9 ググって書く①検索結果をネタにする

虚構エッセイの書き方について、極めて実務的かつ技法的な話について書いてみよう。とりあげる作品はこれ。例によって読んでいるのを前提に書きます。

 

【ボルドーのワイン】SFPエッセイ018

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054892340431/episodes/1177354054892711146

 

お題を【ボルドーのワイン】を見て、さっそく検索することにしました。なぜならぼくはボルドーのワインについて語るべきことを何も持っていないからです。その時点で何か家と言われたら「ボルドーというところで(それが地方の名前か町の名前か畑の名前かはわからない)とれるワイン」くらいのことしか言えない。そんなレベルなわけです。

 

検索をし始めて代表的なワインを調べるうち、ずいぶん高いワインがあるらしいことに気づき、わかる限りで一番高いワインについて探してみました。すると出てきたのが作品でも利用した「シャトー・ペトリュス」です。高いワインをめちゃくちゃもったいない形で飲み干しちゃう話にしよう、と割と早々と思いついたのではなかったかと思います。

 

ところが、これを書いた時点でのGoogleの検索結果では、作中にも書いた通り、「シャトー・ペトリュス」と入れると1ページ目のほとんどが吉原のソープランドの情報で埋め尽くされていました。現在検索してもそんなことにはなりません。5年間のどこかで誰かが通報したのかもしれませんし、Googleの中の人が重み付けを変更したのかもしれませんし、検索エンジンのAIの深層学習が進んだのかもしれません。理由はともかく、現在1ページ目には世界で最も高額で取引されているボルドーのワインの情報しか出てこなくなっています。

 

閑話休題。

 

世界最高額のワインとソープランド。これだけでもちょっとした小ネタとして面白く、そのことを巡って思いつくままに書き連ねれば、それだけでも短いコラムなら書けてしまいそうです。でもそれでは面白くありません。虚構エッセイの看板が泣きます。

 

そこで当初の思いつきの「世界最高額のワインを何のありがたみもなく飲み干してしまう」というアイデアを実行することにしたわけです。ここで悩んだのは「どのようにしてそのワインを飲むことになるか」という経緯です。安くても30万円はするようなワインです。自分で買うわけがありません。かといって、誰かがプレゼントしてくれる設定も思いつきません。1本30万円もするワインをほいほいとくれる人間関係を思いつけないし、第一もしそうだとすると「シャトー・ペトリュス」のありがたみをわかって飲むことになります。同様に、ワインを試飲できる場所で味わったという設定では「めちゃくちゃもったいない形で飲み干しちゃう」という面白みは生まれません。

 

ここは是非、語り手は、それが高いワインだということに気づかずに、それこそボトルに口をつけてラッパ飲みで飲むくらいの罰当たりな飲み方をするべきだ。そう思いつきました。

 

そうすると、そんなことをやらかしそうな人物が一人、具体的に思い浮かびました。まあ、ぼくなんですけどね。というわけで、限りなくぼく自身の話になるように、茅場町MAREBITOと古村太、ジンギスカン鍋など、わかる人にはわかるキーワードをさんざん散りばめ、そこで酔っ払って、残り物のワインやビールを手土産に帰宅する、時には寝過ごして帰宅し損ねるぼく自身の経験に重ねることにしました。


それがどんなシチュエーションになったかというのは作品で読んでもらうことにして、こんな風にして虚実皮膜の作品が生まれるわけです。歌舞伎や人形浄瑠璃において、「世界と趣向」というものがあって、たとえば『太閤記』の「世界」に赤穂浪士の騒動という「趣向」を持ち込んで『仮名手本忠臣蔵』が生まれたり、その『仮名手本忠臣蔵』の「世界」にお岩という女性の失踪事件を「趣向」として持ち込んで『東海道四谷怪談』が生まれる、といった具合です。

 

さしずめ【ボルドーのワイン】は高階經啓の日常という「世界」に、世界最高額のワインをめちゃくちゃもったいない形で飲み干しちゃうという「趣向」を持ち込んで書いた作品といえるでしょう。どうでもいいか、そんなこと。

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