12 ディストピアを描く意味
中止されるオリンピック、民主的に始まる独裁政治、表現の自由が奪われた世界、圧倒的な権力者と付き合う方法……。今回取り上げる作品は、そうなってはならない近未来を描いたものです。まずはお読みください。
【波の音を聴きながら】SFPエッセイ022
https://kakuyomu.jp/works/1177354054892340431/episodes/1177354054892835796
いただいたお題【波の音を聴きながら】は、まるで青春映画か青春小説のタイトルのような綺麗な言葉で、それこそ往年のホイチョイプロの『波の数だけ抱きしめて』を連想しました。
舞台が海辺で、ラジオが関係している、という設定は実はこの連想が元になっています。七里ガ浜なんて地名が出てくるのはそのせいです。とはいえ、そのまんま爽やかな(あるいはほろ苦い)青春恋愛物語を書くのではあまりに芸がありません。
そこで今回は冒頭からお題と関係ない話を書くことにしましった。ネタ帳をさらって、「・道化のすばらしさ」というメモを見つけ、王宮の道化について書いてみることにしました。
その時点ではまだ道化について何かまとまった意見を持っていたわけではありません。そこでさっそくググってみて「そうか。クラウンじゃなくてジェスターなんだ」なんて初めて知るような程度です。
道化は王に向かってずけずけと好き放題モノを言っているように見えるけれど、それなりに苦労もあるんじゃないか。うっかりしたことを言うと首を刎ねられたりしそうだし、意外に命懸けだったりするのかな。などと思いつき、それらを書くうちに「語り手自身が王の道化を務めている」という設定が決まってきます。
つまり語り手は命をかけて道化として振舞っている。やりたい放題に見せながら結構綱渡りな毎日を送っている。ちょっとぼやきを交えつつ宮廷道化絵師の実態について書き進めるうちに、語り手の思いを共有していきます。
では、その語り手が仕える王とはどんな存在だろう?
七里ガ浜なんて書いてしまったので舞台は日本のようです(都合が悪くなったら象牙海岸でもブライトンでも書き換えればいいんですが)。日本に王がいるって一体どういうことでしょう?
ということで連想は進み、この日本が何らかの自然災害のようなトラブルに見舞われ、その結果オリンピックは開催できなくなるし、その混乱に乗じて気がついたら民主主義の制度が崩壊し、自由に発言することもできないような、独裁者が支配する国になってしまっていた、という近未来ディストピアの設定を思いつきます。
これを書いたのは2015年の1月で、オリンピックはまだ5年先の話で、何らかの形で中止になるかもしれないなんて情報はもちろんありませんでした。表現の自由が奪われかねない「憲法改正草案」なるものがあったので、その連想でこういう設定にしたものの、もちろんこの時点では極めて虚構性が強いものでした。
2020年3月15日に読み返すと、いささか薄気味悪い思いをします。WHOがパンデミックと認定するような感染症が広まり、オリンピックの開催・中止についてマスメディアが論じるようになり、新型インフルエンザ等対策特別措置法の一部を改正する法律案が可決され、国家レベルでの緊急事態宣言の発表が合法的に行える状態になりました。虚構と現実が入り混じる度合いが濃くなりました。幸か不幸か女性の首相はまだ出現していませんが。
ディストピアを描く意味は、「そうなってはならない」というのは当然として、やはり「油断するとそうなりかねない」という警鐘でもあります。5年経って、虚構と現実の距離が近づいていることに懸念を感じます。どうかマシな方向に進んでくれますように。
余談ですが、ここに書いた設定は1年後の2016年、レナード衛藤さんが企画した公演のための脚本『Silently She Dances〜静かなるダンス〜』に反映されることになります。また、一連の出来事をめぐる世界観はこの後多くの作品に顔を出すことになります。
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