興じている。


「ぐあぁぁぁぁぁぁ」


 突然一人の男がテーブルに頭をぶつけながら叫び声を挙げた。男がテーブルに頭突きをした音とテーブルに乗っているジョッキやグラスが1センチ程、上空へ飛ばされテーブルに叩きつけられる音が店内にこだました。


 どうやらその男は負けてしまったようだ。


「姉ちゃん強いなぁ」


「いえいえ、たまたまですよ」


「いかさまだ!」

 

 先程テーブルに額を打ち付けその部分を赤くした男が女性に指をさしながら言う。それを聞いて他の二人の男達が女性を庇うように宥めた。


「おいおい!見苦しいぞ!」

「お前の敗けだ」


 女の表情は伺えない。ハルが覗いている窓に背を向けて座っているからだ。その代わり、女の向かいに座っている男の額の色はしっかり確認できた。


「っく…もう一回だ!!ん?」


 リトライを申し込む額が赤い男とハルは目があった。


「何見てやがんだガキ!」


 その声と共に他の3人がハルに視線を送る。

直ぐ様顔を引っ込めればいいものの、ハルはそうしなかった。理由は振り向いた女の容姿と大きな胸に目がいったからだ。


 ハルの反応を見た女は、呟くように言った。


「こっちにいらっしゃい?坊や?」


 そう微笑みながらハルを酒場へと誘う。


「えっと……」


 ごくっと生唾を飲んだハルは勇気を出して酒場に入った。普段ならそんな勇気はないが、新しい世界に足を踏み入れてしまった高揚感のせいにした。

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